第31話 ため息
シャルとのデートから一ヶ月程経っただろうか。
俺はその間ずっと拠点から出ずに、悠々自適に過ごしていた。
食材はレティナやミリカが買ってくれるので困ることは無いし、お金の面でも貯金は山ほどある。
こうなった俺を動かそうとする者は、レティナかマスターくらいだろう。
ちなみに、俺が堕落していたこの一ヶ月で<金の翼>が遊びに来たり、マリーやカルロスが帰ってきたりなどしたが、特別何かが起こった訳でもない。
ただ、一つだけいい話を聞いた。
それは、ポーションの価格が徐々に下がってきているということ。
つまり、マスターを悩ませていた依頼の一つは解決したようだ。
残るは……
迷いの森……ね。
昼過ぎになったところで俺は昼食を作ろうと、自室から出てダイニングへ向かう。
「おお、レオン。はよー」
「おはよう……カルロス。今日はどうしたの?」
ダイニングでは珍しく拠点で昼食を取っていたカルロスが席に座っていた。
「今日は休みだ。最近ずっと依頼やら闘技会やらに行ってたからな。ちょい休憩」
「あれ? 結局アーラ王国まで行ったの?」
アーラ王国とは、ランド王国から南側の位置にある王国だ。
ここから馬車で二週間程はかかり、近隣の国では距離が一番近い。
カルロスが口にした闘技会はその名の通り、トーナメント形式の闘いが行われ、優勝した者には栄誉と報酬が貰えるそうだ。
「あぁ。闘技会って俺たち一回も出たことなかったろ? ずっと参加してみたくてな?」
「それでどうだった?」
「いや、どうもこうもねえよ。張り合いがねえ。ワクワクしながら行った気持ち返せって思ったぜ」
うん、この感じは当然のように優勝したんだろうな。
「カルロスに勝てる人がいたなら、是非手合わせ願いたかったな」
「まぁ、逆にレオンに勝てる奴がいるならそいつが間違いなく最強だな」
いや、そんな綺麗に笑っても……男同士なんだから照れないぞ?
カルロスと他愛のない会話をしていると、突然一通の手紙が俺の目の前に届く。
その手紙を見てどんな内容か察しがついた俺は、つい苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまう。
「レオン……お前なんて顔してんだ」
伝魔鳩
ギルドや貴族たちが所有しているマジックアイテムで、対象者に必ず届ける為、強力な防御結界が張られている。
その防御結界は俺が触れるとぱっと弾けて空気と同化した。
嫌な予感を感じつつも手紙を開くとやはりというべきか、差出人はマスターからであった。
<レオン・レインクローズ。至急ギルドマスター室まで来るように。これは命令だ。破ればギルド条約違反とする>
はぁ……めんどくさい……
絶対<迷いの森>の件だろう。
俺は重い腰を上げて、カルロスを見る。
「カルロスも一緒に来る? まぁ、おそらく面倒事だと思うけど」
「あぁ、いいぜ? 別に大した用事はねぇからな。話だけ聞かせてもらうわ。指導とかつまんねぇ仕事はやんねぇから。あと、レオン。お前の分も昼食作ったから、食ってから行こうぜ?」
「あっ、うん。ありがとう。そうさせてもらうよ」
俺は上げた腰を再び下ろし、カルロスが作ってくれた昼食を食べると、自室で身支度を済ませた。
もしも<迷いの森>の件ではなく、<金の翼>の時と同じ内容だったら流石に断ろう。
まぁ、マスターも二度同じ依頼はしてこないとは思うが……
俺は万が一の為に雷属性が付与された剣と大鎌を背負い、カルロスと二人で<月の庭>へと出向くのだった。
<月の庭>へと辿り着き、コンコンとドアをノックする。
「入れ」
いつもの単調な声が返ってきて、そのままドアを開ける。
「うえっ……」
目の前の光景に思わず、声を出してしてしまう。
後から入室してきたカルロスも同じなのか、めんどくさそうな顔をしていた。
右側のソファには二人組の冒険者が座っており、マスターは腕を組みながら俺たちに向けて、顔だけでその者たちの対面に座るように促す。
はぁ……嘘だろ……?
