第294話 運命の選択
(泣いている少女には関わらないでください。その少女は世界の均衡を守る天使であり、貴方の運命を司る悪魔でもあります。)
占術師の言葉が脳裏によぎる。
ここは戦火の真っ只中だ。
生きている者は皆、北に逃げ伸びているはず。
いくら身を隠していたとしても、今まで誰にも襲われなかったというのは奇妙なことである。
だからこそ、確信して思えた。
この子たちが占術師の指していた少女だと。
「……ぼ、冒険者さんですか?」
震えながらに、問いかけてくる少女。
惑わされてはいけない。
少女から視線を外し、腰を上げる。
「あ、あの!」
さすがに身体が重いな。
余計なことは考えずに、俺は店の出入り口に足を進める。
「う、うえぇぇぇぇぇぇん」
すると、もう一人の少女が耐え切れずに声を上げて泣き出した。
見るからに、あの子は幼い。
質問してきた少女よりもずっとだ。
「お、お父さんを会いませんでしたか!? えっと、優しい顔で、ちゃ、茶色の服を着てたんですけど!」
「……」
「お外の様子を見るからって、出ていったっきり帰って来なくて……」
「あ、あの!」
「……」
「あの……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
この子たちに反応してはいけない。
関わってはいけないんだ。
胸を締め付けるこの罪悪感もすぐに消えてくれるはず。
拳を強く握りながら、なんとか歩を進める。
すると、正面の壊れた扉から、黒い瘴気がゆっくりと店内に流れ込んできた。
ベルティーの魔力が溢れている……?
いや、魔力というよりも呪術か?
常人が触れれば、気が狂ってしまうほどの濃さ。
それが子供ならなおさらであるわけで……
「レイナ、泣いちゃだめだよ……静かにして待っててねってお父さんに……っ言われたでしょ……っ?」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「うっ、ううっ」
徐々に瘴気は店内を侵食していく。
こんな偶然あるわけがない。
吹き飛ばされた先に泣いている少女が二人?
こんなの誰が見ても、俺の命を刈り取ろうとする悪魔だって分かるはずだ。
だから、このまま……
(人を守れる力があるから……冒険者になりたいの)
ふと記憶から引き出されるように、そう言った彼女の言葉を思い出した。
「……出口はここだけなの?」
「えっ……?」
俺の言葉に、堪えながらにも泣いていた少女が顔を上げる。
「君たちを安全な場所まで届ける。別の出口があるなら、すぐに案内してほしいんだけど」
レティナ、シャル……ごめん。
やっぱり俺、見て見ぬ振りなんてできないや。
万全な状態なら未だしも、疲労しているこの状態というのがまた占術師の予言に信憑性が伺える。
ただ、それを考慮しても、助けたいと思った。
助けなくては絶対に後悔してしまうと。
「な、なにこの黒いの……」
涙を拭いて立ち上がった少女は、瘴気を見て言葉を失った。
「早く出ないと呑まれてしまうんだ。この扉でしか出られない?」
「い、いえ! う、裏手に外に通じる扉があります!」
「よしっ、じゃあ、行こう!」
できるだけ優しい笑顔を向けると、座っていた幼い少女も泣き止んだ。
その少女を抱えて、三人で一緒に裏手へと向かう。
「……っ」
「冒険者さん?」
「ん?」
「その怪我は大丈夫なんですか?」
「あぁ、これ? 平気だよ。もう血は止まってるから」
頭の傷はハイポーションによって塞がった。
だが、身体の節々が痛む。
数か所骨が逝っているのは間違いないだろう。
ただ、そんな事を正直に話しても、不安を煽るだけ。
やると決めた以上、全部俺が解決してみせる。
「痛いの飛んでけ~」
抱えている少女が、服の裾で額の血を拭いてくれる。
これが悪魔なら、もうお手上げだな。
裏手から店を脱出する。
そして、路地裏を走り、開けた道に出た。
とりあえず、北に向かうか。
戦闘の音は聞こえてこない。
ラグラはどうなったのか。
グレイは生きているのか。
考え事が交錯しながらも、北に向けて駆けて行くと、
「おい、嬢ちゃんじゃねぇか!」
見たことのある二人組とかち合った。
