第30話 プレゼント
逃げるように店を出た後、俺たちの間には少し気まずい空気が流れていた。
あんなに恥ずかしい思いをしたのは久々だ。
幼少期の頃、闇魔法をまだ覚えてなかった俺が、レティナの魔法を見て 「僕も魔法使えるんだ!」 と虚勢を張り、何も行使できなかったあの時と同じ気持ちを感じる。
身を縮こませた俺に対して、レティナは苦笑を浮かべて手をぱちぱちと叩いていたいたのだが……
あぁ……思い出しただけで恥ずか死ぬ。
ただ、俺も大人になった。
あの時は自分だけ恥ずかしい思いをしたのだが、今はシャルも同じ気持ちのはず。
このままではいけないと思った俺は、空気を変える為に口を開く。
「シャル。そういえば、前に約束したアクセサリーをプレゼントしてあげるって話あったでしょ?」
「え、えぇ」
「あれアクセサリーじゃなくて武器とかでもいい?」
「えぇ。もちろんよ」
「よしっ、じゃあ、次は武器屋にでも行こうか」
「うん!」
シャルの返事を聞いた俺は歩幅を合わせながら武器屋を目指す。
すると、俺の左手が誰かの右手によって優しく握られた。
まぁ、誰かなんて決まっているのだが。
「レオン……だめ?」
震える声を抑えながら、俯くシャルの頬は少しだけ赤い。
「……だめじゃないよ」
そんな勇気を出して手を繋いでくれたシャルの事を拒むことはできない。
ここで断れる人がいたらそいつは空気を読めない爆弾野郎か、相手の気持ちが分からない奴だけだろう。
そこから数分、手を繋いで歩いていた俺たちは武器屋に辿り着く。
プレゼントをアクセサリーから武器へと変えた理由は、未だにシャルがジャンビスを殺した短剣を使っているからだ。
正直、見ていていい気持ちはしない。
それはきっとシャルも同じはずなのに……
俺は武器屋の店内へと入り、辺りを見回す。
魔術師用の杖や大剣、シャルが扱える武器ももちろん揃っていて、どれも冒険者なら手が出せる価格帯である。
「一応短剣をプレゼントしようと思うんだけど、どれかいい物ある?」
「えっ……と、少しだけ考えてもいいかしら?」
「……うん、いいよ」
手を繋いでいる左手が少しだけ強く握られるのを感じた。
シャルの腰に携えてあるこの短剣は、おそらく思い入れのある物なのだろう。
でなければ、すぐに手放しているはずだ。
うーん。
このまま新しい短剣を買ってあげたとしても、シャルは喜んでくれるとは思う。
ただ、それは本当にこの短剣に見合う価値があるのか?
短剣を選んでいたシャルは思考に耽る俺は見て、ふと不思議そうに口を開く。
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ……やっぱりここで買うのは止めようか」
「? 私は何処でも構わないけど、他にいい武器屋でもあるの?」
「いや……ちょっと散歩しよう」
シャルの返事を待たずに俺は手を引っ張り武器屋を出る。
王都ラードは昼夜人通りが多い。
馬車を走らせている貴族。道端で世間話をしている女性たち。俺たちのように手を繋いで歩いている恋人たち。
そんな活気が溢れる王都の外へと行く為、武器屋から一番近い西門へと足を進める。
「外に行くの?」
「うん、まぁね。ここは人が多すぎる」
西門を抜けて、坑道から大きく逸れる。
すると、森の手前でうようよと動く粘液体を見つけた俺は、指を差しながら口を開いた。
「シャル。あそこにいる粘液体見える?」
「えぇ、見えるわ。あの粘液体がどうかしたの?」
「突然で悪いんだけど、その短剣で倒してきて。別に変な緊張とかしなくていいから。じゃあ、走るよ」
「うん!」
少しだけ遠い粘液体との距離を、俺たちは数秒で詰める。
そして、シャルは俺の言葉通りにその粘液体を短剣で真っ二つに斬った。
ぐしゃとネバネバした液体を出し、絶命した粘液体を見た俺は辺りを見回し、
「異空間」
闇の空間に手を伸ばす。
「シャル。これ、指導頑張ったご褒美」
「えっ……?」
俺はシャルの手元に一本の短剣を手渡す。
その短剣の刀身は青白く光り、まるでこの世の物とは思えない程、神秘的な空気を漂わせていた。
「これは?」
「それは俺が洞窟に潜った時に手に入れた物だよ。綺麗でずっと愛用してるんだ」
