第32話 迷いの森
俺たちは今、北東に向けて馬車を走らせている
<迷いの森>は歩いていけばそれなりに遠い。
馬車で向かっても、二時間程は掛かってしまう。
「なぁ、レオン……転移魔法って本当にあると思うか?」
カルロスが外の風景を見ながら、らしくないことを言う。
普段のカルロスなら自分の目で見て結論を出すのだが。
「まぁ、正直分かんないな。昔は行使していた魔術師もいたような記述があるけど、それも定かではないし。てか、カルロスがそんなこと思うの珍しいね」
「あぁ? なんで?」
「だって、カルロスは何も考えずに突っ走るって感じだから」
カルロスは基本的に脳筋だ。
魔物がいれば率先して狩りに行くし、賊がいれば血祭りにあげる。
そんなカルロスは納得がいってないのか、ムッとした表情で俺を睨みつけている。
「まぁ、あったら俺も一目見てみたいなぁ」
カルロスの睨みを無視し、俺は馬車の中で寝転びながら天井を見つめた。
「あったらよぉ……仮にの話なんだが」
カルロスは外の景色を見ながら、思案顔で口を開く。
「うん?」
「他の存在しねぇって言われている魔法だって……あるかもしれねえだろ? ……だから、少しだけ期待してんだよ」
ん??
転移魔法以外に珍しい魔法なんて何かあったっけ。
「存在しない魔法って?」
俺の言葉にカルロスがぴくっと反応を示す。
そして、ゆっくりと俺に振り向き、カルロスは何かを探るような眼差しを向けた。
なんか今日のカルロスは変だな。
「いや? 別に大した事じゃねえ。気にすんな」
いや気にするなって言われても……ね。
「……分かったよ」
俺のその言葉でカルロスは再び外の風景に視線を戻す。
カルロスが大した事じゃないと言うならば、俺はもう詮索をしない。
まぁ、何はともあれ転移魔法を行使出来る魔術師なんていたら見てみたいけど、いないことを祈ろう。
俺は悠々自適に拠点で寝たいだけだからね。
ゆったりとした時間を馬車の中で過ごした俺たちは、気がつけば目的地の<迷いの森>へと着いていた。
「ありがとうございます。夜までに帰って来なければ、戻ってくれて大丈夫です。その時はマスターに連絡しといてください」
御者にもしもの話をし、俺とカルロスはさっそく森の中に入る。
聞いていた通り、<迷いの森>は深い霧に覆われていた。
「ねぇ、カルロス。思ったけど……死霊って君どーするの?」
「あ? レオンに任すに決まってるだろ。あいつら厄介なんだよな。別に殺れねぇ訳じゃねえが、お前なら瞬殺だろ」
「うん、まぁいいけど」
とりあえずは調査だな。
俺たちは並んで歩き、昔の人が作ったであろう道を歩く。
周囲に変わった気配もなく、魔物がいるような感じもしない。
これは時間掛かりそうだな。
そう思ってるとカルロスが俺を見ていること気づく。
「な、なに?」
「いや、かなり向こうの方で音が聞こえた。魔物だったら殺っちゃってきていいか?」
カルロスは<魔の刻>の中で一番耳が良い。
一番の長所はタフな所だが、耳が良いのは素直に羨ましい。
「まぁ、いいよ。俺この道歩いてるからさっさと帰ってくるんだよ」
「おう! 行ってくるわ」
言い終わると同時にスッと消える。
一般人から見たらこれも転移に見えるんだろうな。
ただ、魔物を狩りに行っただけなんだけど。
俺はカルロスがいない中で一人調査を始める。
と言ってもやることは目視。ただ、それだけだが霧で覆われている為、視界はかなり悪い。
何も収穫がなかったらマスターになんて言おう……
「おう。レオン戻ったぞ」
「おかえり。早かったね。えっ……と、頼むから市民の前で、その光景だけは見せるの止めてよ? あと、それはもう捨てなさい」
カルロスの防具は血だらけで、手には死虎の頭を持っていた。
俺に言われた通りにそれを捨てると、カルロスはまだ殺り足りないのか槍を持ったまま俺に追随する。
ここまでくるともう一種の変態だ。
「レオンはここに来たことあんのか?」
「いやないよ。<魔の刻>全員来たことないんじゃないかな」
「まぁ、そうだよな。魔物は強くねぇ癖に、何もねえただの森って感じだし、転移魔法が使える魔術師がいるなら早く現れてくれねぇかな」
「もしいてもその魔術師を殺しちゃだめだよ。まずは話し合いが第一だ。くれぐれも最初から殺す気でいかないように」
お説教のように言う俺の言葉に対して、カルロスはため息を漏らす。
「殺しちゃだめねぇ。罪人だったら?」
「そりゃ処理するしかないね」
「はぁ……三年前から変わらねぇなお前は」
三年前って……もっと昔の俺も同じ考えのはずだけど?
