第40話 真実
「んじゃ、今日も行ってくるわ」
「カ、カルロス……もうちょっと手加減してあげてね?」
「あぁ? あたりめぇだろ。こいつに俺がやってる修練と同じ内容ができるわけねぇからな」
うむ。カルロスもカルロスなりに考えているんだろう。
昨日は色々と大変だった。
ブラックとルナを俺がなんとか落ち着かせて、カルロスを信じて欲しいという言葉で渋々了承させた。
二人はゼオに対して過保護すぎるのだろう。
俺も正直驚いたが、生きているのならば問題ないし、カルロスの指導が甘いわけがないのだ。
それにゼオも目が覚めてから、 「大丈夫だよ」 と二人に言い聞かせていたので、なんとか収まりがついた。
「じゃあ、行ってくるねお姉ちゃん、ブラック、レオンさん」
「うん。いってらっしゃい」
「うむ。気を付けるがよい」
「頑張ってね」
各々がゼオに言葉を送り、俺は最後にカルロスと視線を合わす。
「あっ、あとカルロス」
「ん? なんだ?」
「昨日言いそびれたけどさ? 王都に帰ったらカルロスは俺と模擬戦だから。俺に料理を作らすなってルナに言ったらしいね……? 別に怒ってはいないよ。でも……俺も身体が鈍ったかもしれないからさ?」
これくらい反抗をしてもいいだろう。
あくまで指導だから、痛めつけるつもりはない。
俺の言葉にカルロスは目を丸くさせていた。
ふっ、模擬戦に臆したか。
「は!? まじで!? やるやる!! ぜってぇやるわ! レオンと模擬戦なんて久々だなぁ? てか、<魔の刻>全員呼んで、誰が一番つえーかトーナメント形式でやろうぜ?」
「……えっ」
いや、俺の想像してたのと違うんだけど?
なんでそんなに嬉しそうな顔してるのさ……
カルロスは俺の肩を揺さぶりながら、目を輝かせていた。
そんな姿を見て、俺はある事を思い出す。
……忘れていたよ。彼が戦闘狂って……
結果的に俺の意地悪な発言はカルロスを喜ばせただけで、俺は一人で肩を落とすのだった。
今日も昨日と変わらない日常だ。
ルナが魔法の勉強をして、俺が付き添う。
三人で昼食を食べ、眠くなったルナが部屋に戻る。
ブラックと他愛のない話をしていると、ルナが起きてくる。
なんの変哲もない穏やかな日。
だが、猶予は刻一刻と迫っていた。
「ルナはさ、お母さんとお父さんは好き?」
キッチンでルナが作る料理の手伝いをしていた時、俺は何気なくにそう聞いてみた。
「うん! 大好き! お母さんもお父さんも怒ると怖いけど……ルナのこと大切にしてくれてるなって思うもん」
「そっ……か」
この返事を聞く限り、ブラックの言うようにルナは両親が幻影である事に気づいていないのだろう。
曇りない笑顔を見せるルナに俺は頭を撫でる。
ふっふっふ〜ん、と鼻歌を歌っているルナ。
俺はそんなルナを見て、ズキッと心が痛んだ。
「レオンもお父さんとお母さん好き?」
「あ、うん。大好きだよ」
「どんな人なの? レオンのお父さんとお母さんって」
「そうだな……母さんはとても優しい人だよ。誰にでも分け隔てなく話せて、ダメなことはダメってちゃんと叱ってくれる人。父さんはそんな母さんのことを大切にしてるんだ。もちろん俺も大切に育ててくれたよ。冒険者になるって告げた時は猛反対されたけど、それでも最後には背中を押してくれたっけ」
思い出すと非常に懐かしい。
レティナと二人で村から出るって言った時は、凄く心配してたな。
ん……? あれ?
そもそも……なんで冒険者になろうって思ったんだっけ。
レティナに冒険に連れて行かされて、剣の修行をして……それで……
ズキッと少し頭が痛くなる。
「レオン……? 大丈夫? 頭が痛いの?」
いつの間にか手を止めていたルナが、心配そうに俺を見つめていた。
「……大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「ううん。なら、よかった。レオンも私と同じでお父さんとお母さんのこと大好きなんだね」
ルナがトントンと野菜を切り始めて、俺はそれを手伝う。
少しだけ汗をかいたので後でお風呂をいただこう。
そう思っていると、転移魔法陣の扉が開いた音が聞こえ、カルロスたちの声が聞こえた。
キッチンから顔を出し様子を伺うと、ゼオは昨日とは違い意識があるようだった。
だが、やはりと言うべきか衣服はぼろぼろの状態であり、ブラックが心配そうにおろおろとしているのが目に映る。
俺は夕食の為に、そそくさと大広間に丸いテーブルと椅子を持っていき、準備する。
「もうちょっとかかりそうだからちょっと待ってて。レオンもくつろいでいていいよ!」
今はルナの言葉に甘えるとしよう。
「分かった。じゃあ、お風呂を先にいただかせてもらってもいい?」
「もちろんいいよ〜」
カルロスたちのところへ行き、同じことを聞く。
カルロスはお腹が減ったのか、椅子に座り今か今かと夕食が来るのを待っているようだった。
よし、じゃあ先にお風呂に入るか。
大広間から踵を返し、キッチンへと戻る。
その時だった。
「レ、レオンさん……」
「ん? どうしたの? ゼオ」
ゼオが俺の袖を引っ張っている。
「ぼ、僕も一緒に入りたい……です」
「んーと、ゼオが先に入りたい?」
「ううん……レオンさんとその……入りたいです」
なるほど。俺と一緒にお風呂に入りたいと。
うん……いや、なんで?
