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第289話 血濡れのベルティー


 「へぇ~、本当に待っててくれたんだ?」


 ベルティーの元に戻ると、彼女は退屈そうに死体の上で座っていた。

 放たれている魔力から、移動していないと分かってはいたが……


 「ベルティーちゃんは嘘を吐かないから。相手をしてあげるって言ったでしょ?」

 「君、城の宝物殿を狙ってるんでしょ? そんな悠長にしている暇あるの?」

 「きゃはっ、狙っていることは大正解。でも、急ぐ必要なんて全くないかな~。ここに居るだけで、王都の主力が集まってくるでしょ? それを返り討ちにすれば、ベルティーちゃんたちの勝ち。もう半分くらいは殺したんじゃないかな~」


 ズズズッと地面から屍人が湧き出す。

 その顔ぶれは、あの会議の場にいた冒険者や、第二騎士団の騎士たちで占めていた。

 死に抗うことさえ許されず、己を殺した主に仕える傀儡(くぐつ)に成り果てるなど、きっと彼らは想像さえしていなかっただろう。


 「屑が」

 「きゃはっ、残念だなぁ。あの子もお仲間と一緒に屍人になりたかったはずなのに。みんながバタバタと死んでいく中でも、必死に頑張って……あーあ、可哀想っ」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 俺の中で叫んでいるこいつとは今、願望が一致している。

 完全に理性を失うことは危険だ。

 だが、少しくらいなら分け与えてもいいだろう。


 「あっさりとくたばるなよ?」


 地面に一歩、足を踏みだす。

 一足飛びでベルティーとの距離を詰めようとした刹那の時間。

 その瞬間に湧き出た屍人が一斉に反応を示した。

 この動きだけで、今まで戦ってきた屍人とは訳が違う。


 生前の強さを引き継いでいるのか?


 そんな事を思うも、俺は臆することなく地面を蹴った。


 まずはこいつらを処理するか。


 一人、首を絶つ。

 すると、すぐに冒険者の屍人が俺に向けて剣を振り上げた。

 身体を捻り、その攻撃を躱す。

 やはり動きがいい。

 他の屍人ももう動き出している。


 いいね、最高だ。


 理性のない傀儡(くぐつ)かと思っていたが、どうやら戦闘知識を忘れていないようだ。

 数人捌いた俺目掛けて、騎士の屍人が大盾を構えて突っ込んでくる。

 避けようと軸足に力を入れるが、その隙にシーフのような屍人が素早く俺の急所を狙ってきた。

 その短剣を弾き、切り伏せる。

 そんな僅かな時間の中で、騎士は俺の元に辿り着いていた。


 「ちっ」


 突撃の衝撃を、正面から受け止める。

 大盾は敵の攻撃を守る物で、殺傷能力があるわけではない。

 吹き飛ばせれば別だが、俺を吹き飛ばすほどの力はこいつには持っていなかった。


 「邪魔くさいなぁ」


 ずるずると地を引きずっていた足に力を入れて、滑る勢いを無理やり殺す。

 そして、力づくで身体を離し、覗かせている瞳に剣を突き刺した。


 肉を貫くこの感覚、堪らなく気持ちいいな。


 少しだけ怯んだ騎士の屍人をそのまま縦一線に斬り裂こうとした。


 「っ」


 その時、魔法が放たれた音が聞こえた。

 魔術師の屍人によるものだろう。


 こいつもろとも俺を消すつもりか。

 魂の無い屍人らしい考えだ。


 突き刺した剣を瞬時に抜く。

 魔法を避けようと、身体を動かした時、


 「魂砕き(ソウルクラッシャー)


 聞いたことのない魔法が耳に届いた。

 その瞬間、ゆらゆらとした淡い光が現れる。

 炎属性でも光属性でもない、まるで魂のようなもの。

 その魂は鋭い軌道を描いて襲い掛かってきた。


 嫌な感じはしないが……避けるべきか。


 身体を動かして避け、間に合わないものは斬って消す。

 量はそこまで多くはなかった。

 なので、全てを消し去った後、前方から放たれた魔法も飛んで避けることができた。


 「おぉ、凄い火力だ」


 騎士の屍人は魔法に当たり、消し炭になっている。

 よっぽどこちらの方が危険だと感じるが……


 「はぁ……これも無理か。つまんないなぁ」

 「? なんだったんだ、あれ」

 「うざっ」


 ふむ、避けきられたことで不機嫌になっているのか?

