第290話 血濡れのベルティー②
「っ!?」
棺から現れたのは漆黒に染まった大量の鎖だった。
その鎖は物凄い風切り音を鳴らせて、こちらに向かってくる。
この速度、この量なら捌ききれる。
そう思った瞬間、四方八方に鎖が散らばる。そして、側で転がっていた死体に巻き付いた。
冒険者や騎士、ベルティー、その全てを捕まえた鎖は、まるで食すように棺の中へと呑みこんでいく。
一体なんなんだ……?
ガタガタと揺れ動く棺とは違い、ドールに関しては何も変化はない。
よく見て見ると、そのドールの手や足、首などは糸で縫われたような跡がある。
棺よりもよっぽど不気味なものだ。
おそらく奴の秘術だろうが、現時点では明確な効果は分からない。
それにしても……
ふとある事が思考によぎった時、揺れ動いていた棺が静止した。
そして、ゆっくりとその棺が開かれる。
「んん~、ここまで呪術の耐性が付いているだなんて、さすがに予想外かな」
まるで何事もなかったかのように、身体を伸ばし喋るベルティー。
俺は確実に奴を斬った。
だが、その傷跡さえ見えない。
「蘇りの……秘術?」
「蘇りって言い方止めてくれる? 蘇るって死という永遠を拒絶したように聞こえるじゃん」
「じゃあ、なんだよ」
「使命を全うするために命を貰った」
「命……? 誰の?」
俺の疑問に、ベルティーの口角が上がる。
「ベルティーちゃんが永遠に送ってあげた全ての命だよ」
「は?」
「お前はあれをなんだと思う?」
ベルティーは王都を囲っている黒い帳に視線を向ける。
燃えさかる業火のようなあれは、とてもじゃないが市民が抜けれるものではないだろう。
「ここから出られないようにするための魔法だろ」
「半分当たりで半分外れ。出られはするよ、すぐに呪いで死ぬけど。お前くらいじゃないかな、何も感じずに通り抜けられるのは」
ふむ、呪術の耐性が付いているのは俺だけではないと思うが。
「で? 何が言いたいんだ?」
「この街はベルティーちゃんの領域だってこと。おかしいと思わなかった? あの呪壁もこの棺も全部ベルティーちゃんの秘術なら、どうしてベルティーちゃんは魔力枯渇に陥ってないのかって」
思った。
こんなにも大規模な魔法は秘術しかありえない。
どれだけ魔力量が高かろうと、あの黒い帳一つで全ての魔力を持ってかれるはず。
だが、奴は蘇りの秘術も行使できた。
どんな理屈だ?
俺の 【秘術 深淵に帰す】 のような後から何かしらの代償が来るのだろうか。
それでも顔色一つ変わらないのはおかしすぎる。
まだ誰かの魔力を貰って…………
魔力を貰う?
「まさか……殺した人間から魔力を?」
「きゃはっ、大正解~。ちなみに魔力だけじゃないよ」
身体がゾクゾクと震える。
魔力だけではない、その一言ですぐに理解ができた。
「分かっちゃったぁ? そうだよそうだよ、命もベルティーちゃんが貰ってるの!」
「……」
「今まで何人、何十人、何百人、何千人、何万人殺したかなぁ?」
なるほどね……そりゃ、すごいな。
「ねぇ、黙っちゃってどうしたの? 怯えてるの? 怖いの?」
「……」
「きゃはっ、さっきまで威勢がよかったのにこれだもんなぁ。でも、安心して? ベルティーちゃんはとっても優しいから、お前もみんなと同じ恐怖のない世界に送ってあげる」
身体の震えが止まらない。
恐怖……?
いや、違う。
これは……
愉悦だ。
「がっ」
油断しきっていたベルティーの腹を剣で貫いた。
「あぁ……最高だ」
「な……にが……」
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
「どれだけ殺しても、死なない人間をずっと心待ちにしてたんだ」
人間の命は一つしかない。
だが、こいつは今まで殺してきた者の命で蘇ることができる。
普通の人ならば、絶望しているこの状況でも、俺にとっては途轍もなく至福に思えるものだった。
数十人の死体を呑みこんで、こいつは現れた。
そこから予想するに、おそらく蘇りに消費する命は一つだけではない。
有限ではあることが残念で仕方ないが、飽きるほどには楽しませてくれるはずだ。
飽きたら飽きたで王都外に連れ出し、殺せばいい。
この黒い帳がこいつの領域ならば、きっと棺も反応しないだろう。
笑みが止まらない。
そんな俺を見て、
「それ……いつまで続くかなぁ……」
一言呟いたベルティーは、俺に凭れ掛かるようにして絶命した。
すると、すぐに正面に棺が現れる。
中が開いて、同じようにベルティーを回収すると、ガタガタと揺れ出した。
と、そこで気が付いたことがあった。
ドールが二体に増えている。
死んだ回数に応じて、増えるのだろうか?
まぁ、いい。
どうせこれからあのドールの効果も分かるはずだ。
棺の揺れが収まると少しして、ベルティーが姿を現す。
「呪刃」
会話すら不要というように、奴の周りに瘴気を纏った刃が現れた。
呪いに耐性がある俺でも殺せるような魔法だ。
だが、それは当たればの話である。
魔法を発動してすぐに、刃が襲い掛かってきた。
それを咄嗟に弾く。
刃自体に意志が宿っているのか、弾いた刃は消えずに不規則な動きをして、攻撃に転じてくる。
ヒリつきもしないつまらない魔法だ。
さっさと四体目に行くか。
そう思い、間合いを詰めようとした時、
「屍縛の手」
地面から現れた複数の手によって、行動が止められた。
「へぇ~」
近寄せずに遠距離を保つ。
いかにも魔術師らしい戦い方。
きっとどの魔法も呪術を使った精神攻撃が含まれているのだろうが、これが相性というものか。
全く何も感じない。
刃を躱し、掴んでいた足を断ち切る。
そうして、力一杯地面を踏みぬいた。
「ちっ、骸壁」
ベルティーの前に次々と骨が積み上げられていく。
炎の壁や氷の壁と同じような、人と人とを分断するだけの魔法だろう。
そう感じた俺は、迷いなくその骸に一閃を与えた。
迫りくる刃よりも速く崩れ落ちる骸を抜けて、ベルティーの元に辿り着く。
「はい、これで三体目」
「っ」
お腹に穴を開けてあげる。
ごぼっと口から血が出て、とても苦しそうだ。
「あぁ、そうか。痛みはあるんだね」
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
新しい発見。
これは相当面白いことになるぞ。
次からはどれだけ血が出れば死ぬか観察しよう。
目の輝きを失なったベルティーは、再び棺に回収される。
この空虚な時間に、ふと遠くの方で轟音が響いた。
ふむ、まだあっちは戦っているのか。
きっとグレイが暴れているのだろう。
それと対峙しているのは、ラグラとその仲間かな。
グレイも自分の手で葬りたかったが、あいつらに任せよう。
協力して、二人まとめて倒すなんて寒い状況だけは勘弁だ。
いや、それならラグラたちが敗れた方が得か。
そうすれば、俺一人で二人を殺すことができるのだから。
「ベルティーまだかな~」
ミシミシと頭が軋む音がする。
痛みもないし、ノイズも来ない。些細なことだ。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
いつの間にか脳に響くこの声も、不快に思えなくなっていた。




