第291話 血濡れのベルティー③
これで十六体目の死体ができた。
一体当たりに要する時間は、一、二分程度。
速攻で勝負を決めようと思えば、すぐにでも処理できるほどの力の差があった。
苦痛を与えて、恐怖を植え付ける。
それができていた当初はこの戦いも面白くはあった。
だが、今はもうだいぶ飽きが来ている。
俺の意図を察したのか、奴は負けると判断するや否や、自らの魔法で命を絶つようになったのだ。
ただでさえ戦いにもならない戦いだというのに、苦痛も与えられないじゃ面白味の欠片もない。
蘇る場所を遠くに指定しないことから予想するに、奴の棺は死んだ場所の近くでしか出現できないのだろう。
「もうそろそろ王都外行きかなぁ」
ドールの数も十六体まで増えた。
この空虚な戦いを救う最後の希望だと考えていたのだが、依然として動きはない。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
これ以上は我慢の限界だ。
奴に本当の死を与えるため、実行しよう。
蘇りができないと悟った時……一体こいつはどんな顔を浮かべるんだろうか?
苦悶に満ちた表情、絶望した表情、泣きわめいてくれるのも悪くない。
どれにしても、たまらないな。
「大丈夫か!!」
「……?」
ガシャガシャという金属音と共に、背後から男の野太い声が耳に届いた。
「君はギルドの冒険者だな? 血濡れはどうなった?」
「……」
「おい、聞いているのか?」
はぁ、これから楽しい楽しい時間がやって来るっていう時に……本当に邪魔だな。
おそらく応援に駆け付けた第二騎士団の連中だろう。
一人だけなら未だしも、団体でのご到着である。
「……死にたくなければ消えてくれ」
「ん? その動いている棺はなんだ?」
俺の声が聞こえていなかったのか、騎士は不思議そうな顔で棺を見ている。
もういいや。
俺は忠告をした。
ここで死んでも、こいつらの自己責任でしかない。
わざわざ弱者が応援に来たことが、そもそもの間違いなんだ。
それが責務? それが使命?
はっ、市民のために命を懸けるなんて……馬鹿ばっかりだなぁ。
棺の動きが止まる。
そうして、もう見飽きた彼女が姿を現した。
「なっ!? き、貴様は!?」
「……クソチビ、調子に乗って観戦者でも呼んだのか?」
「ふっ、そうだよ。お前が無様に死んでいく様子を見せようと思って」
額に血管を浮き出させて、ベルティーは顔を引きつかせている。
ここまで手も足も出なかったのだ。
余裕そうな表情が今もできていたら、それは単純に尊敬をしてしまう。
プライドはなかったんだ、と。
「は~ん、そっかそっか。そうだよねそうだよね。お前が調子乗っちゃうのも、全部ベルティーちゃんの責任だ」
「ベルティー……? き、貴様まさか!?」
「狂った人間も等しく送らなきゃいけない、それがベルティーちゃんの本懐なんだよ。ねぇ、優しいでしょ?」
先程とは雰囲気が違う。
何かが来る、そう思わせるほどの濃縮された魔力が立ち込める。
棺もベルティーが姿を現せば消えていたのに、今回はずっと残ったままだ。
その様子に思わず、笑みが浮かんだ。
なんか楽しそうな予感がする。
「全員構えろ!!!」
リーダー的な騎士が大声を張り上げた。
すると、騎士たちは剣を抜き、臨戦態勢を取る。
刹那の静寂な時間。
その時間を打ち破ったのは騎士たちの方だった。
「うおぉぉぉぉお!!」
じっと俺を見つめて動かないベルティーの元へ、騎士たちが襲い掛かる。
洗練されたよい動きだ。
だが、このまま断ち切れるような速さではない。
そこで思った。
この行く末を傍観していようと。
こいつの呪術が本物なのか確かめるために。
以前として笑みを抑えられない俺を見て、ベルティーもまた笑った。
「きゃはっ、みんな一緒に永遠へ」
途端にカタカタカタカタッとドールが動き出す。
その様子に騎士たちの足が止まる。
黒い瘴気を纏わせながら、宙に浮かんだドールは一斉に静止した。
「秘術 呪命の還元」
今までの冒険者人生の中で、救えなかった命はたくさんあった。
ただ、そのほとんどはカレンのお姉さんの時のようなケースだ。
目に映る弱き者はできるかぎり、救ってきたつもりである。
「あぁ、最高じゃないか……」
視界に映る鮮烈な光景。
その光景は俺の渇きを潤すのに十分なものだった。
「お前……人間じゃないの……?」
ベルティーの声が震えている。
この惨状を引き起こしたのは自分だというのに、何故だろう?