心の中で信じられないと思いながらも、俺とカルロスはマスターの指示通り、二人組の冒険者と対面になるよう渋々座った。
二人組の冒険者は、俺より少し年上な雰囲気を感じる男性と見るからに緊張している女性だ。
<金の翼>の時と全く同じじゃないか。
明らかにめんどくさい案件だと気づき、つい姿勢を崩し堕落してしまう。
「それで? また指導ですか? 正直俺はもうやる気ないですよ」
マスターに対する態度ではないことは重々承知している。
が、また同じ依頼じゃこうなっても仕方ない。
「いや? 違うぞ、レオン。それとカルロスも見るだけで嫌な顔をするのはやめたまえ」
「え? 指導じゃないんですか!?」
普段とは違い、つい少し大きめな声で聞いてしまう。
そして、俺は崩した姿勢を元に戻し、ピシッと背筋を立てた。
「あぁ。指導じゃない。そこの彼等に来てもらったのは、私の口ではなく、彼等の口から伝えたいと熱く言われてね。どうしても断れなかったのだよ」
「なるほど。まぁ、一応理解しました」
俺は納得したつもりだったが、隣のカルロスは何処か不機嫌そうだ。
「熱く言われた……ねぇ? マスター。俺らは見せもんじゃねぇ。今日は依頼だからもう何も言わねぇが、単純に気に触る。次から止めろ」
「あぁ……確かにカルロスの言う通りだ。すまない」
マスターは肩を落としながら、面目なさそうな顔を浮かべた。
二人組の冒険者も同じような顔をしている。
カルロスが言いたいことはなんとなく分かる。
<魔の刻>のメンバーを一目見たいが為に、マスターにお願いしたんじゃないかってことだ。
「カルロス。まぁ、一旦落ち着いて? 確かに言伝だったら伝わらない事もあると思うよ」
「あー……まぁ……そうだな。すまんマスター。少しだけ言い過ぎた」
カルロスは頭を掻きながら、気まずそうに謝る。
こういうところは彼のいいところだ。
自分に非があれば謝り、仲間には情が厚い。
カルロスと出会ってからもう六年ほどが経つが、ここはいつまでも変わらないでいてほしい。
「えっと、指導でないなら……貴方たちは<迷いの森>に行った冒険者ですね?」
核心を突かれたのか、俺の言葉に呆気に取られながら女性の冒険者が口を開く。
「え、えぇ。よく分かりましたね。レオンさんが言う通り、私たちは<迷いの森>の調査としてマスターに依頼されました」
「不快に思ったらすみません。貴方たちのランクは?」
「一応Aランクになります」
「ということは、前に行った冒険者と同じパーティーですか?」
「いえ。私たちはまた別のパーティーになりますね」
「ふむ、なるほど」
マスターが俺に依頼する前に、別のパーティーに依頼すると言っていたが……このパーティーだったか。
「んで、硬っ苦しいの嫌いなんだが、そこで何があったんだ? 面白ぇ物でも見つけたか?」
カルロスが興味あり気な顔で女性に視線を向ける。
この顔……戦闘狂の血が騒いでるな……はぁ……
「これといって面白い物は見つけられなかったが……俺たちのパーティーメンバーである仲間二人が怪我を負った」
隣で黙っていた男性が女性の代わりにそう答える。
「ん? 怪我を負ったってことはその……亡くなってはいないんですよね?」
「あぁ。それは大丈夫だ。ただ……その仲間の二人が突然姿を消してな。人間が突如として消えたことをマスターから事前に聞いていた俺たちは、すぐに入り口に戻ったんだ。そしたらやはり怪我を負った状態で仲間が倒れていたんだよ」
また……消えたと。
それに今度は無傷ではなく怪我を負ってか。
「消えた瞬間は見ましたか?」
「いや、見てない。気づいた時にはいなくなっていた」
「なるほどね……」
俺は顎を触って思考に耽る。
これはレティナが言ってたことも視野に入れなきゃな。
転移魔法……ね。
厄介すぎる案件だ。
「ちなみに、その二人の外傷は?」
「多分魔法だと思う。二人とも炎症の跡があった。」
「なるほど……何か見たとかは? 例えば……幼女とか」
にわかには信じられない話だが、もしも前任の冒険者と同じなら……
俺の質問に男は真剣な表情で口を開く。
「あぁ。幼女を見たような気がする……と。ただ記憶が曖昧で本当に見たのか定かではないそうだ」
「はぁ……なるほど。定かではないと」
これは行くしかないかな。
彼等の情報だけでは、何も分からない。
不可解な事が多いのは確かだが、前回とは違い、なぜ前任の冒険者は無傷で今回は怪我を負ったのかという点が非常に気になる。
「レオン。とりあえず行ってみれば話が早いだろ? な? 行ってみようぜ。おもしれぇ予感がする」
カルロスはニヤッと笑みを浮かべて、立ち上がる。
「んー、まぁそうだけどなぁ〜」
「なんだよレオン。乗り気じゃねぇのか?」
「いや、だって……絶対面倒くさい事が待ち受けてるよ……」
俺ははぁ、とため息を吐き、また姿勢を崩す。
「深淵のレオンの噂は……本当だったの?」
そんな俺を目の前の女性は訝しげに見つめていた。
Sランクの依頼に着いていけなくなった。
史上最年少でSランクに上がって調子に乗っている。
他にも様々ある。
その内のどれを言ってるんだろうか。
「おい、黙れ女。それ以上言ったら殺る」
<魔の刻>のメンバーは俺の悪評を許さない。
どんなに些細な事でも俺を貶す発言をする者に関しては、一方的に口を塞ぐのだ。
別に俺はさほど気にしてないんだが、こうして庇ってくれるのは少しだけ嬉しい。
闘気を解放しているカルロスを宥め、話を黙って聞いていたマスターを見る。
「これが依頼ってことですよね?」
「あぁ、すまないが、調査に行ってきてくれ。<迷いの森>で何が起こってるのか把握しなくては、国に報告することもできんのでな」
マスターも色々大変だなぁ。
対面の冒険者は流石Aランクというだけはある。
カルロスの闘気を受けても身じろぎ一つもしない。
「まぁいい。とりあえずレオン行こうぜ? 久々の二人で冒険だ!」
少年のようなキラキラした瞳で言うカルロスに、俺は渋々了承したのだった。




