第37話 ブラックの頼み
「それで我の頼みを聞き入れてくれるのか?」
ブラックは背けた顔を元に戻し、真剣な表情を浮かべた。
その言葉に俺は即答する。
「うん、いいよ。二人のことなら俺たちに任せて」
「ほ、本当か!? 本当に守ってくれるのだな?」
ここに来て初めて、ブラックの安心した表情を見たような気がする。
「もちろんだよ。俺は嘘を吐かないからね」
カルロスがその言葉に眉を顰めて俺を見る。
えっ、ミリカも同じ感じで見ていたけど……
俺ってそんなに信用ない……?
カルロスの表情に少しだけ落ち込むが、俺は表情を崩さない。
「はぁ……これで心置きなく……」
「待ってブラック。まだ問題はあるよ。ルナとゼオにどうやって説明するつもり? 確かに俺たちはいいけど、二人が嫌だって言うなら無理矢理連れて行くことはできないよ」
「それなら策はある」
ブラックは何か思い詰めた顔をして、ルナとゼオが入っていった扉を見つめていた。
少しだけ嫌な予感がする。
そして、俺の嫌な予感はきっと的中してしまう。
そう何故か感じた。
何を想ってるのか分からないブラックの言葉を俺は黙って待つ。
すると、ブラックはゆっくりと口を開いた。
「ルナとゼオには、我の犯した罪を教えておらぬ。我が大勢の人間を喰ったことも……国や村を襲ったということも……」
「……それで?」
「あの子たちはまだ親が生きてると思っておる。いや、思わせておる」
??
どういうことだ?
意味が分かっていない俺に対して、ブラックは軽く笑った。
「ふっ。簡単なことだ。幻影魔法で両親を作り出しておるのだ……十年間ずっと」
その言葉にカルロスは驚愕の表情を浮かべていた。
無論、俺も開いた口が塞がらない。
十年間ずっと幻影魔法で親が生きていると……錯覚させている?
「な、なんで?」
幻影魔法で両親を創造しても、いずれは真実が分かるはずだ。
ルナとゼオはまだ幼いから何も疑問を持っていないかもしれないが、後々を考えるとそれは愚策でしかない。
動揺が隠せない俺にブラックは続けた。
「我は子供など育てたことが無い。無論エルフの子もな。そんな我が本当にあの子たちを育てることができるのかと不安になったのだ……笑ってくれても構わぬ。要は自信が無かったのだ。我一人なら怖がられるかもしれぬ。だが、親が居るなら安心できる……そう考えてな」
……そんな想いを十年間ずっと抱えていたわけか。
笑えるはずがなかった。
だって、俺が逆の立場でも……きっと不安になるだろうから。
俺はブラックの言葉に何も言えずにいた。
大変だったね、などと軽い言葉を掛けても、それは気休めにもならないと思ったからだ。
「おいブラック。それで……そんな話を聞かされて、どんな策があんだよ。言ってみろ」
カルロスが言葉を詰まらせながら、俺の代わりに聞いてくれる。
ただ、ブラックの策というのがなんとなく予想ができた。
それが一番悲しい結末を生むことを、きっとブラックは見て見ぬ振りをしているのだろう。
「あぁ。我があの子たちを喰い殺そうとする。理性ぎりぎりの狂う前にな。それを貴様たちが守り、我を……殺してほしいのだ」
「……」
「それならあの子たちは何の迷いもなく貴様たちに付いていけるだろう。親を喰い殺した事と多くの町や村を襲った事も我の口から話すつもりだ」
「……つまり君が悪役になるってことだよね?」
「そのように捉えてもよい」
「それが二人の為になると思ってるの? ブラックの策はルナとゼオの為にはならないと思うんだけど?」
「あぁ、そうかもしれぬな。だが、貴様なら……いや、レオンならやってくれるだろう?」
そういう話をしてるんじゃないんだ。
ブラックはルナとゼオに向けていた優しい瞳で俺を見つめてくる。
決意は固いようだった。
「なぁ、今の話なんだが、ブラック。てめぇ、両親を喰い殺したって言うつもりなのか?」
「無論だ」
「……ふざけんなよ。喰い”殺した”わけじゃねぇだろ。そんな嘘言ってあいつらが傷つかねぇとでもーー「もう時間が無いのだ!!」
空気が震える。
ブラックがカルロスの話を遮って、身体を震わしていた。
「……我ももう限界に近い……例え憎まれたとしても、死が確定している我はもうあの二人を幸せにすることはできぬ……分かってくれるだろう?」
黒絶病。
罹った者は自我を忘れて狂い、死んでしまう。
ブラックが荒く息を吐き、自分を抑え込もうとしている。
その顔には苦悶の表情を浮かべており、今にも暴れ出しそうな雰囲気があった。
「……もし報酬が必要とならば、我の全てを捧げる。我の皮は全ての攻撃を受けつけぬほど硬く、我の爪は硬い岩であろうと容易く斬れる。故に……頼む。レオン、カルロス。最後に我の願いを叶えてくれ」
そんな悲しい願いなんてあってたまるものか。
俺は顎を触って思考する。
一番綺麗にこの件を収めれる解決策を。
まず、ブラックはもう長くはない。
そして、事切れるその前に暴れ狂ってしまう。
これを抑える方法は無い。
俺とカルロスが殺すしか選択肢が無いということは、話を聞いた時から分かっていた。
ルナとゼオの命をブラックが救ったように、今度は俺たちが二人の命を救う。
