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第34話 報告


 「それで病気って?」


 俺はルナの頼みを一応聞くだけ聞くことにした。


 「なんだっけ? ブラック。あの辛い病気の名前……たしか……こく……こくにびょう? んー? なんだっけ?」

 「黒絶病だ」

 「は……??」


 俺は思わず呆気に取られる。

 カルロスもその言葉に聞き覚えがあるのか、大きく目を見開いていた。


 「そうそう! なんか辛い風邪だって! ルナとゼオも心配してるの。レオンなら治せそう?」

 「あ、あの……お兄ちゃんたちなら治せる?」


 二人が心配そうに俺を見つめる。

 が、俺はそんな二人から視線を外しブラックに視線を移す。

 ブラックは俺に 「何も言うな」 という表情をしていた。


 黒絶病。

 この世界に於いてその病気は死を意味する。

 ポーションの中でも最高の治癒力を持つエリクサーでも、最高の腕を持つ白魔法使いでも治すことができない。

 罹った者はまず黒い痣が身体中に広がる。

 そして、そのうち痛みで身体が動かせなくなり、ひと月程の期間で自我を失い狂いだすと、最後には命を落とすという最悪の病気であった。


 「……今、病気になってからどれくらい経った?」

 「……三ヶ月だ」

 「!?」


 ブラックははっきりと三ヶ月と言った。

 そんな奇跡あるものなのか?

 人間と違って龍だから……という事なんだろうか。


 「ねえねえ。レオンどうなの?」

 「んー、今は少し厳しいかな」


 俺の言葉に二人はがっくりと項垂れる。


 「レオン……という者。また、明日来てくれないだろうか。今日は……少し疲れたのだ」


 ブラックはそう言い、上げていた腰を床に下ろす。


 「……逃げないという保証は?」

 「貴様なら分かるだろ。時間が無い」


 ふむ。

 まぁ、今日は馬車を待たせているし、そっちの方が俺たちも都合がいいが……


 俺は隣のカルロスをちらりと見る。


 「俺はそれでいいぜ」


 よしっ、決まりだな。


 「分かった。じゃあ、また明日来るよ。それでどう帰ったらいいの?」

 「一番左の扉を開けよ。さすれば、森の入口に転移する」


 なるほど……入口にか。

 便利な魔法だな。


 そう思った俺は腰を上げる。


 「ん。じゃあ、また明日ね」


 俺はそう言い残すと、一番左の扉に向かう。

 後ろからカルロスが続いていることを確認した俺は、何の変哲もない扉を開いた。

 すると、魔方陣を踏んだ時と同じような白い光が俺たちを包み、視界一杯に広がった。


 白い光が消えていくのを感じた俺は、瞼を開ける。


 「へ~、本当に入り口まで戻ってこれるんだ」


 <迷いの森>は入り口から歩いて少し経つと、濃い霧に覆われる。

 その霧の一歩手前に転移されたようだ。


 「こんな(はじ)に魔法陣があるなんて気づかねぇわ」


 カルロスが下を向いてそう喋る。

 俺もふと足元に目線を向けると、隠蔽魔法で隠していた魔法陣が描かれていた。

 その魔法陣をもう一度踏んでみても、ぴくりとも反応を示さない。


 「一方通行ってことか。また明日もあそこまで行くのめんどくさいなぁ」


 俺はそんな独り言を呟き、カルロスと一緒に視界に映る馬車に向けて歩き出す。

 王都ラードに着く頃はもう日が沈み切ってからだろう。

 そう思うと、深いため息が出るのであった。








 「なぁ、レオン。あれどうするつもりだ?」


 馬車に乗ってすぐ横になったカルロスは眉をひそめる。


 「正直、まだ情報不足かな。色々ありすぎて、少し混乱気味なんだよね」

 「邪龍もそうだが……あのエルフの子供……」

 「うん。分かってるよ」



 それは俺たちが生まれるよりずっと前の話。

 エルフと人間の間で激しい争いが繰り広げられていた。

 人間はエルフの住む豊かな自然を求めて。

 エルフはその自然を守る為に。


 筋力以外人間よりも優れているエルフは、長きに渡り人間を追い返した。

 だが、エルフは長寿な為か人間よりも数が少なかったらしい。

 多勢に無勢とはこの事を指すのだろう。

 最後には人間が勝利し、エルフたちは西の森へと住処を変えた。

 敗北した者の末路は酷いものだ。

 人間の国では、捕まったエルフは奴隷になり私利私欲を満たすモノとして今もなお扱われている。

 西の森のエルフたちに関しては、生粋の魔術師が多い為か、誰も近寄ろうとはしなくなった。


 正直な話、ふざけている。

 俺はエルフの奴隷を見たことがないが、長年生きていけるのだ。

 奴隷としては、最高のモノだろう。

 何十年も何百年もそれに耐え続けているエルフたちは、どれだけ人間を憎み、嫌っているかなんて想像することもできない。

 人間はエルフを軽視し、エルフは人間に憎悪する。

 そんな世界をあの二人は知っているのだろうか。



 (うっうっ……やっぱりっ……人間は……敵なんだ……頼っちゃ……いけなかったんだっ……)