ラグラと一緒に街の巡回をした大男と眼鏡男だ。
「ボロボロですね。その子たちは?」
「ちょうど良かった。この子たちを安全な場所まで送ってくれ」
「……それはできかねます。私たちはラグラ団長の加勢に入らなければならないので」
「いや、あの場にいない時点で、ラグラに実力不足って思われたんじゃないの?」
「勘違いされては困りますね。我々は一度撤退したのですよ。陛下に急ぎの知らせを届けるために」
「急ぎ……?」
俺の質問に、眼鏡をくいっと上げて男は言葉にする。
「宝具の使用です。グレイの皮膚は厚く、硬かった。ラグラ団長でも仕留めきれないほど」
「このままじゃ埒が明かねぇからな。一発で終わる魔道具があるなら、今こそ使い時ってもんだろ」
「ふ~ん、それまでの時間、ラグラの加勢に入ろうとしたと。普通に道を間違ってるが」
「ふっ、馬鹿にしないでください。後ろから強襲しようとこの道を選んだのですから」
なるほどね。
まぁ、たしかに正面から合流するよりはそっちの方がいいかもな。
「とりあえず、分かった。じゃあ、この子たちを頼むぞ」
「……話を聞いていましたか?」
「よいしょっと、二人とも。お兄さんたちがみんなの元へ案内してくれるってさ」
「は、はい! お願いします!」
「お父さんはいる?」
「多分いると思うよ」
今はこれしか言えない。
例え、生存が絶望的だとしても。
「勝手に話を進めないで──「あれ……なんだ?」
視界にある物が目に入った。
それは物凄い勢いでこちらに向かってくる。
「来たか」
大男がそれを見て、にやっと口角を上げた。
北から流れ込んできたのは、大小様々な木の根だった。
国全体に張り巡らせているだろうその根は、大地を伝い、家屋の壁を伝い、街そのものを呑みこむように広がっていく。
圧倒的な存在感であるそれは、俺たちの前を通りすぎ、進み続けた。
見慣れた街の風景は一瞬で様変わりし、まるで古代の遺跡にでも迷い込んだかのような錯覚を覚える。
「終わりですかね」
再び眼鏡をくいっと上げる男。
あれがこの国の宝具か。
大地に張った根から大きな蕾が複数形成される。
その蕾はまるで挨拶するかように、ベルティーたちが居た場所を囲んでいた。
そして、ゆっくりと一つずつ花開く。
幻想的であるのに、あの対象が自分ならと考えると、少し背筋が凍ってしまう。
アーラ王国の砲撃極炎もそうだったが、宝具というのはやはり脅威だ。
騎士であるこの二人が勝ち誇った顔をするのも、納得できるものだと感じる。
「ラグラ団長を向かいに行きましょう」
「もう撤退してんじゃねぇか?」
「それも十分に有り得ますね」
「おいおい、もう終わったって判断するのは早いんじゃないか?」
「あれを見て、まだそんな事を言えるのですか?」
花が白く光り出す。
それは何かを発出する合図に思えた。
身体が一瞬で消し飛ぶ光線か、はたまた俺の頭では理解ができないような魔法か。
どちらにしても、尋常ではない魔力が集まっている。
たしかにあれを真っ向から受ければ、ちり一つ残ることはないだろう。
ベルティーの蘇生すらも叶わないかもしれない。
だが、予感がした。
これでは決定打にならないと。
「っ!? い、一体何が起きている!?」
その予感はすぐに現実となった。
遠目に見える美しい花が徐々に黒く染まっていく。
そして、見る影もなく漆黒に染まったかと思えば、集まった魔力が霧散した。
「あれが終わったっていうことなの?」
俺の言葉に反応すらできず、茫然と立ち尽くす二人。
グレイを倒す希望だったと考えるのならば、この様子になっても仕方のない話だ。
「じゃあ、この子たちを頼むぞ」
「お、おい、嬢ちゃん。どこに向かおうってんだ……?」
「ん? もちろんあいつらの所だけど」
「ば、馬鹿言え! 宝具さえも侵食する呪術の使い手だぞ! まともに相手できるわけがないだろ!」
「おそらくあの仕業はグレイではありませんね。ベルティーの方が格段に厄介な相手だったと……陛下に知らせねば」
いや、普通にグレイの方が厄介だったが……
そんな口を挟む気力はなく、
「じゃあ、さよなら」
ただ一言だけ残して、枯れ散った宝具の場所へと向かったのだった。




