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第298話 守りたいもののために②


 「許さないといけない立場……?」


 マスターが怪訝な表情を浮かべる。

 そんなマスターに、シャルは物怖じもせずに言葉にした。


 「闇魔法は禁忌で許されてはならないもの。それが法であり、それが平和に繋がるとそう仰いましたね?」

 「あぁ、そうだ。何も間違っちゃいない」

 「なら、どうして今までレオンを見過ごしていたんですか?」

 「ふむ、確証がなかったからだな。魔法検知リングを付けさせたのもそのためだ」

 「それです。それがマスターがレオンを許さなければいけない理由になります」

 「?」


 どういう意味だ? という表情を浮かべるマスター。

 俺も同じように理解できないでいる。


 「確証はなかったけど、疑いはあった。法が全てだと仰るのならば、レオンを疑っていたマスターも断罪されることになりますよ?」

 「ほう、何故だ?」

 「闇魔法を行使できると嫌疑を掛けられた者は、教会で魔法適性を受けなければならない。その法の一部に、嫌疑を掛けた者は必ず国に報告することが記載されていました」

 「……」

 「魔法検知リングを付けさせ、冒険者までも止めさせた行動。その行動を私が国に報告すれば、マスターも法によって裁かれることになるはずです」


 俺に裁きを与えるというのならば、マスターも同様に裁きを与える。

 つまり、こういうことだろう。

 交渉ではなく脅しでシャルはマスターを説得する気だ。

 馬車であんな表情をしていたのも、穏便に解決する気など最初からなかったと考えれば納得がいく。


 「……ふっ、よく調べたな」


 マスターがクスっと鼻を鳴らした。

 だが、折れたような雰囲気は一切ない。


 「ただ、甘い。仮に君が国に報告したとしよう、それで私が裁かれる可能性はゼロだ」

 「どうしてですか……?」

 「結局のところ騎士団に引き渡した者が私になるからだ。一度目は見過ごしたとしても、結果が変わらなければ罪には問われん。精々厳重注意で収まるだろう」

 「発言が破綻しています。法が全てだと考えているマスターは、現に法を破っています。それに私はこの行為が厳重注意で収まるとは思えません」

 「収まるな」

 「どうしてそう言い切れるのですか?」


 シャルの問いにマスターの雰囲気がふっと重くなった。


 「私に対する信用、そして、これまでの貢献からだ」


 誰にも文句を言わせない。

 そんな威厳のある風格で、マスターは言葉を続ける。


 「王都で唯一の冒険者ギルド、そのギルドを束ねる労力は底知れぬもの。一つ判断を間違えれば誰かが死ぬ、国が揺らぐ。長年この職務に就いているが、確実に言えるだろう。私でなければ、もっと酷い損害を(こうむ)っていたと」