宙に浮いたドールは奴の詠唱と共に、バラバラに弾け飛んだ。
ただそれだけなら、ここまで歓喜することはない。
心の奥底に眠る欲を満たしたのは、俺の眼前にいた騎士たちが全員、惨い死に方をしたからだ。
全員が全員ドールと同じような形で。
本当に面白い秘術だ。
ここまで待ってあげた甲斐があった。
笑いをこらえきれずにくすっと声に出してしまう。
すると、首に少しだけ痛みが走った。
「へぇ~」
指先が赤く染まっている。
どうやら俺も少なからず奴の秘術が効いたようだ。
「ねぇ、後何体ドールがいれば、この首切れる?」
「……」
「もうそろそろ終わろうかと思ってたけど、チャンスを上げるよ。先にお前の屍人が無くなるか、俺の首が切れるか、勝負しない?」
……?
なんで返事してくれないんだ?
奴にとってはこれ以上ない提案だと思うが。
「お前、狂ってるね。仲間がこんな事になって、何も感じないわけ?」
「仲間? 誰のこと?」
「お前が呼んだんだろ? お前のせいで死んだんだよ?」
「あ~、それ嘘だよ。頼んでもないのに、加勢に来たそいつらの自業自得。ふっ、それにしても面白いなぁ」
「……何が」
「死は永遠なんだろ? なら、良かったじゃん、死ねて。それなのに、俺が狂ってるとか、まるで死が悪いものかのような言い方だね」
「……」
「もう気づいた方がいいよ。お前は神の使徒なんかじゃない、ただの狂信者だって。それよりさ~、俺の提案を受けるの? 受けないの?」
図星をついちゃったのかな?
黙って睨みつけるだけだなんて、ちょっとかわいく思えてくる。
でも、返事をしてくれないのは不快だ。
一回殺しとくべきか???
そんな事を思った時、
「グレイ!! いつまで手こずってる!!」
突然、奴は空に向けて、大声を張り上げた。
苛立ちを隠しきれていないその表情は、とても滑稽なものだ。
「グレイはラグラと交戦中なんじゃない?」
ここまで長引いているとなれば、助けに来る暇さえないだろう。
そう思い、ふと轟音が響いていた方向に視線を向けた。
「えっ、すごっ」
空からこちらに飛んでくる図体の大きい何か。
その何かは拳を振り上げて、俺の頭上へとやってきた。
これは受け止め切れないな。
そう感じた俺は即座に地面を蹴り、後方へと避難する。
誰も居なくなったその場所に、化け物の拳が振り下ろされた。
地響きが鳴り、家屋が揺れている。
とんでもない衝撃だ。
「ベルティー、私の名を呼ぶとは相当苦戦しているようだな」
濁った声に赤く染まった瞳孔。
人間の体より一回り大きく、肌は焼け焦げた溶岩のように黒い。
まるで書物の中で描かれていた悪魔そのもの。
翼こそないが、本物と遜色は全くない。
「そっちこそ時間かかりすぎでしょ」
「一方的ではない久しぶりの殺し合いだ。楽しんで何が悪い」
「で? 終わったわけ?」
「貴君が呼んだのだろう? まだだ」
「へ~、じゃあ、交代しよ。こいつと私は相性が悪いから」
「ふんっ、仕方がない」
「二人まとめてでもいいよ? ていうか、そっちの方がいいなぁ」
グレイはベルティーよりもできそうだ。
一度斬りかかったことがあったが、あの体表はとても硬い。
攻略するのには一対一の方が楽ではあるが……
二人一緒の方が絶対楽しいよね。
「随分となめられたものだな」
「こっち見て言わないでくれる? そいつ呪術全く効かないんだから、無理無理」
「では、貴君はサポートに回れ。一瞬で終わらせよう」
こちらへ向き直り、グレイは威圧を見せる。
いいね~、そうこなくっちゃ。
うずうずしてきて、思わず首元を掻いてしまう。
ぐちゃぐちゃに……こいつらをぐちゃぐちゃにしてやりたい。
その思いに呼応して、手の動きが早まる。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
溢れ出さんとする黒い感情。
軋んでいく頭。
全てが全てどうでもよかった。
俺の願いが叶うのならば。
グレイが飛び掛かってくる。
地面に罅ができるほどの、力強い初速。
奴の一撃を避ける。
そして、あの速力を利用して斬れば、硬たかったあの体表もどうにかなるかもしれない。
まずはそう考えて、相手の動きを見定める。
その瞬間、
(レンちゃん)
愛おしい声が聞こえた。




