第293話 共同戦線②
黒い何か。
その正体はグレイの拳であった。
「ラリエル!!」
咄嗟に俺の名を呼ぶラグラ。
先程の動きとは別格の速さに、段違いの威力。
こんなもの剣で受け止められるはずがない。
そう察した俺は全神経を回避するためだけに注いだ。
「くっ!」
身体を大きくねじって、危機一髪に躱す。
奴の拳がもう少し大きければ、俺の身体は吹き飛んでいたに違いない。
一度体制を整えなければ。
そう頭では考えていたものの、間を置かずの足蹴りを躱す余裕がなかった。
威力を殺せ、助走がないならできるはずだ。
剣で受け止めて、威力を相殺しようとする。
だが、奴の攻撃は想像以上に重たいものだった。
ミシミシと脇腹が悲鳴をあげる。
まるで巨大な鉄の塊にぶつかったような鈍重な力だ。
その力によって、俺は後方へと吹き飛ばされた。
宙に浮きあがった身体が地面に衝突する。
そして、地を転がり続けて、ようやく砂ぼこりと共に止まった。
「がはっ、がはっ……」
脇腹を抑え、止まっていた息を吐き出す。
そして、冷静に息を整える。
今もなお鈍い傷みが続いているが、骨まではいかれていない。
ダメージ軽減のために、剣に闘気を込めたことが救いとなったようだ。
前方を見据えながら、立ち上がる。
グレイの追撃がないのは、ラグラが奴と攻防していたからだった。
見るからに劣勢ではあるが、これは……
「ラグラ! 一旦退け!」
その声が耳に届いたのか、ラグラはグレイの攻撃を躱して、俺の近くまで後退する。
「大丈夫かい? って、大丈夫なはずがないか。君は一度撤退しろ。ここは私が食い止める」
「どう考えても無理だろ、まだ俺も動ける。そんなことより、その剣は一体何なんだ? あいつの身体を簡単に斬れるようだけど」
「これは僕の戦技だよ、秘術のようなものだね。ただ、これでは致命傷までは与えられずにいる。致命傷を与えられないのに、ベルティーが放った魔法で更に身体強化をされるとは……どうしたものかな」
おそらくあの魔法は呪術師しか扱えない魔法なのだろう。
考えてみれば、屍人の動きもやけに過敏だった。
以前、ギルドで暴れたあの馬鹿も、まともに生きていた時よりもずっと強くなったと聞いた。
全てベルティーの魔法だと考えれば、納得がいくものだ。
グレイの秘術にベルティーの補助魔法。
厄介極まりない。
だが、先程の戦闘を見て俺は勝機が見えた。
「お前が奴の身体を斬った時、二撃目を加える前に再生されてたよな?」
「あぁ、反撃を躱し、一太刀浴びせる頃にはもう再生しているね」
ふむ、やっぱりか。
「じゃあ、同じ箇所に攻撃を加えよう」
「同じ箇所……?」
「あぁ、ラグラが斬った後に、俺が一撃を加える。もちろん再生するまでの一瞬でだ。それなら、きっと身体の芯まで届くと思う」
「たしかに内部は比較的に柔らかいとは思うが……死ぬ一歩手前だったというのに、恐怖はないのかい? 次に助かる保証なんてないんだぞ」
「俺は死なないから、予言通りならね」
まだ、泣いている少女に手を差し伸べてない。
だから、俺は死なない。
たまには占いとやらを信じてみるのも悪くはないだろう。
「ふむ、加減をしたつもりはなかったが、まだ剣を握れる余力があるのか」
闇魔法を制限されている俺は、こいつには勝てない。
おそらく制限を解放すれば倒せるだろうが、そんな事をしなくても大丈夫だ。
なにせ……
「頼むぞ、ラグラ」
俺の言葉を聞いたラグラは驚いた表情を見せた後、ふっと笑った。
「期待に応えよう」
そう口にして、ラグラは走り出す。
俺も追随して、地を蹴った。
グレイの攻撃は鋭く速い。
それに加えて、硬い体表に受けたこともない重い一撃を放ってくる。
正直、実力はリヤと拮抗しているだろう。
ただ、攻撃がまともに通らない障壁や、心臓を貫いても死なない身体というわけではない。
