第297話 守りたいもののために
ガタゴトガタゴトと馬車が揺れている。
これから向かう先はもちろん<月の庭>である。
「無茶苦茶だな……」
客車の窓から覗いた風景を見て、ついそんな言葉が出てしまう。
呪物の浸食に呑まれた家々はきれいさっぱり無くなっており、商売できないほど壊れている店も多く目に映る。
まるでこの場所に大きな穴が空いているような光景だ。
まだ現実を受け入れられず茫然と立ち尽くしている者や、泣き崩れている者もいるが、それでも沢山の人が復興作業にいそしんでいた。
「レオンが守ったんだよ、この街を」
隣で座っていたシャルはそう言って、微笑んだ。
俺が血濡れと戦ったのは昨日のこと。
禁忌の秘術を使ったことにより、俺は治療を受けた後、一日中眠っていた。
その間、シャルは俺のために動いてくれたのだろう。
捕まるよりも先に、マスターとの対話が可能になった。
今回は流石に許されるとは思っていない。
俺は約束を破ったのだ。
たとえ、街を救い、多くの市民を助けた功績があろうと、少なからず罰は受ける定めにあるだろう。
それがどれだけ重い罰になるのかが気になるが、今考えても答えは見えない。
ただ一つだけ、安堵していることがあるとするのならば、ベルティーの襲来がなかったことである。
死体は確認されていないが、やはりあの秘術は命を対価にした秘術だったのだろう。
それが奴の命か、はたまた今まで殺してきた者の命かは定かではないが、どちらにしてももう俺と相対することはない。
そう思えるほどに、戦いの相性というものに救われた。
まぁ、生きていたとして、仲間を集め再び世界樹を破壊しようと企てるのならば、その時はまたその計画を潰せばいいだけだ。
俺が自由に動けたらだが……
「本当にこの格好で大丈夫なの?」
「うん、そっちの方が説明しやすいから」
「ふむ」
姿を偽るローブを着て話すのは、少し複雑な気持ちだ。
シャルの前でさえ、ムズムズとする。
「可愛いよ、似合ってる」
「あんまり嬉しくないなぁ」
「ふふっ」
きっとシャルは重い雰囲気を変えようとしてくれているのだろう。
いつもとは違い、俺との会話が終わるとピリッとした緊張感のある表情を浮かべる。
この表情だけで事の重要性が垣間見える。
「着きましたよ」
馬車が動きを止めると、御者は客車の扉を開いてくれた。
まるで断罪を受ける前の罪人の気持ちだ。
普段以上に心臓の鼓動がうるさい。
「レオン、行こう」
そんなシャルの言葉に押されて、馬車を降りる。
立ち止まっていては、何も進まない。
そう思った俺は、歩を進め、<月の庭>に足を踏み入れた。
すると、
「あっ、シャルさん!」
元気な声が耳に届いた。
声の方に視線を向けると、カレンがこちらに向かって走り寄ってきた。
「カレンちゃん、どうだった?」
「大丈夫です、昨日話した通りでいいんですよね?」
「うん、お願い」
意味深な会話の後に、カレンはジトっとした目を俺に向ける。
「えっと……」
「ふんっ」
な、なんだ……?
怒っているような顔を見せて、再びカレンは仕事へと戻っていく。
「あの……シャル? これは……」
「マスターの前では、何も隠さずに素直なレオンのままでいていいからね」
「えっ? あ、あぁ。分かった」
話してくれるわけではないのか。
まぁ、それならそれで別にいいが……
<月の庭>の階段を上がり、ギルドマスター室へと辿り着く。
そして、深呼吸を一度し、迷わず扉をノックした。
「入れ」
心臓がきゅっと締まる。
特別変わったわけではないマスターの返事だが、置かれている状況によってこんなにも変わるとは。
ゆっくりと扉を開き、入室する。
シャルも室内に入ったことで、開いた扉がパタンっと静かに閉まった。
「ほう……やはり君はレオンだったか」
顎の前で手を組み、マスターは俺を見据える。
その眼光は鋭く、今までとは確実に何かが違っていた。
「シャルロッテ・グラウディに一日待ってくれと頼まれたが、まさか本当に逃げもせずに来るとは。それで? 得意の言い訳を述べに来たか?」
「……いえ、言い訳をするつもりはありません」
「んん? では、闇魔法を行使したことを認めると?」
「……はい」
「やけに潔いな」
「俺は……マスターとの約束を破りましたから。罰を受ける覚悟を持ってここに来ました」
マスターから視線を逸らさずに、そう言い切る。
問題はその罰がどれほど重いものになるのか。
基本的には極刑だが……
「嘘ではないが、それが全てではないな」
「えっ?」
「君は側にいる大切な人のことを考えた。逃げる選択を取れば、きっと皆は迷わず付いてくるだろう。ただ、亡命しても、追われる未来は変わらない。ならば、自分一人裁きを受けた方が皆のためになると……そう思ったんじゃないか?」
確信ついた言葉に、思わず視線を逸らしてしまう。
この人はいつもそうだ。
人の真意を簡単に読んでくる。
もう少し愚鈍であってくれと今まで何度思ったか。
「私はな、レオン。本当に君に感謝している。今回の件もそうだ、君がいなければどうなっていたか分からない」
「……」
「ただ、禁忌は禁忌だ。例えそれが人のために使われようとも、許されてよいものではない。それが法であり、それが平和に繋がる」
まぁ、分かってはいた。
分かってはいたが……こうして言葉にされると、心にくるものがある。
「これから騎士団に引き渡す手筈を付ける。いいな?」
「……分かりました」
面会は可能なのだろうか。
もしも可能なら、最後にレティナに会いたい。
「で、ここまでは私が君に告げたかった言葉だ。シャルロッテ・グラウディ、君もここに来たということは、何か言いたいことがあるのではないか?」
そう言って、マスターはシャルに視線を向ける。
「はい、私からは一つだけ……」
俺の手をそっと握るシャル。
自分自身に勇気を持たせるために握ったわけではない。
大丈夫だよ、安心していいよ、と俺の中の不安を優しく包み込み、静かに溶かしてくれるような、そんな温かさを感じるものだった。
「レオンを許してください。マスターは許さないといけない立場にあるはずです」




