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第36話 聞き出し


 「ふぁあ~」


 大きく間延びした声を聞いて、目を覚ます。


 「あっ、ごめんレンくん。起こしちゃった?」

 「ううん、大丈夫だよ。おはようレティナ」

 「おはよう」


 俺はそのまま起き上がり、んんーと身体を伸ばす。


 どうやら俺は拷問に耐えれたようだ。

 まぁ、眠りにつけたのは体感にして数時間後だったが……


 「んっ……ごしゅじん。レティナねーね。おはよう」

 「うん。おはよう」

 「おはよう。ミリカちゃん」


 瞼を擦るミリカから視線を外し、置時計を見ると、時刻は九時過ぎを指していた。

 二人はそのまま身支度を済ませる為に自室に戻り、俺は再びベッドに横たわる。


 「さて、どう解決するか……」


 あまり寝付けはしなかったが、疲労はすっかり取れている。

 後はこの先の事を考えなくてはいけないが……


 全部丸く収めることってできるのかな……


 そんな不安を抱えながら、数分間、自室の天井を見てぼーっとしていると、


 「おい、レオン。早くダイニングへ行こうぜ」


 扉の前でカルロスの声が聞こえた。


 「うん、分かった。とりあえず用意してから行くよ」

 「うーい」


 俺は身体を起き上がらせ、身支度を済ませる。


 今、憂鬱な気分になっても仕方がない。

 マスターに約束した手前、色々な厄介事を抱えてこの地に帰ることはできない。

 つまり必ず解決しないといけないのだ。


 頬を軽く叩き、よしっ、と気持ちを入れ替えた俺はダイニングへと向かったのだった。






 「カルロス。今回は行きだけ馬車ね。帰りは歩いて帰ろう」


 レティナの美味しい朝食を食べながら、口一杯にご飯を詰め込んでいるカルロスにそう伝える。


 「あぁ。まぁいいぜ。別に歩いても苦じゃねえしな? 何なら帰りは拠点までどっちが早く着くか競争するか?」

 「いや、それは止めよう。普通に疲れるし」


 カルロスの提案を拒否し、残ったサラダに手をつける。


 うん、今日もレティナの料理は最高だ。


 きゅうりが多いのは気にしないでおこう。

 他意はない……はずだ。


 「ごしゅじん。ミリカ。もう行く」

 「そっか。気をつけてね」


 朝食を食べ終わり、側に寄って来たミリカの頭を撫でると、気持ちよさそうな顔を浮かべた。


 「っん」

 「ミリカちゃん。私も出るから途中まで一緒に行こうか」

 「把握した」

 「レンくん……私もいってきます……」


 レティナも頭を撫でてほしいのか……いや、そんなに頭下げなくても。


 「はい。いってらっしゃい」


 俺がレティナの頭を撫でると、レティナとミリカは一緒に依頼へと出発した。


 「じゃあ、カルロス。俺たちも行こうか」

 「おう! ……頭は撫でるなよ??」


 いや、撫でるわけないでしょ。


 カルロスの言葉に思わず、肩を落とす。

 それを見たカルロスは、少し引いたような表情を浮かべた。


 「とりあえず行くよ」

 「お、おう」


 いつもより少し距離感が遠いカルロスと一緒に、俺たちも拠点を出たのだった。




 馬車に揺られて二時間程、昨日と同じ<迷いの森>の入口へと着く。

 御者に帰りは不要と伝え、俺とカルロスは転移魔法陣のある場所へ一直線に向かう。

 襲いかかってくる魔物を屠りながら進んでいくと、昨日より早くその場所へと辿り着いた。

 心配はしていなかったが、転移魔法陣は昨日と変わらず同じ位置にあり、万が一無かった時はどうしようかという俺の考えは、杞憂であったと少しだけ安堵する。


 「じゃあ、踏むか」


 カルロスの言葉に頷き、二人一緒に転移魔法陣を踏む。


 すると、白い光が視界一杯に広がり、


