第33話 転移魔法
幼女は腰に手を当てて、無い胸を張っていた。
人間とは違う長く尖った耳が特徴的で、髪の色は綺麗な緑色。
大きな薄緑色の目をパチクリさせているその幼女は、信じられないことにエルフのようだった。
俺は一旦そのエルフの幼女から視線を外し、辺りを見回す。
人が何十人も寝れるような大広間に俺たちは転移されたようだ。
大広間の中には大きな置時計と扉が五つあった。
真ん中の扉だけ王国の門のような大きさがあり、右から二番目の扉は開きっぱなしで、その奥には何処か生活感のあるキッチンが見える。
上を見れば天井はとにかく高いようで、濃い霧に包まれている為、最後まで見えない。
「あ、あのここは何処?」
いかにも一般冒険者が迷い込んだ雰囲気を装いながら幼女に尋ねる。
「はぁ……この人間たちもダメみたいだね。ブラック」
ため息をつきながら肩を落とす幼女は、隣に話しかけていた。
「まだ分からぬ、ルナ。闘気や魔力を抑制しているかもしれん」
「え~? でも絶対ありえないよ? だって、何が起きてるのかちんぷんかんぷんな顔してるもん」
なるほど。
隣はブラックって言うのか……聞いたことのない名だ。
沸々と湧き上がる黒い感情を抑制する。
まだ、気づかれるわけにはいかない。
「お、教えてほしいんです……そのここは何処なんですか?」
「んー、まぁいいや。どうせ記憶は無くなるし、特別に教えてあげる。ここは私のお家! どう? 大きいでしょ? ブラックが作ってくれたの」
「ブ、ブラックというのは……?」
「あぁ……見えなくてもしょうがないよね。ブラックはルナの家族だよ?」
まぁ見えてるけど……こいつと家族……?
「は、はぁ……あのいきなり周りが白く光ったかと思ったら……その……この部屋に来ていたんですが……」
「ふふん。凄いでしょ? ブラックの魔法なの! 二人は転移魔法陣でここに連れてこられたんだよ!」
カルロスがその言葉にぴくっと反応を示す。
「で、でも、それを現代で行使出来る人はいないって……書物で読みました」
「そんなの知らないよ。ブラックはなんでも知ってるんだから」
ふ〜ん。そこにいる奴が……ね?
俺は思わず笑みを浮かべてしまう。
カルロスがこちらをちらりと見て、殺っていいか? と俺の指示を待っているようだ。
「でも、やっぱり弱そうな人間じゃダメだね。じゃあ、忘れて……バイバイ。混乱」
幼女が手の平を向けて、魔法を行使する。
が、そんな状態異常魔法、俺たちに効くはずがない。
「あれ? ちゃんと行使したのに……なんでー?」
幼女は不思議そうに首を傾げていた。
ブラックと呼ばれている奴が、俺たちの様子を見て腰を上げる。
殺られる前に殺る。
冒険での鉄則だ。
「カルロス、今回は俺が殺る。手は出すな。いいね?」
黒い感情を抑制する必要はもうないだろう。
ブラック……ね?
(殺せ。殺せ)
にやっと口角が上がる。
幼女の隣にいるのは……
隠蔽魔法を掛けている邪龍だった。
「絶重力」
「ッ!? ぐっぐがぁぁぁぁぁぁあ」
俺の魔法で邪龍が、床に倒れ伏す。
絶重力は、一般人ならぺしゃんこになるほどの上級闇魔法。
その魔法を受けて身動きも取れないのか、邪龍は倒れ伏したまま苦悶の表情を浮かべていた。
床がミシミシと音を立てる中、幼女は邪龍に思わず駆け寄ろうとする。
「ブラック!? ブラックしっかりして!」
「ぐぅうう……ル、ルナ来るでない。に、逃げよ……脆弱な人間風情、我一人なんとかなる」
幼女を止め、必死に足掻く邪龍。
絶重力は範囲系魔法であり、その効果範囲に入るだけで皆等しく押し潰される。
それを分かって言ったのか……?