心の中では動揺しているが、表面上では悟られていないはずだ。
ルナと顔が似ていると言っても、相手は男の子。
そこに関しては特に気にしてないのだが……
「うん、別にいいよ。じゃあ一緒に行こうか」
ゼオが俺の袖を掴みながらついてくる。
……これは何かありそうだな。
俺はそう感じながら、キッチンにいるルナに二人でお風呂に入ると告げ、浴室へと行くのだった。
俺は今、生まれて初めて家族ではない人に頭を洗ってもらっている。
「気持ちいい? レオンさん」
「うん、気持ちいいよ」
そう目を瞑りながら答える。
今のところゼオに変わった点は見られない。
カルロスでもなく俺と入りたいなんて言ったから、何かあると思っていたんだが勘違いか?
お湯をジャバーっと頭からかけられた俺は、ブルブルと顔を横に振った。
「ありがとう。じゃあ、身体も洗ったし浴槽に入ろう」
「うん!」
俺とゼオは二人で入るには少しだけ狭い浴槽に一緒に入る。
その拍子に張ったお湯が勢いよく溢れた。
何処に行ってもお風呂というのは至高だ。
その日の疲れを全て癒してくれる。
まぁ、別に疲れてなんてないけど。
「レオンさん……えっと……」
「ん?」
俺に背を向けてお湯に浸かっているゼオが、遠慮がちに言葉を繋ぐ。
「その……一つ相談があって……」
ふむ。
その相談というのが本命か。
「何かあった?」
「えっと、カルロスさんにはもう話したんですけど……」
俺は振り向き、ゼオの横顔を見る。
その表情は何処か泣きそうな雰囲気が感じられた。
「お父さんとお母さんは幻影なんですか?」
唐突な話に俺は呆気を取られ、つい固まってしまう。
何故……このタイミングで……?
俺は動揺を悟られないように、瞬時に表情を変え平静を装う。
「どうしてそう思ったの?」
「だってっ……」
「……カルロスが何か言った?」
「ううん。違くて……ずっとおかしいって思ってて……」
ゼオは涙を浮かべながら続ける。
「お父さんとお母さんは外が魔物だらけなのに、いつも何処かに……っ行ってるし。それに昔、ブラックに幻影魔法をっ……見せてもらった……んです」
俺は必死に言葉を繋げているゼオに耳を傾ける。
「お姉ちゃんは気づいてないけど……僕はなんかおかしいなって……それで……っね? それでっ……うっうっ」
きっとゼオは認めたくないのだろう。
十年間一緒に過ごしていた両親が幻影なんてことを。
ただ、自分ではもう何かを確信してしまっているようだった。
ゼオの涙がお湯に向けてポタポタと吸い込まれていく。
「ブラックのっ……体調が悪くなってからっお母さんとお父さんが夜に帰ってこなくなって……だから、その時っ……これは幻影っ……なんだって……っでも…でも、僕やっぱり信じられなくて……うっうぅ」
「そっ……か。ゼオは強い子だね」
ルナに何も言わず、ゼオは一人で抱え込んでいたんだろう。
こんな受け入れ難い現実に。
「……うぅ……っ……レオン……さんっ……ほんとっ……だよね?」
涙を両手で拭いながらゼオが聞く。
俺はその返答に迷っていた。
ブラック本人から聞いた方がいいのではないのか。
ただ、勇気を振り絞って聞いたゼオのことを、もうこれ以上先延ばしにしたくないというのが本音だった。
俺はゆっくりと口を開く。
「うん……ゼオが思ってる通りだよ」
その言葉にゼオの身体が大きく震える。
「ゼオ、聞いて。ブラックはね。この世界の中で誰よりも君たちのことを愛している。両親に代わってルナやゼオを十年間も育てるなんて、普通じゃできない」
「……っうん、うん」
「ゼオはブラックの事が好き?」
「……うんっ。だいすきっ……」
「そっか。ブラックもルナとゼオに愛されて幸せだと思うよ。今日の夜、一緒にゼオの両親のことを聞きに行こうか」
俺の言葉にゼオはコクコクと頷いた。
子供がする大泣きではなく、静かに涙を流すゼオのことを、俺は頭を優しく撫でながら泣き止むのを待つのであった。