そうすれば、二人は必ず俺たちと一緒に生きていきたいと思うだろう。
だが、それと同時に二人の心に深い傷ができることになる。
そうならない為には……
「……俺たちがブラックを殺す事は引き受けるよ。ただ、やっぱりブラックの策は賛成できない」
「……」
「考えたんだけど、黒絶病の事と両親の事を正直に二人に話すのは? 納得してもらって、君が狂った際に殺せば、綺麗に済む話だと思うんだけど」
「ルナとゼオの居る前で……ということか? 狂った我はもう制御などできぬぞ」
「狂う直前にルナとゼオを転移させて、森の入り口へ送る。もちろん安全のためにカルロスも一緒に」
「それでレオンが我と戦うと……」
「そういうこと」
この策ならブラックが悪役になる必要などない。
病気の事を知れば二人は必ず納得してくれるはずだから。
そう考える俺に、ブラックは少し悲しい顔をして口を開く。
「帰る……場所を壊したくないのだ。例え両親の敵だと思われても……我と過ごしたこの場所を……」
「……」
そんな答えズルすぎるだろ……
この策が一番傷を浅くする解決策だと思った。
ブラックがルナとゼオに愛情を注いでいることも。
ルナとゼオがブラックをお父さんのように思っていることも。
全部が真実だから。
何も言えない俺は拳を強く握る。
すると、ブラックはふっと笑った。
「我はな、見る目をあると思うのだ。それは確かだと今確信した。レオン……貴様は優しいのだな」
そんな目で見るな。
そんな諦めたような顔するな。
「レオンが言った策はそもそもできぬ。転移魔法陣は我が発動させるもので、狂う直前の我じゃ行使することが叶わぬのだ」
転移が使えないから、ルナとゼオを安全な場所に送ることもできない。
だから、ブラックは自分の策が一番だと思っているのだろう。
でも……
「理性ギリギリの狂う前に、君がルナとゼオを食い殺そうとするって言ったけ」
「あぁ」
「悪役になることで、二人が俺たちに安心して付いて来れるようにしたいんだよね?」
「そうだ」
「じゃあ、そうする必要はやっぱりないよ。その代わり、真実を正直に話そう。君が狂う前に」
ブラックが悪役になり俺が殺す。
こんな茶番なんて、必要ない。
俺はブラックを見上げながら言葉を続けた。
「両親の事と黒絶病。この二つの真実をルナとゼオに話すんだ。そして、狂った後じゃなくて、狂う前に俺が君を殺す。黒絶病の事を知ればあの二人も納得すると……思う。いや、納得させるしかない……ただ……」
「ただ?」
「……理性ギリギリまで待つのは止めよう。突然ブラックが暴れてしまったら、取り返しつかなくなるからさ。二人と一緒にいられる時間は少なくなるけど、俺はその方がいいと思う。ちなみにいつまで理性は持ちそう?」
「は、半月程は保てると思っておるが、それ以降は分からぬ。ただ先程も言ったが、一ヶ月以上は確実に無理だ」
ブラックが震えた声でそう答える。
「なるほど。じゃあ、あと半月過ごすまでに伝えよう。それとこの策ならブラックが両親を喰い殺したという嘘も言わなくてもいいし、この部屋が壊されることもない。ブラックが悪役になる必要なんてないんだ」
黙って考えていたカルロスが、それだ! と指を鳴らして、ブラックの反応を見る。
ブラックは……
目に涙を溜めていた。
「我は……我は……あの二人の親でいることが許っ……されるのだろうか……?」
「当たりめぇだろ。何言ってんだ。あいつらを育てたのは紛れもなくてめぇだ。誇れよ」
きっとブラックは自分が犯してきた罪と黒絶病の二つが重なって、考えが固執していたんだと思う。
素直にもう生きていくことができないから、俺たちについていきなさい、と二人に告げれば全部解決する話だった。
カルロスの言葉にブラックは身体を大きく震わせる。
すると、部屋に籠っていたルナとゼオが、様子を伺うように扉を少しだけ開けて、顔を覗かていた。
「あっ! 二人がブラック虐めてる! ほらゼオ! 助けに行くよ!」
「で、でも……僕……」
「もう早く来なさい!」
ルナに手を引かれたゼオは、ブラックに駆け寄る。
ルナの方は手を大きく広げて、ブラックを守るように俺たちを睨みつけた。
「二人とも違うんだ。別に虐めてたんじゃないよ」
「じゃあ、なに!?」
「えーとね……そう! 大切な話をしていたんだ。そしたら、ブラックが泣いちゃってね」
「本当? ブラック……」
ルナとゼオが不安そうにブラックを見つめる。
すると、ブラックは声も出さずに大きく頷いた。
「そ、そうなんだ……ごめんなさい。ルナ勘違いしちゃって、きっと病気の事だよね……」
「え?」
「だって、ブラック凄く辛そうにしてるもん……早く治ればいいのに」
そう言うと、ルナが後ろにいるブラックに寄り添い、抱きついた。
「これは……伝えにくいな。仮にあいつが言えなくても俺は勘弁だからな。レオン」
カルロスが珍しく寂しそうな表情を浮かべて、その姿を見つめている。
いや、俺だってこんなの見せられちゃ言いたくないよ。
普通に辛いし。
まるで本物の親子のように寄り添い合う三人を見つめて、俺はため息をつくのだった。