「ねぇ? 聞きたいことがあるんだけど……君、邪龍だよね?」
「や、やめて! もうやめて! 私たちが何したって言うの!?」
「君に聞いてるんじゃない。そこの邪龍に聞いてるんだ。そいつは人を大勢喰ったよ。オーラで分かる」
黒いオーラを纏う龍が邪龍、白いオーラを纏う龍が真龍というのはこの世界で広く知れ渡っている。
「混乱! 睡眠! ……どうして効かないの……?」
膝を崩し、瞳に涙を溜める幼女。
「ねぇ。カルロス。邪龍ってこんなに弱かったっけ?」
「いやそれはねぇ。だが……あまりにもそいつは弱ってるな」
ふーん。まぁどうでもいいけど。
少し手加減をしていた魔法の威力を強める。
あれくらいで死なれたらつまらないからね。
「ぐがぁぁぁぁ……くっぅ……ル、ルナ……逃げよ……」
うぇぇぇんと泣いている幼女が、四つん這いになりながら邪龍の言葉を無視して近づく。
「近寄らない方がいいよ。君も潰れちゃうから」
「うっうっ……やっぱりっ……人間は……敵なんだ……頼っちゃ……いけなかったんだっ……」
幼女は俺を睨みつけながら足に力を込めて、何とか立ち上がった。
へぇ。俺の魔力に当てられてるのに……凄いな。
少し感心する俺に、幼女は大きな声で言葉を発する。
「前に来た人間もそうだった! もう死んじゃえ! 水の弾!」
たかが初級魔法だ。
そんな魔法で本当に殺す気あるのか?
幼女が放った魔法を俺は腰に携えていた剣で防ぐ。
(殺せ。殺せ)
もういいか。このまま……この子も……
「レオン。もういいんじゃねぇか? とりあえずそれ止めろ」
カルロスの言葉が理解できない。
止める? 何故?
「何言ってるのカルロス……本気?」
「あぁ。こんなに弱っている邪龍なんて、すぐ斬れる。そうだろ? レオン」
俺の肩に手を回し、カルロスはニカっと気持ちのいい笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、俺の黒い感情がすぅっと何処かに消えていったのを感じた。
……確かにカルロス言う通りか。
これじゃ弱い物いじめしているような気分だ。
「……そうだね」
俺は邪龍に放っていた魔法を解く。
すると、
「うぇぇぇぇぇん。ブラック……ブラックゥ……」
幼女は魔法が解かれた邪龍に抱きつき、大きな声で泣いていた。
人間に仇なす龍とは思えない優しい瞳をする邪龍。
俺はその様子を見て、はぁ、とため息をついたのだった。
「それで色々聞きたいことがあるんだけど」
幼女が泣き止んだ後、俺は話を切り出す。
「答えれるものなら我が答えよう」
「んー、じゃあ、そっちで隠れているもう一人の子も出ておいで?」
開いている扉からひょこっと顔だけを出し、様子を見ていた幼女と瓜二つの男の子を呼ぶ。
男の子は俺の手招きにびくっと反応すると、部屋の中にまた逃げようとした。
だが、そんな男の子をカルロスが一瞬で距離を詰め、訝しげに見下ろす。
「おい。小僧。お前なんで見ていた?」
表情を見ていても分かる。
カルロスは不機嫌だ。
「……ぇ……え……だって……だって……」
男の子はカルロスの威圧に耐え切れなくなったのか、涙を滲ませる。
「ゼオをいじめないで!」
「お、お姉ちゃぁぁん。うぇぇぇええん」
ずんずんとカルロスの前まで来た幼女は、男の子を守るように両手を広げ、男の子はそんな幼女の後ろに隠れる。
「はっ。女に守られて悔しくねえのか? お前、本当に男かよ。男なら前に出て言い返してみろ」
