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第287話 ロザリーの願い


 一体いつになれば、彼女は目を覚ますのだろうか。


 ここに閉じ込められてから、もう一日以上は経過している。

 その間、彼女はまるで死人のように眠り続けていた。


 自力で抜け出そうと魔法を使わないあらゆる手を試したが、どれも無駄だった。

 ここまで冷静なのは、すでに慌て終わった後だからだ。


 秘術を行使すれば、この世界は壊せる。

 だが、それは最終手段であり、まだその時ではないと自分の中で決めていた。


 シャル、心配してるだろうな……それに血濡れはどうなったんだろうか。

 まだ行動を起こしていないのならば、それでいい。

 起こしていたら……


 「ギギ」


 変な生物の鳴き声が聞こえた。

 こいつの方は眠りから覚めたみたいだ。


 「ねぇ、それで彼女は起きるの?」


 そう問いかけるが、もちろん返事は帰ってこない。

 この生物は起きている間、犬のようにずっと彼女のおでこをなめている。

 今は透き通った白色の体表ではあるが、これが徐々に黒く染まっていくのだ。

 染まりきると眠り、染まりきると眠り、をもう何回見たか。

 あくまで希望的観測だが、汚染された体内を浄化してくれているように思える。

 ていうか、本当にそうじゃないと困る。


 この暇すぎる時間の中で、やった事と言えば、部屋の片づけと少しの仮眠。

 なので、お腹はペコペコだ。

 無論、食料のような物はあったが、それはあくまで食料の”ような”物。

 口に入れるのもためらう見た目だったので、我慢することにした。


 帰ったら、シャルの美味しい料理をお腹いっぱいに食べよう。

 まぁ、その前に怒られるとは思うが、きっと誠心誠意謝れば許してくれるはず。


 余計なことは考えもせず、ただただ時間が過ぎるのを待った。

 そうして、数時間ほど経った頃だろうか。


 「っ!!」


 彼女は静かに瞼を開けた。


 「やっと起きたか。もの凄い時間待ったぞ」

 「君は……」


 まだ目覚めきれていないのか、彼女は虚ろな目で俺に視線を向ける。


 「起きて早々申し訳ないけど、ここから出してほしいんだ。出方がずっと分からなくてね」

 「ベルティーと……グレイに会ったかい……?」

 「会ったよ。殺し損ねたけど」

 「そうか……君もか」

 「君も?」


 条件反射のように、尋ねてしまう。


 「私が決着を付けようとしたんだ……全ての決着を」

 「あぁ……」


 なるほどね。

 だから、誰にも言わなかったのか。


 彼女が本当に善人であるのならば、ベルティーとグレイの二人を見逃すはずがない。

 騎士団やギルドに報告するのが真っ当だろう。

 だが、彼女はその行動を取らずにいた。

 それは何故かと引っ掛かりを感じていた。


 要するに自らの手で終わらしたかったのだろう。

 血濡れという組織を。

 愛した人が企んだ計画を。


 彼女が倒れていた部屋で壊れた魔道具が落ちていた。

 おそらくそれで二人を殺そうとしたのだと思う。


 「よくバレずに済んだね……」

 「? 何のこと?」

 「君がレオン・レインクローズってことだよ。グレイは君に酷い恨みを持ってるから……」

 「俺、恨まれることしてないが」

 「キルスを殺したでしょ」


 ふむ、たしかに。


 彼女含めて、ベルティーとグレイは俺がキルスを葬ったことを知っている。

 理由は、俺がSランク冒険者になった時期とキルスの計画が失敗に終わった時期が、非常に近いからである。

 前後で約一週間ほど。

 そして、もう一つ。

 ラグラたちはレイドの街に、三雪華はクライスナーの街に、豪炎鬼は行方知らず。

 この王都にキルスを止めることができる者は、俺たち<魔の刻>しかいなかったからだ。


 ボーっと見つめる彼女の瞳には、少しだけ悲嘆のようなものを感じた。


 「謝らないよ、俺は俺の──「ありがとう」」

 「えっ?」

 「彼を止めてくれて……」


 ……手記を見るのは後の方がよかったな。

 彼女の想いを知っていると、少し心が痛む。


 「ねぇ、一つだけ頼みを聞いてくれないかい?」

 「……一応聞くだけ聞いてあげる」

 「ベルティーとキルスを……殺してくれ。彼女らはこの世にいてはいけない異物だから」

 「……」


 ここに来る前は迷っていた。

 今回は傍観するか、仮の姿で参戦するか。

 だが、今なら決断できる。


 「あぁ、任せてくれ」


 あの二人を相手にするのは、シャルでは荷が重い。

 ラグラでさえ、厳しい戦いになるだろう。

 それほどまでの強者だと、あの一戦で理解することができた。


 「そう言ってくれると助かる。僕も全てが終わったら……」

 「ちょっと待って。頼み事には対価が必要だろ」

 「なんでもいいけど……何か欲しい物でもあるの?」

 「欲しい物はない。ただこの店を続けてくれ。ただそれだけだ」


 何か不穏な事を言おうとしていたみたいだが、そんなのは誰も望んではない。

 彼女は自分を責め続けていた。自分の人生を後悔していた。

 確かに世界樹の結界を破壊しようとしていたことは、紛れもない事実だ。

 だが、そこには悪意など微塵も無く、キルスとの誓いを胸に動いていただけである。


 もしも自分も血濡れに加担した、と考えているのならば、これからも悩み人を救う活動をしてほしい。

 それが償いになると俺だけではなく、今まで彼女が救った依頼者も思うことだろう。


 「……それで対価になるのなら、お願いしたい」

 「交渉成立だね」


 俺の言葉に彼女は安堵の表情を浮かべる。

 そして、隣で眠っている生物に気が付いた。


 「あぁ……君が助けてくれたのか」

 「なんかよく知らないけど、凄いおでこなめられてたぞ」

 「神聖な生き物だからね、呪いを浄化してくれたんだよ」


 ほう、呪いだったのか。


 「って、そんな呑気に話している場合じゃないや。彼女が待ってるんだ。外に出してくれ」

 「んっ、分かった」


 彼女が頷くのと同時に世界が暗転する。

 まるで時間そのものが止まったかのような感覚。

 自然と瞼を瞑った。


 「頼んだよ」


 力の入った彼女の声が、耳に届く。

 そして、ゆっくりと瞼を開いた。


 「……冗談だろ?」


 言葉が渇いた空気によって掻き消された。

 眼前に映る王都の光景は、記憶にあるそれとはまるで別物だった。


 真っ黒の(とばり)が空から垂れ下がったように、王都全体を包み込んでいる。

 陽の光は遮られ、街並みはまるで巨大な影の中に飲まれているようだ。

 火の手が上がっているのか、街の至るところから、くすんだ煙がもくもくと立ちのぼっている。


 考えないようにしていた。

 いや、考えたくなかっただけなのかもしれない。

 一番最悪な想像を。


 「シャル……シャルっ!!」


 全速力で火の手が上がっている方角へと向かう。

 彼女の無事を信じて。

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