 「……」

 「それほどまでの実績を私は積んできた。だからこそ、そう言い切れるのだよ」


 たしかに司法がマスターを裁くとは思えない。

 この件を隠し、暴かれたとなれば別だが、この人は俺を騎士団に引き渡す。

 その過程を考慮するに違いない。

 もはや一度見過ごしたという事実も、マスターなら有耶無耶にするのではないだろうか。

 そんな事を思った矢先、


 「……レオンは違うんですか?」


 マスターを真っすぐに見据えながら、シャルは言葉にした。


 「信用や貢献、実績を加味するのなら、レオンも許されていいはずですよね? マスターが厳重注意で収まるというのなら、レオンだってそうあるべきです!」

 「それは司法が判断することだ。私ではない」

 「今ならマスターだけの判断で済みます!」

 「司法に委ねる。そう言っているのが分らんか?」

 「ど、どうしてそこまで!」

 「これ以上話し合っても無駄だ。私の意見は変わらない」


 付け入る隙が全くない。

 そんなマスターの態度に、ぐっと何かを堪えるシャル。

 脅しで揺らぐ性格なら、ギルドマスターなんてとっくに変わっているだろう。

 情けもなく、論理も通じない。

 この過程を見れば、誰だってこう思う。


 もう諦めろ、と。

 相手が相手だ、と。


 正直、俺はもう満足だ。

 今のマスターは普段以上の圧がある。

 にも拘わらず、シャルは少しも臆せず、発言してくれた。

 弱い自分にさよならをしたいと言っていたが、さよならなんてもう随分と前に……


 シャルの手をぎゅっと握る。

 俺のためにここまで頑張ってくれた。

 これで悲観なんてしてほしくはない。

 たとえ騎士団に引き渡され、司法に判決を下されても、その判決が意外と軽いものであるかもしれない。

 だから、そんな顔をしないでくれ。


 「シャル、ありがとう」


 心の底から出た言葉に、シャルの身体が少し震えた。


 「……間違ってるよ、こんなの。街を救ったのはレオンなんだよ? たくさんの人が救われたのもレオンのおかげなんだよ?」

 「シャル……」

 「今回の件で冒険者や騎士団の人たち、市民も含めて多くの人が亡くなった。私の知り合いも目の前で……」


 悲痛な表情を浮かべながら、シャルは言葉を続ける。


 「私が血濡れを止めるって、そう断言したのに何もできなかった……本当に何も……マスターも分かっていますよね? レオンがいなければ、もっと甚大な被害が出ていたって」

 「……そうだな」

 「なら、どうして? 彼を罰する法が本当に正しい法だと言うのですか? それが平和に繋がる法だと本当に思っているのですか?」


 シャルの言葉にマスターは顔を歪めた。

 この表情を俺は以前に一度だけ見たことがある。

 ルキースが冒険者を見殺しにした事件。

 あの事件を話している時もマスターは同じような表情をしていた。

 悲しみというよりもやるせないといった表情で……


 「はぁ……」


 一つ大きくため息を吐いたマスターは、椅子に背を預け、天井を見上げながら口にした。


 「シャルロッテ……闇魔法についてどこまで調べた?」

 「一通りは調べました」

 「では、心優しきデーグの話は知っているか?」

 「い、いえ」


 少し困惑しながらも、シャルは首を振る。


 「闇魔法が本格的に取り締まられるようになった発端は、その男が犯した過ちによるものだ」

 「過ち……?」

 「闇魔法の影響で理性を失い、故郷である村の住民を皆殺しにしたあげく、この王都を半壊させた。誰にでも好かれ、誰にでも優しい心の持ち主がな。そうなったのは村を襲ってきた野党を殺したことが原因にあるそうだ」


 村を襲ってきた野党を殺した……か。


 「似ているだろう? 今回の件と。村を救おうとしたデーグ、街を救ったレオン。両者の違いは理性を失ったか、失わなかったか」

 「レ、レオンはその人とは違います! 実際レオンは理性を保って──「それは本当か?」」


 マスターの問いに一瞬、シャルは言葉を失った。

 きっと彼女は思い当たる節があったのだろう。

 当人の俺はもちろん分かる。


 シャルが俺を見つけてくれたあの時、俺は一目でシャルを認識できなかった。

 視界にもやがかかり、こいつは悪魔だろうと、殺そうと、本気で決心したくらいだ。

 おそらく尋常ではないほどに殺気を放っていたとは思う。


 「やはりそうか……」


 シャルの反応見て、マスターは落胆したような様子を見せる。


 「ち、違います! 少しだけ、ほんの少しだけおかしいって思いましたけど、すぐにレオンは元に戻りました!」

 「何度まで元に戻れる?」

 「えっ?」

 「また元に戻れる、次も絶対大丈夫、そんな根拠のない言葉ではなく、明確な根拠を持って答えてほしい。再び同じようなことがあった時、レオンは現実に帰ってこれるのか?」


 こんな質問、答えられるはずがない。

 俺ですら分からないのだから。


 「大切な約束を破ってまで、人の為に人を殺す。これから先も必ずその時は訪れるだろう。それは君が一番理解しているのではないか?」


 これからの人生はおとなしく過ごす。

 たとえ、目の前で人が殺されようと、大切な人が命の危険に晒されてようと、何も干渉しない。

 それを口にしたところでマスターはきっと見抜いてしまうだろう。

 そんなことはできるはずがないと。


 殺さない選択をその時にできるのならば、俺だってそうしたい。

 だが、きっと今の俺には無理だ。

 シャルが相手でさえ、理性を取り戻すのにギリギリだったから。


 「……まぁ、極刑にはならないように私から話を通すつもりだ。闇魔法を行使できないよう、どこかに隔離することが一番の案だと考えている」


 隔離か。

 大方罪人と今後対峙しないような安全な場所で過ごしていくってところだろう。

 それならまだ処罰として、マシな方じゃないか?

 面会というか、シャルやレティナが来てくれれば、会えなくもなさそうだし。


 「ありが──「なんだか面白そうな話をしているね」


 感謝を伝えようと言葉を発した瞬間、不意に声が聞こえた。


 「……ラグラ第二騎士団長、今日は呼んではいないのだが?」

 「呼ばれたんだよ。そこの可愛いお嬢さんにね」


 にこっと笑うその人物は、開いた扉をゆっくりと閉めるのだった。

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