第29話 気づいてしまった気持ち
ミリカの大泣き騒動から一週間が経ち、俺は自室で悠々自適に過ごしていた。
ちなみにミリカには、新しい短剣を買ってあげた。
レティナと同様に感激した様子でそれを見つめたミリカは、
(ごしゅじん。ミリカ。これ家宝にする。大切に仕舞って置く)
と口にしたので、
(いや、ちゃんと使ってね)
と強く言っておいた。
今はレティナもミリカも依頼で不在だ。
つまり、俺の自堕落な全ての行動をとやかく言う存在はいないと言うことだ。
時刻は午後二時過ぎ。
俺が武器の手入れをしていると、突然チャイムが鳴った。
ん? 誰だ?
この拠点のチャイムが鳴るなんてシャルが来た以来だ。
家を間違えた可能性があるし、とりあえず様子を見よう。
そう思い、武器の手入れを再び開始した瞬間、もう一度拠点のチャイムが鳴った。
もう誰だよ。せっかく俺だけの時間を楽しんでいたのに。
俺は渋々重い腰を上げて玄関へと向かった。
「はーい? どちら様?」
ガチャリと開いた扉の前に見知った者が現れる。
「あっ、レオン。こんにちは」
玄関の前には小さく手を振るシャルが立っていた。
「んーと、こんにちは。急にどうしたの?」
「えっとね……」
「まぁ、ここじゃなんだし、とりあえず上がる?」
俺は何も考えずにシャルを拠点の中に招こうとした。
しかし、シャルの反応は俺の予想とは違い、何故かぴくっと反応を示すだけ。
ん? どうしたんだろう。
シャルは何かを判断しているように俺を見つめる。
「シャル……?」
「レオン……その……あの……」
しどろもどろになっているシャルを見て、俺は首を傾げる。
「えっと、何か気になる事でもある?」
「……今はレオン一人なの?」
「そうだけど……」
「そ、そっか……」
それから再び会話が止まる。
??
本当にどうしたのだろう?
そんなことを思っていると、シャルは少し顔を赤らめて言葉を発する。
「……レオンはその……したいの?」
「へ? な、何を?」
「……あの時の続き……」
あの時の続き?
いや、どの時だ?
シャルが何を言ってるのかいまいちピンと来ない俺は、顎に手を当てて思考する。
あの時……多分指導の事ではないみたいだし……それ以外シャルと会ったのはギルドマスター室と、俺の自室で……自室で…………
そこで思考が完全に止まる。
俺は相当な馬鹿人間だったようだ。
「シャ、シャル! 違うよ? 前みたいに怖い思いをさせる為に言ったんじゃなくて……その……本当に前はごめん。色々な事があって有耶無耶になってたけど……そっか。俺シャルに酷いことしちゃったよね」
黒い感情に支配されて、シャルをベッドへと押し倒したあの日を思い出し、俺は頭を下げる。
あの時は理性では止めようとしても、身体が言うことを聞かなかった。
ただ、そんなことはシャルからしてみたら関係ない。
あの時のシャルは震えていて、俺に恐怖していた事実は変わらないのだから。
「ううん、それはもう大丈夫だから、気にしないで? レオンも別人みたいだったし、きっと疲れてたのかなって。ただ、今日はそういう目的で来たんじゃなくて……」
シャルは本当に優しい。
女神がもし存在するならば、シャルのことを言うのかもしれない。
でも、そういう目的って?
「ありがとう、シャル。ちなみにそういう目的ってどういう目的?」
「……馬鹿。分かってるくせに」
うん、俺は馬鹿だ。
全然分からん。
「その……レオンが強引ってのも……悪い気持ちはしないわ……でも……」
「うん」
「まだ正直、心の準備ができてなくて……」
「……なるほど」
俺はシャルの言葉に相槌を打ちながら、考えていた。
とりあえずここで立ち話なんてしていたら、誰かに見られる可能性があるし、中で話を聞きたいのが本音だ。
……うん、まぁ、ダイニングで話を聞けばいいか。
そう割り切った俺は優しく微笑む。
「よし、とりあえず中で話そう」
「えっ!?」
「えっ……?」
驚愕の声を上げたシャルの頬が更に染まっていく。
「レオン……そこまでして……襲いたいの?」
「へ?」
シャルの言葉につい間抜けな声が出る俺。
「あ、あの、シャル? 何か勘違いしてない? 襲うって……誰が?」
「レ、レオンが……」
「誰を……?」
「私を……」
いや、なんでそうなる?