 それとも、別の理由で?

 まぁ、どちらでもいいか。


 屍人に守られるような立ち位置を取っている奴は、まるで姫だ。

 『相手をしてあげる』 と言われた手前、これではあまりにも肩透かしすぎる。

 きっと奥の手を隠しているだろう。

 そうに違いない。


 俺は再び、地面を蹴る。

 屍人はもういい……飽きた。


 先程よりも速力を上げて、対処する。

 その間、奴は何度もよく分からない魔法を行使してきた。

 どれも無意味だと感じるほどの魔法だ。

 わざと当たってみたりしたのだが、一切身体に影響は感じない。


 世界に悪名が轟く血濡れ。

 その構成員がこんなに雑魚なはずがない。


 襲い掛かってくる屍人は大分減ってきた。

 そのおかげか、続いていた戦闘が一瞬止まる。


 ここかな。


 一気に間合いを詰めるため、強く地を蹴って飛ぶ。

 飛んだ瞬間、ベルティーの目がわずかに見開いた。

 ツギハギだらけの顔。

 その顔を斬り裂くようなイメージが浮かぶ。


 「お前の本気見せてみろよ」


 狙いは一点。

 重力を断ち切るように、全力で剣を振り下ろした。


 「はっ……?」


 思わず、呆気に取られてしまう。

 何かしらの反撃が来ると思っていた。

 一瞬ではあったが、奴なら反応できると。

 だが、現実はどうだ?


 ベルティーは顔も身体も裂けて、無様に地に伏している。

 声すらも出せずに、この有様だ。


 「嘘だろ? こんな呆気なく?」


 無論、返事は帰ってこない。

 周囲の屍人も力を失ったのか倒れており、本当にただの独り言になってしまった。


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 俺の中のこいつも納得がいっていないのだろう。

 声が収まる気配はない。


 死んだ。

 死んだ。

 死んだ。


 苦痛を与える暇もなく死んだ。

 死ぬとは思わなかったというような表情が、心底腹立たしい。


 剣を抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返す。

 それでも一切反応することはなかった。

 秘術を見せることもなく、あの世に逝くなんて重罪じゃないか?


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 「探さないと……次を」


 思考が追い付いて来ない。

 が、この感情を向ける対象が必要だと感じた。

 まだ乾いている。俺もこいつも。

 頭の中が軋んでいく感覚に囚われながらも、俺はその渇きを潤すために顔を上げた。


 ……?


 棺だ。

 全く見覚えのない棺が前方に立っている。

 その棺の上には、こちらを見つめている一体のドールが。

 明らかに異様な雰囲気を醸し出しているが、動くことはない。

 その様子にある違和感を持った。


 死んだはずの奴の魔力が消えていない。

 術者が消えれば、魔法も充満している魔力も消えていくというのに。


 そうして、察する。


 「そうだよね……こんなので終わるはずがないよね?」


 まだ戦いが終わっていないことを。


 身体の疼きが止まらない。

 市民たちは未だに怯えながら、事態が収束することを願っているのだろう。

 それを思えば、あれが決着で良かった。

 だが、本心でそう思えないのは何故だろうか。

 この胸の高鳴りが一つの要因なのは、間違いないのだが。


 嬉しさで口角が吊り上がってしまう。

 そんな俺を歓迎するかのように、棺がゆっくりと開いたのだった。

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