 「あっ! 来たよ! ブラック」


 というルナの声が聞こえた。


 「約束通り話を聞きに来たよ」

 「あれ? 白魔法使いは……?」


 ゼオが不安そうな声色で、カルロスと俺を見つめる。


 「すまねえが、今日は居ねえ。昨日あまり会話できなかったからな。まだ聞きてぇことが山ほどある」


 カルロスがずんずんとブラックに近づき、腰を下ろす。

 俺もカルロスに追随して、隣に腰を下ろした。


 「ルナ、ゼオ。部屋で遊んでいなさい。我はこの二人と話すことがある」

 「え〜つまんな〜い」

 「うん……分かった」


 ルナは嫌々と首を振っていたが、素直なゼオに手を引かれて部屋へと入っていった。


 「さて……とりあえず昨日聞けなかった事聞いていってもいい?」

 「うむ」

 「じゃあ、まず転移魔法の事から。あれって詠唱できるの?」

 「いや、あれは詠唱する魔法ではない。転移魔法とは魔方陣そのものを指す。<迷いの森>の中に設置した魔方陣はここへと繋がるもの。左の扉の中にある魔方陣は<迷いの森>の入口へと繋がるもので、どちらも一方通行であり、そこまで有用性が高い魔法とは言えぬ」

 「……ふむ。つまり転移する際は必ず魔方陣を描かないといけなくて、その魔法陣を行き来することはできないってことだよね?」

 「そういうことだ」


 なるほど。

 それでも十分使い勝手は良さそうだが……


 そう思う俺に、ブラックは続ける。


 「転移の発動は自身の魔力が大幅に削られ、身体的に大きな負荷が掛かる。故に今の我が発動できる回数は二回のみ。それ以上はできぬ」

 「あぁ、だから昨日は疲れていたんだね」

 「それもあるが、貴様の魔法を受けた事も原因だ」

 「……うん、それはごめん」

 「ふっ、冗談だ」

 「今日は? 大丈夫なの?」


 軽く笑ったブラックはその言葉に顔を顰める。


 「大丈夫……とは言えぬな。我はもう長くない」


 邪龍とはいえ、質問する言葉を間違ったと反省する。

 黒絶病に罹ってなお、身体に負荷の掛かる魔法を発動しているのだ。

 答えなんて聞かなくても容易に想像することはできた。


 少し寂しい空気を変える為に、俺は口を開く。


 「そっか。ちなみに転移魔法陣って俺でも描けるの?」

 「描けぬな。そもそも龍と人間では脳の容量が違う。どんなに卓越した魔術師だろうと、人間の脳ではこの魔法陣の術式を理解すること自体ができぬのだ」

 「んなの、やってみなきゃ分かんねぇだろ? レオンどう思う?」


 カルロスが期待の眼差しを向けるが、

 

 「まぁ分かっていたことだけど、俺でも無理かな。まず、あの術式が理解できない。ブラックに教えてもらおうと思ったんだけど、無駄みたいだ」


 そう俺は素直に答える。


 レティナとミリカに、 「しばらくの間、拠点に戻ることができない」 と伝えたのは、転移魔法陣をブラックに教えてもらう為だった。


 半場諦め気味に聞いたのだが、予想通りすぎる回答に俺は少し肩を落とす。


 「人間の文献を一通り調べた……が、人間が扱っていたという話は嘘である。我はそのような人間に会ったことないのでな。レオン、貴様ですら術式が理解できないと言うならば、誰も行使することは叶わぬだろう」

 「あぁ、ありがとう。龍からお世辞を言われるなんて思いもしなかったよ」


 そう返した言葉にカルロスとブラックが、何を言ってるんだ? っていう顔をしている。

 まぁとりあえず今は放置しよう。


 「転移魔法陣については分かった。次にルナとゼオの話だ。あの二人は君が育てたの?」

 「そうだ」

 「……母親と父親は?」


 俺の質問に、ブラックは憂いを帯びた表情を浮かべた。


 「……我が喰った」

 「はっ?」


 黒い感情がドッと溢れ出る。


 喰った?

 あのエルフたちの親を??