そう声に出そうとした口を思わず止める。
考えろ。何故こんな状況になったかを。
前に俺が犯した過ちをシャルは許してくれた。
もちろん今の俺は襲うなんてことは絶対にしない。
なのに、どうしてまた俺が襲うと思ってるのだろう?
うん。分かんない。
考えを振り払った俺はとりあえず疑問を口に出すことにした。
「え……っと、シャルはさ? どうしてそう思ったの? 一応言っておくけど、俺はもう絶対にシャルに怖い思いをさせないよ」
「えっ? だって、レオンが言ったじゃない。男の家に一人で来るってことは、襲われても仕方がないって。それになんか様子が違ってたけど、レオンは私のこと襲いたいって」
シャルの言葉に呆気を取られる俺は、思考をぐるぐると回す。
……確かに言った。
(ねえシャル。どうしてこうなるって予想できなかったの? こんな夜遅くに男の家に一人で来るなんて……襲われても仕方ないよね?)
(そ、それは……レオンだから……大丈夫だって信じて……レ、レオン痛いわ? 離して?)
い、いやいや、あくまであれは夜遅くであって昼間なら勝手が違うというか……何というか。
でも……
(襲いたいの……?)
(あぁ、そうだよ。だから、君は今日酷い思いをする。シャルみたいな優しい子はいつだって喰いものにされるんだ。大切なセリアやロイを失う前に気づけてよかったね)
ふ、ふむ。
あれは完全に俺が悪い。
「レ、レオン……?」
身体中の血の気が引くような感覚に陥る俺を心配そうに見上げるシャル。
お、落ち着け。レオン・レインクローズ。
俺は最年少でSランク冒険者になった男だ。
こんな壁いつだって超えてきただろ。
シャルの誤解を解く為に、あの時の言葉は本心ではないと伝えるんだ。
考えに考えた結果、はっと天命を貰った気がした。
「シャル……あれは俺じゃなかったんだ。俺によく似た双子の弟だ」
「いや、レオンに兄弟がいないことなんて誰でも知ってるわよ?」
うん。そりゃそうだよね?
素直に言って謝るか。
「ごめん、あの時の俺は本当にどうかしてた。シャルは魅力的だし素敵な子だとも思ってるけど、襲いたいなんて今は思ってないから安心してほしいな」
「……そっか」
シャルは俺の言葉を聞き、悲しそうに俯く。
……なんでそんな顔するんだ?
シャルは襲われることが怖かったんじゃないのか?
なのにこんな表情するなんて、これじゃまるで俺に襲ってほしいみたいに見えるじゃないか。
そんなの好きな人じゃないと……嫌なは……ず……
俺は一つ咳払いをして、口を開く。
「話変わるけど、シャルは今日暇なの?」
「え、えぇ」
「そっか。俺も今日は予定が無いから買い物にでも出掛ける?」
「えっ……い、行きたい!」
先程の悲しそうな表情は消え、キラキラした瞳が俺を映す。
「じゃあ、ちょっと準備するから……そうだな。何もしないのを信じてくれるならリビングで寛いでて?」
「……そういうことなら、分かったわ。お邪魔します」
シャルをリビングへと案内した俺は、自室に戻りベッドに倒れる。
「はぁぁぁぁ……シャルが……ね」
今思い返しても、シャルが俺に好意を寄せているのは分かっていた。
ただ、それは尊敬からくるものだと思っていた。
でも、先程のシャルの表情と言葉から察すると、尊敬とは違う好きなのだろう。
まだ、好きだと告げられてはいない今は、このまま見て見ぬ振りをするか……はたまた……
うーん、と一人で唸る。
シャルは優しい子だ。
それに気を遣えるし、可愛いし、自分の意思を持っている。
好きか嫌いかなら好きに決まっている。
ただ……
「どうしたらいいんだろ……」
何もない虚空を見つめて呟く。
(女の子を泣かす男は塵屑だ)
父さんの言葉を思い出す。
きっとシャルはわくわくしながらソファで待っているのだろう。
はぁ、もうこの件は一旦保留だ。
俺の脳の容量を大きく超えている。