 涙をこぼしながらそう言葉にしたルナを思い出す。


 「はぁ……この世界の人間は、俺含めて本当にどうしようもないな」

 「俺らじゃどうすることもできねぇ問題だ。レオンが気にすることじゃねえよ」


 邪龍は悪だ。悪そのものだ。

 人間の敵。殺さなくてはいけない魔物。

 だが、あの二人を見つめるブラックの瞳は……まさに子供を見る親の目だった。

 だからだろうか、カルロスの言葉にすっと消えた黒い感情もそれ以降湧き上がらないのは。


 俺は体制を変え、少しだけ眠りにつくのだった。











 「なるほど。現状は異常無しと?」


 俺とカルロスは王都に着くと、そのままギルドマスター室へと足を運んだ。

 マスターに報告した内容はこうだ。


 「はい。<迷いの森>に行ってはみましたが、特に不自然な事は起こらなかったです。ただ、冒険者が怪我を負ってる以上、明日も調査をしたいと思います」

 「それで? その言葉を信じろと?」


 マスターが訝しげな表情で俺を見つめる。


 「というと?」

 「レオン。私と君が知り合って何年になると思ってる? 言ってみろ」

 「五年と少しですかね」


 何も起こらなかったという言葉に違和感があるのだろうか?


 そんな疑問が募る俺に、マスターはやれやれと言った様子で言葉を続けた。


 「そうだな。だから、不思議でたまらないのだよ。何も起こってないのにも関わらず、面倒事が嫌いなレオンがまた明日も調査に行くという事に」


 俺はその言葉に思わず表情が崩れる。


 確かに……普段の俺なら絶対にもう一度行ってみるなんて発言しない。

 だって、拠点で自堕落な生活を送りたいからだ。

 くっ、迂闊だった。


 何も言えない俺に対してマスターは続ける。


 「では、本当の事を話してもらう。<迷いの森>で何があった? 答えろ。レオン・レインクローズ」


 ごくりっと思わず唾を飲み込む。

 これは言い逃れできない雰囲気だ。

 マスターはいつもよりも目をギラつかせ、逃しはしないといった表情で見ている。

 すると、


 「マスター。正直な話、レオンは馬車で寝ちまってね。それで俺だけ調査に行ったが、本当に何も起きなかった。御者に聞いてみてもいい。そしたらマスターも納得するだろ?」


 カルロスが最高の助け舟を出してくれた。

 やはり持つべきものは仲間だ。

 俺はうんうんと頷き、自信満々に腕を組む。


 「ほう? カルロス。いくら払った?」

 「なにを?」

 「口封じの為にいくら払ったと言っている」


 それでもマスターは食い下がらない。


 いや……そんなに必死にならなくても、今回の件も解決するように尽力するよ。


 そう口に出そうとする言葉を手で塞ぐ。


 今は何もなかったと突き通すしかない。

 エルフの子供二人と邪龍。そして、転移魔法。

 どれを取っても目が飛び出るような案件だ。

 マスターはエルフを軽視しない人間だと思いたいが、他は違う。

 王国に報告しなければいけないのはギルドの義務。

 王国がそれを知ったら、確実にあの二人が不幸に遭うのは目に見えている。

 邪龍も転移魔法が扱えるとなれば、必ず討伐するように、騎士団と冒険者をかき集めて、掃討作戦が開始されるだろう。


 カルロスがめんどくさそうに頭をかいてる中、俺はマスターの目を真剣に見つめた。


 「マスター。カルロスが言ったことは本当の事です。申し訳ありません。ですが……信じてくれませんか……? 俺が必ず解決してみせます。明日も<迷いの森>に行き、解決した時に改めて報告させていただきます。それじゃダメですか?」


 今まで幾度もこんな話はあった。

 だが、その中で俺のお願いをマスターが聞き入れてくれなかったことは一度もない。

 それはきっと俺に信頼を寄せているからだと思う。

 だから、今回も俺のことを信じてもらうしかない。


 俺の顔をじっと見つめたマスターは肩を落とし、ため息をつく。


 「はぁ……私にも言えないとは余程のことか……まぁ、いいだろう。それを今は信じよう。だが、<迷いの森>の件を解決した後は必ず報告するように」


 解決した後……ね。

 失敗するなんて少しも思ってないのが、また嬉しいものだ。


 「はい、ありがとうございます」

 「うむ。では、もう帰っていいぞ」

 「はい。失礼します」


 俺はマスターに軽く頭を下げ、ギルドマスター室を後にする。


 「ちっ、俺の口封じの金、意味なかったな」

 「いや、嬉しかったよ。ありがとうカルロス」


 素直な感謝の言葉にカルロスは顔を背ける。


 「じゃあ、今日はもう拠点に帰ろうぜ? みんなで緊急会議だ」

 「うん。そうだね」


 俺たちは夜になっても活気が溢れている大通りを、二人でゆっくりと歩きながら帰路へと着くのであった。

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