第299話 守りたいもののために③
「どこから話を聞いていた?」
見定めるようなマスターの視線。
その視線を受けながらも、ラグラは余裕そうな表情で口にする。
「貴方が闇魔法の存在を黙認していたところからですかね」
「……ほう。ならば、話が早い。レオンを君に引き渡す」
黙認していたという言質を取られたが、やはり関係ないのだろう。
主張は一貫しており、表情の揺らぎさえ見せない。
そんな中、俺は頭にこびりついた言葉を思い出していた。
(呼ばれたんですよ。そこの可愛いお嬢さんにね)
ラグラは騎士団の団長だ。
王に忠誠を誓い、この国のためならば、命を燃やせる人間である。
そんな奴を呼んだシャルの意図が分からない。
マスターを脅す前提で計画を立てたとしても、ここにラグラを呼べば全て水の泡となるはず。
脅しが主体ではないのならば、他に何が……?
「なんだ? 何故笑っている?」
にこにことまるでこの事態が些細なことのように、笑みを浮かべているラグラを見て、マスターは怪訝な表情を浮かべた。
「いや、気の毒だなと思いまして。お気に入りである彼を処罰しようとするルーネ殿とそこの彼女さんが」
「……本心から出る言葉ではないな」
「いいえ、本心ですよ。紛れもなくね。闇魔法という禁忌に触れ、力を持った彼はとてつもなく馬鹿だ。周囲を巻き込み、迷惑をかけ、悲しませるなど、本人に直接言ってやりたい。お前は本物の馬鹿だ、頭のねじが飛んで真に守りたい者さえ見失ったのか、と」
真っ当すぎて何も言い返せないな……。
「彼を牢獄に入れるのは簡単だ。正直、極刑にしてやりたいほどです。ただ、一つ問題がありまして」
「問題……?」
「えぇ、禁忌の魔法であっても、血濡れの脅威を払ったのは事実。故に、感謝を述べなければなりません。それがどうしても嫌でですね」
少し間を置いた後、ラグラははっきりと言葉にした。
「なので、彼の身柄を騎士団が引き受けるのは遠慮しておきましょう」
「な、なにを言っている?」
「ルーネ殿が珍しいですね、理解できませんでしたか? 彼をこちらは拘束しないと言っているんです」
ラグラの発言に静寂が漂う。
拘束は……しな……い……?
拘束は……しない。
拘束はしない……っ!?
「はっ!?」
やっと頭の中で理解できた俺は、マスターよりも先に声が出てしまう。
「ん? そういえば、君もここにいたんだね。体調は大丈夫かい?」
昨日、シャルと一緒に帰宅している途中、戻ってきたこいつとばったり会った。
おそらく俺の様子を確認しに来てくれたのだろう。
多くは語らず、俺が正常だと知ると、そのままどこかへ走り去っていったのだが……って、そんなことはどうでもいい。
今、気にするのは、 『拘束しない』 というラグラの発言だ。
「いや、お前正気か!? 闇魔法のこと何も知らないだろ!」
「おいおい、いきなりどうしたんだい? 闇魔法のことなら、それなりに知っているよ。もちろん心優しきデーグの話もね」
「それなら、なんで拘束しないなんて言えるんだよ!」
拘束はしないということは罰を与えない、許すと同義だ。
なので、このまま黙っていたほうが俺には得。
だが、あまりにも衝撃的な発言に口を開かざるを得なかった。
こいつのことはあまりよく知らない。
知っているのは、俺のことを嫌悪していることと、市民を大切に想っていることくらいである。
そんな奴が俺の処遇は何もなしでいいって?
ありえないだろ。
「ふむ、君もルーネ殿と同じ考えで、レオン・レインクローズが闇に呑まれた場合のことを考えているんだね?」
「……そうだよ。だから、そんなくだらない理由で許そうとするのが、理解できない」
「ふっ、確かに真っ当な意見だ」
小さく笑ったラグラは、俺から視線を外し、シャルを見つめた。
「私も彼女から話を聞かなければ、即刻レオン・レインクローズを捕えていたと思うよ」
「話って……」
「レオン、占術師さんの言葉覚えてる? 泣いている少女には関わらないこと。関われば、レオンは命を落とすことになるかもしれないという予言。でも、貴方は助けてしまった。その子たちのこと」
「……どうして知ってるの?」
「昨日、偶然出会ったの、このギルドで。レオンにお礼を言いたいそうよ」
シャルは背を向けたかと思えば、扉の方へ歩き出し、ゆっくりとそれを開いた。
そして、扉の外に向かって小さく頷くと、
「冒険者さん!」
「あの時の人だー!」
二人の少女と一緒に母親らしき人が顔を見せた。
「えっと……」
「貴方が娘たちの命を救ってくれた冒険者さんですね」
少し目を滲ませながら、そう口にした母親は勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございました! 本当に……本当に……ありがとうございました! 娘たちと再び会えたのは、全て貴方のおかげです」
「冒険者さん! ありがとうございました! お父さんも怪我をしちゃったけど、無事でした!」
「もうおでこ痛くない~?」
突然の状況に思わず、困惑してしまう。
そんな俺の元に小さな少女がとことこと近寄ってきた。
「おでこ大丈夫~?」
「あっ、うん、大丈夫だよ」
はっとして、俺はそう返事をする。
あの騎士二人は、少女たちをちゃんと安全な場所に避難させてくれたんだな。
怪我はなさそうで、顔色も良い。
「冒険者さん、何かお礼をさせていただきたいのですが」
「い、いえいえ、お礼なんて必要ありません。こんなことになって大変でしょうし、今はご家族のことを優先してください」
「でも……」
「本当に気になさらないでください。そのお気持ちだけで十分です」
「お母しゃん、気にしちゃダメだよ?」
「うん、そうそう」
心がじわじわと温かくなっていく。
あの状況で全員が生還しているのは奇跡に近い。
母親は分からなかったが、父親は絶望的だと思った。
だが、良い意味でその予想は外れた。
この三人の元気な姿を見て、心の底から思う。
あの時、この少女たちに手を差し伸べて本当に良かったと。
「……分かりました。この御恩は一生忘れません」
「ねぇねぇ~、冒険者しゃん、お外で遊ぼ~?」
「ごめんね、今はまだお話があって」
「じゃあ、お話が終わったら遊べる?」
「えーっと……」
「レイナちゃん、冒険者さんは忙しいの。お姉ちゃんと一緒に遊ぼ!」
「えぇ~?」
「お話し中、すみません。もうそろそろ……」
そんなカレンの声が聞こえた。
もしかして、シャルとカレンが話してた内容はこれだったのか?