それに気持ちを分かっていても、こちらから何か行動を起こすものでもない話だ。
俺はそう思うと身支度を済ませ、リビングで待つシャルの元へ向かう。
「シャルお待たせ。じゃあ行こうか」
「うん!」
子供のような無邪気な笑顔を見せたシャルと一緒に、街へと出掛けるのであった。
「シャルは何か欲しい物ある?」
「ん~レオンからの物だったらなんでも欲しい」
……ふむ。
可愛い答えだ。
「じゃあ……そうだな。まずは美味しいパフェでも食べにいかない?」
「あっ、食べたいわ。少しお腹も減ってたから」
つい最近まで女の子が喜ぶ店など少しも知らなかった俺だが、こういう日の為にとリサーチしておいて良かったと心底思う。
隣を歩くシャルは余程楽しみなのか、拠点を出る前からずっと笑顔を浮かべている。
今日は指導を頑張り、ずっと修練を欠かさなかったシャルへのご褒美だ。
俺はこの笑顔を守る為に最高のデートにしなければならない。
シャルと何気ない会話をしていると目的地まで辿り着く。
俺は被っていたフードを深く被り、店のテーブルに腰掛けた。
「なんでも好きな物選んでいいよ。俺は苺パフェって決まってるから」
「じゃあ、私もそれにするわ」
メニューが決まった俺たちは、店員さんを呼んで苺パフェを二つ頼む。
「そういえば今日は依頼に行かなかったの?」
「ううん。行ったけど、今日の依頼は採集だったからすぐ終わったの。それで予定が空いたついでに、レオンに会えるかなって思って」
ついでに……ね。
採集依頼は基本Bランク以上はしない。
何故なら、報酬は安いしあまり功績に影響しないからだ。
それを俺が知らないと思っているのか、シャルはワクワクしながらパフェを待っている。
「そっか。俺もシャルとの約束をいつにしようか迷っていたんだ。<金の翼>は忙しそうだしね」
「あれ? レオンもマスターからの依頼があるんじゃないの?」
……しまった。
シャルたちにはマスターからの依頼で忙しいって言ってあったんだ。
まぁ、俺ではなくレティナがだけど。
「あぁ。それならもうすぐかな。今は準備の為に英気を養っているんだよ」
「そこまで大変そうな依頼なの?」
シャルが心配そうに見つめる。
俺はそんなシャルを安心させるように頭を撫でる。
「ううん。大丈夫だよ。心配してくれてありがと」
そこで店員さんが苺パフェを持ってきた。
綺麗に盛り付けされた苺パフェを見たシャルは、わぁ~、と感嘆な声を上げ、テーブルの上に置かれたパフェをスプーンで口へと含む。
「んん〜、美味しい。生きてててよかったって思えるわ」
「確かに美味しいけど大袈裟じゃない?」
「ううん? 本当に美味しいわ。これならいくらでも入りそう」
甘い物は別腹という言葉がある。
俺はそれが本当なんじゃないかと思っている。
だって、俺は一時間前にお腹いっぱい昼食を食べたのだ。
シャルには秘密にしていたけど、正直食べれるかと不安になっていたが、そんなことはなかった。
口に運ぶと止まらなくなった俺はシャルより早く食べ切り、美味しそうに食べるシャルを気長に待つ。
「レ、レオン……」
「ん? 何?」
「……あ〜ん」
突然の行動につい驚いてしまう俺。
シャルは自分のパフェに刺さっていた苺スティックを、俺に向けて食べさせようとしていた。
とても恥ずかしいが、シャルも恥ずかしいのか手は少しだけ震えている。
女の子に恥をかかすわけにはいかない。
「あ、あーん」
ぱくっと苺スティックを咥えた俺は、そのまま全部食べ切る。
周りのお客さんが微笑んでいるのが、また恥ずかしさを倍増させた。
「お、美味しかった。ありがとうシャル」
「え、えぇ。私ももう食べ切っちゃうわね」
周りの視線をシャルも気づいたのか、ぱくぱくと急いで完食した。
俺たちはそのままお会計を済ませ、そそくさと足早に店を出たのだった。