 心臓の鼓動に合わせて、黒い感情が沸々と湧き上がる。

 抑制しようにも突然の事で、身体と理性が持ってかれる。


 ……所詮は邪龍か。


 腰に携えている剣を抜こうとした時、


 「まぁ、落ち着けよレオン。おいブラック。てめぇ何かしら理由があんだろ。言ってみろ」


 カルロスが俺の肩をぽんぽんと叩く。


 「……我は人間を好いておらぬ。エルフも同じだ。最初こそは我も友好的に接したが、奴等は我を使い勝手のいい駒のように扱った」

 「それで二人の親も喰ったと? それで納得できると思う?」


 俺の言葉にブラックは悲痛な目を向ける。


 「……あれは十年前の話になる。この<迷いの森>に人が訪れる事は滅多にない。故に、我にとっては都合のいい寝床であった」


 ブラックは懐かしむような顔を浮かべて語り出す。


 「人を襲い喰らう。そんな毎日に飽き飽きし、数年はここで眠りにつこうと思っておった。そんなある日だ。男と女のエルフが二人の赤子を背負って、この森に迷い込んだのだ。何かから逃げていたのか知らんが、その二人を魔物が襲ったようで……」


 ブラックの表情を見る限り、嘘を言っているようには思えない。


 「我がそれに気づき駆けつけた時には、既に事が切れておった。ゼオとルナを守るようにして、背中から喰われていたその姿を見て、我が魔物と一緒に喰い尽くしてやった……」

 「どうして一緒に食べたの? 魔物だけでも良かったよね?」

 「龍は人間のような埋葬などしぬ。それに、あの時は二人を育てるとも思っておらんかった」


 ブラックは刻々と話を続ける。


 「本当は赤子も喰らうつもりでおったのだ。だが、何故か……食欲は湧かんかった。何故だろうな。今まで沢山の人間を喰らっておったのに……」

 「はぁ……まぁ、納得したよ」


 黒い感情はいつの間にか消えていた。


 邪龍はどの時代でも討伐される対象だ。

 だが……ブラックの話を聞く限り、今はそんな気が起きない。


 沢山の人を殺した事は事実だ。

 だが、十年間ルナとゼオを大切に育てたのもまた事実だ。


 犯した罪は償える。

 龍にしてみれば十年なんてちっぽけなものでも、あの二人には大切な時間だっただろう。


 それにしても……危なかった。

 この場にカルロスが居なかったら、俺は今頃ブラックを斬っていたはずだ。

 特に理由も聞かずに黒い感情に流されたままで……


 心の中でカルロスに感謝しながら、先程の話でふと疑問に思ったことを俺は口にする。


 「あれ? ていうか、十年前って言ったよね? なら、ルナとゼオって十歳なの?」

 「あぁ、そうだ」

 「へ~」


 身長が小さかったのでもっと幼いかと思っていたが……


 「あいつらの名前は、お前の名前を取って名付けたんだっけ?」

 「その通りだ。いい名だろう?」

 「あぁ。最高の名前だな」


 カルロスがニカッと気持ちよく笑う。

 この空気を壊したくないが、まだ聞かなければならないことがある。


 「それで……あとどのくらい持ちそうなの?」


 俺の質問にブラックは口を噤んだ。

 そして、弱った声色で言葉を発した。


 「もう一ヶ月も持たない……だろう。今はもう歩く気力さえ湧かぬ」


 ブラックはもう長くないとは予想していた。

 が、あと一ヶ月か……


 「ルナとゼオには……言わないの?」

 「その事で貴様たちに頼みたいことがある」


 ブラックは真剣な眼差しで俺とカルロスを見つめる。

 その目には優しさや切なさなど、様々な想いが込められていた。


 「貴様たちの手でルナとゼオを守ってほしい。転移魔法陣を描いたのもその為だ。守ってくれる強い人間を探しておった。今までに三人の冒険者が来たが、あやつらでは駄目だ。一人目は慌てるだけで、ルナの魔法にも反応できず……二人目は……」


 ブラックの言葉が途切れると同時に、怒気が含まれた眼差しをする。


 「ルナを見て……すぐに襲いかかりおった。ルナは気にしてないと言っておったが、そんなわけないのだ。我がブレスを吐いて、気絶させたのだが……今にして思えば……」


 殺せばよかった。

 その一言は言わずに、ブラックは瞳を閉じる。


 そんなブラックの気持ちに当てられたのか、俺も無意識に拳を握っていた。

 今は抑えろ。王都に帰ってから、あの冒険者たちに色々聞けばいい。


 「……そっか。ブラックはもう邪龍じゃないよ」

 「?? 何の話だ?」

 「君のオーラは真っ黒だ。それは邪龍特有のもの。でも、俺の目から見る君は……立派な親だ」


 ブラックはふっと鼻を鳴らして顔を背ける。

 照れているのか分からないが俺の本心だ。


 カルロスも俺と同じ気持ちなのか、首を縦に振るのだった。



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