そんな事を思い、シャルをふと見ると、彼女は俺の視線に気づいて可愛く微笑む。
「では、ここで失礼します。本当にありがとうございました」
「失礼します!」
「しちゅれいします!」
三人が頭を下げ、退出する。
そうして、再び三人だけになったこの部屋で、一番最初に口を開いたのはマスターだった。
「聞いていないぞ、これも」
「私がカレンちゃんに内緒にするよう言いましたから」
「はぁ……それでなんだ? ラグラ第二騎士団長はあの少女たちのことを知って、許すつもりになったと?」
「そんなまさか。彼女たちとは会話さえしていません」
「では、あれに何の意図が?」
「単純なことですよ、マスター。ただ、みんなに声を聞かせたいと思っただけです。レオンが救った市民の声を。貴方が選んだ選択は正しかったんだよって」
身体が優しく包まれるような、そんなシャルの言葉。
それの影響か、少しだけ涙腺が緩みそうになった。
「レオンがまた闇を振り切れるという明確な根拠はありません。ですが、占術師さんに言われたんです。私が彼を手繰り寄せ、彼が自分自身の闇を払えば、最悪なことにはならないと」
「……それは本当のことか?」
「本当ですよ、ルーネ殿。昨夜、直接話を伺いに行きました。まぁ、今のは省略されている内容ですが、言っていることに間違いはありません」
「ふむ……」
「レオンがどれだけ闇に呑まれようとも、私がいる。私が何度だって手繰り寄せてみせる。次も、その次も、その次の次もずっとレオンを支え続けます」
占術師が教えてくれた。
俺の命はもう長くはないと。
あのままシャルに見つけてもらえず、時間が過ぎていれば、俺は血濡れと同じで国の敵となり、命を落としていたかもしれない。
でも、そんな未来をシャルが救ってくれた。
温かく優しい彼女が俺を手繰り寄せてくれた。
ラグラはその結果を汲み取ってくれたのかもしれない。
「マスター、すみません。一度約束を破った俺が言うのもおこがましいとは思いますが、また約束をしたいです」
「……」
「もう冒険者はやらないと誓います。みんなが願う平穏な生活を送ると誓います。ただ……大切な人のためなら戦います。困っている人を見かければ救います。それは止めようがないと思います」
もう冒険者はやらない。
これからは平穏な生活を送る。
この本心が行き着く先にあるのは……
「シャルとレティナとまだ一緒にいたいです、マスター」
そんな自分勝手な願いだ。
「はぁぁぁ……」
長いため息を吐いたマスターは、少しけだるそうな表情でラグラに視線を向ける。
「本当にいいのか? 君は立場上どんな事があっても、レオンを捕えると思っていたが」
「禁忌に呑まれれば、その時は私が葬ればいい。それに民を守るために使ったその力を、咎めることは誰もしないでしょう。もちろん王さえも」
「……ふっ」
『王さえも』 って、なんか王様もこの件のことを知っているような口ぶりだな。
……いや、余計なことは考えないでおこう。
少し身震いしてしまう。
「レオン」
「は、はい」
あまりにも真っすぐな瞳に、いつもの凛とした表情。
そんなマスターは、俺だけに届けばいいというような声色で口にした。
「もう二度と誰も裏切るな」
その言葉を聞いた瞬間、思わず拳を握ってしまう。
そして、
「はい!!」
力一杯の返事をする。
きっと俺の知らない思惑が各々あっただろう。
ただ、その全てを聞いても申し訳なさしか湧き出てこないと思う。
俺がやるべきことはそれを聞いて、頭を下げることじゃない。
もう誰も裏切らないことだ。
マスターの言葉を胸に刻むと、
「え、えっと……一つ聞いてもいいかい?」
ラグラが少し困惑しながら、言葉を発した。
「ルーネ殿もシャルロッテ殿も……どうして君のことをレオンと呼んでいるんだろうか?」
「えっ? 俺がレオンだからだけど」
「……?」
「いや、? じゃなくて。俺がレオンだからレオンって呼んでくれてるんだろ? なに当たり前のこと言ってんの?」
「……」
こ、こいつまさか……
「……俺はレオンだぞ?」
「……」
「……」
「…………はぁぁぁぁぁぁぁああ!?」
今更気づいたかのような反応を見せるラグラに、俺含め皆が残念そうな顔を向けるのだった。