そこで幽霊型の魔物、死霊が鎌を持って俺たちの目の前に現れる。
「レオン。出番だぞ」
「はいはい」
やはり幽霊型の魔物は属性付与してる剣で斬るのが一番手っ取り早い。
一瞬で距離を詰めて、雷属性が付与されている剣で斬る。
斬られた死霊はそのまま霧に溶けていくように、すぅと消えていった。
「やるじゃん。腕は鈍ってねぇみたいだなぁ?」
「いや、相当鈍ってると思うよ。切った感覚ないし」
「いや、幽霊型の魔物なんだから感覚なんてそもそもねぇだろ……」
カルロスの的確なツッコミを無視し、そのまま歩き続ける。
森を調査して一時間程経っただろうか。
<迷いの森>の最深部まで到着し、一息つく。
「なぁレオン。まじで何も起きねぇじゃねえか。あいつら嘘言ってるんじゃねぇだろうな」
何もない事に少しだけ苛立っているカルロスは、ぴくりっと耳が反応し消えた。
「普通の魔物はいるのになぁ……」
周囲をもう一度見回す。
やはり何もなし。
もう帰ろう。そう思った時だった。
死虎を狩ったカルロスが目の前に現れ、興奮した様子で俺の肩を掴む。
「おい! レオン!! すげぇもん見つけたぞ! ちょっとこっちまで来い!!」
「えっ?」
すげえもん?
俺の言葉を待たずにカルロスが無邪気に走る。
俺はその後を追った。
少しだけ嫌な予感がする。
頼むから何も起きずに帰らせて……?
カルロスの後に付いて走ると、目的地に着いたようで足を止めた。
「レオン! これ見ろ! 本当は俺が最初に踏みたかったが、一緒に踏ませてやる!」
興奮気味なカルロスは、足元を指差し訳の分からないことを言う。
指を差している足元をそっと見ると、そこには魔法陣が描かれていた。
「見たことない魔法陣だな……」
魔法陣とはそもそも効率が悪い。
術を行使する際、大抵の魔術師は詠唱するが、初心者は最初に魔法陣を描き魔法を行使する。
感覚を覚えたら、詠唱。その次に無詠唱となるのだ。
「罠か? なぁレオン。これ罠か?」
「少し落ち着きなよ。カルロス一人で踏んでたら、丸焼きにされてたかもしれないよ?」
「そんなこと起きねぇな。その魔法ごと斬れば問題ねぇ」
ふむ。脳筋め。
魔法陣をよく見ると、高度な隠蔽魔法が掛けられているみたいだった。
隠蔽魔法とは、その名の通り、何かを隠すときに用いられる魔法だ。
それは人や物、今目の前にある魔法さえ隠すことができる。
まぁ、<魔の刻>のメンバー全員、隠蔽魔法なんてのは簡単に見破れるのだが。
「あれ? もしかして冒険者が言ってたことってこれなんじゃないかな?」
「ん? どういうことだ?」
「つまり……これを踏むと全て分かるってことだね」
「うしっ! それなら一緒に踏むぞ! いっせーのーで、でな? いいな?」
未体験なことに興奮しているカルロスにもう一度言い聞かす。
「分かったけど、カルロス。何が居ても先に手を出しちゃだめだからね?」
「おう!」
気持ちのいい笑顔で今か今かとタイミングを見計るカルロス。
この魔方陣を踏んだ時に待ち受けてることは何一つ分からないが、今悩んでいても仕方がない。
「じゃあ、行くよ。いっせーのーで!」
俺の言葉を合図にカルロスと魔法陣を踏む。
踏んだ瞬間ぱーっと白い光に包まれた俺は、臨戦体制を取った。
ただ、この魔法から悪意のようなものが感じられない。
本当にこれは転移魔法なんじゃないか?
白い光が視界一杯まで広がり、思わず目を瞑った。
白い光が消えたのを感じると、俺はすっと目を開ける。
そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「あっ! また来たー!」
何処からともなく声が聞こえ、タッタッタと走る音が近づいてくる。
ちらりと隣のカルロスを見ると、彼は無心を装っていた。
それでいい。
「いらっしゃい! 人間! 今から貴方たちが相応しい者か見定めてあげる!」
目の前で高らかに発言したその子は……
可愛らしい幼女であった。