「確かに……凄く綺麗」
シャルはその刀身をうっとりと見つめる。
「多分シャルが使っていた短剣より切れ味は良いと思うから、一回使ってみて?」
「え、使っていいの?」
「もちろん」
「じゃあ、ちょっとだけ魔物探してくる!」
凄く嬉しそうにそう言ったシャルは、そのまま森へと消える。
対する俺はその場でシャルの帰りを待つのだった。
「レオーン! これ凄い! スパスパって簡単に切れるわ」
「でしょ? それシャルにあげるよ」
「え? 本当?」
「うん。俺が四年間も愛用していた武器だから大切に使ってくれると嬉しいな」
「よ、四年間も!? そんな物貰っていいのかしら……?」
「もちろん。シャルも冒険者になって四年目でしょ? 丁度贈り物には最適かなって。あっ、もし俺のお古が嫌なら店で違う武器を買ってもいいんだけど……」
「ううん! これがいい! ……ずっと大切にする」
余程気に入ったのかシャルはその短剣を抱きしめて、幸せそうに微笑む。
こんなに喜んでくれるなら贈った甲斐があるな。
そんな事を思っていると、いつのまにか太陽が沈みそうなことに気づく。
「じゃあ、もういい時間だし、今日は帰ろうか。送っていくよ」
「……うん」
俺たちは一緒に王都の西門を潜る。
シャルの泊まっている宿屋はすぐそこだ。
目的地まで最短距離で歩くと、宿屋に辿り着くのはあっという間であった。
「今日は楽しかったよ。また、機会があれば何処か行こうね」
「……うん」
ふむ。これはどうしたものか……
帰りたくないとシャルの瞳が言っている。
今日のデートもシャルが頑張って指導を乗り越えたご褒美みたいなものだ。
明日になればまたいつもの生活が始まる。
「レオン……」
「どうしたの?」
「あの……ね……?」
「うん」
返事をした後に少しの沈黙が訪れる。
何かを言おうとしているシャルを静かに見守る俺。
この先何を言おうとしているのか。
俺の予感が正しければ……
「私ね……レオンに一週間指導してもらえて、とても楽しくて……心の底から嬉しかった」
まるで別れの言葉のようにポツポツと話すシャルに、俺は頷いて耳を傾ける。
「終わった時は達成感があって……でも……でもね……」
「……」
「……寂しいなって……まだレオンと居たいな……って、そう思ったの」
感情をひたすら吐露しているシャルの瞳が、少しずつ潤んでいく。
「レオン、あのね……私、レオンのことーー「あれ? シャルどうしたの? そんな所で」
突然シャルの背後から掛けられた言葉に、シャルはビクッと反応する。
「……あっ……ご、ごめん。シャル……私……部屋に戻ってる……ね」
声を掛けたセリアは俺と目が合うと、すぐに階段を駆け上っていった。
そして、再び俺たちの間に沈黙が訪れる。
「……ぷっ、あはは。セリアちゃんって……もうタイミング悪いなぁ」
シャルは何かを吹っ切れたように笑った。
「レオン、今日は本当にありがとう。楽しかったわ。さっきの続きは私がもっと強くなったら言うわね」
「……そっか。分かった。シャルならきっともっと強くなれるよ。冒険で命だけは落とさないように気を付けてね」
「うん! あと最後に……えっと……」
まだ何か言いたいことでもあるんだろうか?
「頭を撫でてほしい……な」
俯きながら身体をもじもじとさせているシャルは、とても可愛いらしい。
俺は妹でもできた感覚で、シャルの頭を撫でる。
「じゃあね。シャル。またいつでも拠点へ遊びにおいで」
「うん!」
俺は満足そうな笑みを浮かべるシャルと別れ、一人拠点へと足を進める。
……危なかった。
セリアがタイミングよく来てくれなければ、シャルを……泣かせるところだった。
俺にはやっぱりレティナがいるし、シャルとレティナを比べてしまうとどうしても後者を選んでしまう。
でも……これは傲慢な考えだと思うが、シャルには笑っていてほしい。
それは本心だった。
まぁ、とりあえずはレティナとミリカ、それとシャルにプレゼントも渡せたことだし、明日から一人でゆっくり過ごすか。
ふぁーっと欠伸をしながら身体を伸ばし、全ての件を終わらした俺は足早に拠点へと帰るのだった。