「カルロス。とりあえず今は話が先だ。傍から見ると、俺たちは悪人みたいだよ」
「ちっ」
まだ言いたいことがあったようだが、カルロスはこれ以上責めることなく俺の隣まで近寄り、その場でどすっと座った。
「じゃあ、聞きたいことは山ほどあるけど……そうだな。まずここは何処なの?」
「……それは言えぬ」
「さっき答えるって言ってたけど……はぁ。じゃあ質問を変えよう。ここは<迷いの森>の中?」
「そうだ」
ふむ。この部屋が<迷いの森>の中ね。
大体は察しがついた。
Aランク冒険者が二度行って見つけられなかったこの場所。
おそらく隠蔽魔法で、視認できないようにしているのだろう。
それはそうと……
「……えっと、外の魔方陣を踏んだらこの場所に連れてこられたんだけど……あれは転移魔法で合ってる?」
「うむ。そうだ」
「君があの魔方陣を書いたんだよね?」
「うむ」
「なるほど……本当にそうだったんだね」
古龍には魔法を扱える龍もいると聞いたことがある。
昔に討伐した邪龍は、行使できなかったみたいだが。
さてとりあえず、マスターにはなんて報告しよう。
邪龍が転移魔法陣を行使しておりました。
とは、流石に言えないよなぁ。
今はもう邪龍を斬ろうとは思えない。
何故かそんな感情は一切出てこないのだ。
俺が顎を触って思考に耽けていると
「ねぇ……人間は悪者なの……?」
幼女に隠れていた男の子が、俺たちを見ながらそう呟いた。
「……さっきは怖い思いさせちゃってごめんね。もう危害を加えないと誓うよ。あっ、もちろんそこの邪龍が怪しい行動を取るなら別だけどね?」
「ふっ。そんなことはしないと貴様も分かっているだろう?」
本当にこいつは邪龍なのか?
真っ黒なオーラをしているにも関わらず、やけに温厚な邪龍だ。
「ちなみに君たちはエルフで間違いないよね?」
「そうだよ!」
幼女が俺の質問に元気よく答える。
先程泣いてたとは思えない表情だ。
「私がルナ。後ろに隠れてるのが弟のゼオ」
「ルナとゼオね。俺はレオン。んで、こっちがカルロス。少し怖いだろうけど、何もしないから安心して」
「ちっ。レオン、長ったらしいのは嫌いなんだ。とっとと終わらせて拠点に帰るぞ」
いや、カルロス……そんな怖い顔してあげないでよ……
また、ゼオが震えてるじゃん……
「邪龍……君の名前は?」
「……ゼオルナードだ」
ゼオルナード。
多くの文献の中で、何度も見たことがある。
国や街を襲い、傍若無人の限りを尽くしたとされる邪龍。
あれ?
そういえばさっきルナは邪龍がお父さんって……
「ブラックはルナたちの名付け親なんだ!」
まるで俺の思考を読み取ったようにルナが邪龍に抱きつく。
「ブラックって、なんでそう呼んでるの?」
「え? んー? 何でだろ?」
まぁ、そこはどうでもいいか。
とりあえず……
「どうしようかな」
俺はブラックとルナ、ゼオを見る。
流石に何もなかったなんてマスターに言えないし、報告したところで面倒事になるのは目に見えている。
「ねえ……人間のレオンに一つお願いしてもいい?」
「ん? なに?」
少し不安そうな表情をするルナは、ためらいながらも口にした。
「ブラックはね……今辛い病気に罹っているみたいなの……それを治してほしい!」
病気?
俺はルナからブラックに視線を移す。
ブラックの表情からは何も読み取れない。
ただ、瞳は何かを決意してるようだった。
カルロスがルナの言葉を聞いて、ふぁあ~、と欠伸をする。
俺はそんな二人を交互に見ながら、はぁ、と肩を落とすのだった。