まだ戦いやすい相手ではある。
「冥府の血」
グレイを援護するように、ベルティーが魔法を唱えた。
その瞬間、赤黒い液体が頭上から振ってきた。
俺はその魔法を消し去るように剣を振るう。
剣圧が気流を生み、風と共に液体が空へと消える。
そのわずかな時間で、ラグラはグレイの元へと辿り着いていた。
俺が消さなかったら、どうしてたんだよ。
そんな事を思うも、意識を切り替えて、好機を狙う。
グレイとの攻防は一瞬の隙が命取りとなる。
少しも臆することなど許されない。
きっとそれはラグラ自身分かっているのだろう。
ピリピリと肌に感じる程の集中力に洗練された動き。
そんな完璧とまで言える動きに、グレイは翻弄されていた。
そして、
「ぬっ!?」
ラグラの一閃がグレイの身体を絶つ。
ここしかない。
斬った瞬間、身体を除けるラグラ。
そんなラグラの後ろから、俺はグレイの心臓に剣を突き立てた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお」
鼓膜が破れるかと思う程の咆哮。
それでも、俺は全身の力を込めて、剣を押し込んでいく。
これならいける。
やはりと言うべきか、奴の体表はラグラの攻撃によって柔らかくなっていた。
ただ、柔らかくなったとはいえ、常人とはかけ離れた硬さだ。
まだ心臓に届きそうにない。
「ぐううううううう」
そんな俺をグレイは両手で止めようとしてきた。
こんな好機はもう訪れないかもしれない。
例え、この身体が壊されても……
「させないよ」
「ぐっ!?」
掴みかけていた奴の両腕が上がる。
ラグラが斬撃を放ったのだろう。
「うぉぉぉおおおおおおお!!」
一瞬だけ剣の進みが早くなった。
その隙を見逃す俺ではない。
これでもかという程に力を込めて、奴の肉体を貫いていく。
そうして、そのままグレイの心臓に……
届いた。
「死神の導き」
「っ!?」
届いた瞬間、何者かによって肩を掴まれ、グレイと身体が離される。
ベルティーの魔法か。
横目で確認し、そう理解する。
だが、もう遅い。
俺はたしかに奴の心臓を貫いた。
だから、
「なっ!?」
グレイの拳が飛んでくる。
まさか心臓を貫いてもベルティーのように……
全身に痛みが走った。
力を込めすぎたせいか手は痺れ、剣で受け止めることもままならなかった。
吹き飛ぶ。
そして、何かに衝突する。
その衝撃で勢いを失った身体は、ガシャガシャといううるさい音と共に静止した。
「うっ……」
視界がぼやけている。
額を伝う生暖かいものが目に入り、思わず数回瞬きをした。
……生きているのか?
ぼやける視界の中、辺りを見渡す。
ここはおそらく酒場だ。
何度か来たことがあるので、見覚えがある。
壊れている扉を見るに、あれがクッション代わりになったのだろう。
それに俺の周りにも木材が散乱している。
もしも石壁に激突していたら……
そう想像するだけでも背筋が凍る。
「やっぱり……占いは信じられるかもな」
そんな独り言をぽつりと呟く。
そして、魔法鞄の中からハイポーションを取り出し、一気に飲み干した。
まだ戦いは終わっていない。
苦悶の表情をグレイは浮かべていた。
最後の力を振り絞った攻撃かもしれないし、あれでは倒せない身体ということも考えられる。
想像した後者ならば、絶望だ。
もう死んでいたとしても、ベルティーが生き残っている。
この身体でも、あいつだけなら倒せるとは思うが……
考えても仕方がないので、腰を上げようとした。
すると、
「うっうっ」
隣から籠るような泣き声が聞こえた。
その声に釣られて、ふと視線を向ける。
「……嘘だろ?」
思わず、心の声が漏れてしまう。
そうなるのも仕方のない話だった。
何故なら、そこにいたのは涙を堪えている二人の少女だったからだ。




