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第286話 消えた彼


 私は朝が苦手だ。

 気だるくて、昔から目覚めて数分はボーっと虚空を見つめている。

 でも、最近はちょっとだけ違う。

 隣で、 『おはよう』 と優しげな声色で声を掛けてくれる大切な人ができたのだ。

 それは依頼で帰れない日を除いて、欠かすことがなかった幸せな時間。


 「……レオン?」


 瞼を擦って、再度隣を確認する。

 彼がいない。

 もう起きてるのかな?


 ゆっくりとベッドから降りたものの、自分のあられもない姿を見て、眠気が一気に吹き飛ぶ。


 あ、危なかったぁ。

 こんな姿でダイニングに顔を出したら、はしたない女の子だって思われちゃう。


 そそくさと着替えを済ませ、部屋の扉を開いた。


 「レオーン?」


 ……いない。

 もうお仕事に行ったのかしら。


 今まで彼が先に起きていたことは何度もあった。

 でも、何も告げずに出ていくのなんて初めてのことだ。

 少しだけ胸がざわつき出す。

 あの占いがずっと頭にこびりついて離れないからだろう。


 きっと急な仕事を思い出しただけ。

 こんな日も長く暮らしていけば、一つや二つある。


 そう割り切った私は、朝食を食べた後、マスターから請け負った街の巡回のために家を出た。





 「ねぇ、二人とも今日レオンのこと見てない?」

 「ん? 見てないぞ」

 「私も。何かあったの?」

 「えっとね……」


 口に出そうとしたけど、朝に彼がいなかっただけで二人に相談するなんて、少し心配性すぎるかもしれない。


 「なんでもないわ。お腹も減ったし、昼食でも取ろっか!」


 街の様子は普段と変わりなく、共鳴石の反応もないとても平和な日常だった。

 血濡れが本当に潜んでいるのかと疑いたくなるくらいに。


 占い外れてくれないかな……


 そんな事を思う。

 そうすれば、彼に待ち受けている運命も信じなくなるのに。


 十七時を過ぎた。

 巡回の終わりだ。

 ロイとセリアちゃんの二人と別れた私は、急ぎ足で家路につく。

 早めに仕事を切り上げていれば、彼の方が先に家で待っている頃だろう。

 期待と少しの不安。

 それらを胸に、家に辿り着いた私は扉を開いた。


 「ただいま~」


 返事はない。

 ということは、まだ彼はお仕事の最中だ。


 もう少し時間が経てば、きっと帰ってくる。

 その間、夕食でも作って待っていよう。


 『ただいま』 という声が聞こえてくることを、こんなにも待ち望んだ日はなかった。





 太陽が沈んだ。

 置時計に目をやると、時刻はもう午後八時を過ぎていた。

 夕食はもう冷めてしまって、湯気どころか香りすら消えかけている。

 それでも、扉が開く気配はなく、足音一つ聞こえない。


 深く考えないようにしていた。

 でも、もう限界だった。


 私は椅子から立ち上がり、そのまま夜の街に駆けだす。

 いつも以上にお仕事が長引いているかもしれない。

 でも、何らかの事件に巻き込まれたとしたら……


 ……拠点。魔の刻の拠点に行けば、何か分かるかな。


 不安が頭の中によぎり、それを振り払うように走り出す。

 アクセサリー屋を通り過ぎ、酒場を通り過ぎ、ポーション屋を通り過ぎ、そうして、やっと彼の拠点へと辿り着いた。

 ただ、明りが灯っていない。

 カルロスさんとマリーさんは新しい迷宮に向かったと聞いた。

 ゼオ君とルナちゃん、それにクロエさんはいるはずだけど……


 チャイムを鳴らす。


 もう一度チャイムを鳴らす。


 物音一つしない様子に、留守だと感じた私は踵を返した。


 次……次はギルド。


 夜風に髪をなびかせながら、目的地へと急ぐ。

 〈月の庭〉は王都の情報が多く集まる場所の一つ。

 彼の目撃証言があってもおかしくはない。


 身体が空気を欲している。

 それでも、足を止めたくはなかった。

 足を止めたら、嫌な想像が頭の中で膨らんで、溢れてしまうと思ったから。






 「シャ、シャルさん!? どうしたんですか!?」


 私の様子を見て、カレンちゃんが駆け寄ってきた。


 「はぁはぁ……レオン……はぁ……どこかで見なかった?」

 「レオンさんですか? いえ、今日は特に」

 「あら、一体どうしたの?」

 「あっ、アリサさん。レオンさんって今日見ました?」

 「えっ? 見てないけども」


 ここもダメ。

 なら、本当にどこに行ったっていうの……?


 「レオン君に何かあったの?」

 「……今朝からいなくて」


 思わず、口から零れる。

 これ以上一人で抱えるのは、あまりにも不安が大きすぎた。


 「今朝からか……レオン君が行きそうな場所の心当たりは?」

 「……」


 行きそうな場所。

 月の庭、拠点、お家、あとどこだろう……お仕事場?


 「あ、あの、レオンが働いている場所って知りませんか?」

 「えっ? レオン君って定職に就いたの?」

 「前に色々な職業体験をしてたのは、噂で耳にしましたけど、そうなんですか?」


 望み薄なのは分かってた。

 だって、レティナさんにも教えようとしなかったから。


 思い返してみても、昨日までの彼は普通だった。

 笑っていたし、特に会話に違和感を覚えるようなことはなかったし……本当にいつも通りで。

 何の前触れもない現状が、不安を掻き立てる。


 レオンから貰ったネックレスをぎゅっと握りしめる。

 嫌な予感が消えてくれない。

 でも、もう探す当てがない。


 そんな時だった。


 「ん? 君は……」


 背後からそんな声が聞こえて、振り返る。


 「ラグラ第二騎士団長……」

 「ははっ、騎士団長というのはやめてほしいな。なんか畏まった感じがするし。それよりどうかしたの?」


 マスターに今日の報告をしに来たのだろうか。

 ラグラさんは俯いている私の顔を覗き込む。


 「えっと……」


 この人に相談してもいいのだろうか。

 すれ違いになっており、彼が家に帰っていることもなくはない。

 そうなれば、大きな迷惑を掛けてしまう。


 「どうやら彼女はレオン君を探しているようです」


 迷っていた私の代わりに、アリサさんがそう答えてくれた。


 「ほう、彼はいつからいなくなったんだ?」

 「今朝からのようですが……」

 「今朝……?」


 そうだよね。

 そんな反応になるよね。


 途端に顔が熱くなっていく。

 恥ずかしい。

 何も知らない人からすれば、私の行動は滑稽に思えるのかもしれない。いや、思えるのだろう。

 この嫌な予感が勘違いだったらと想像すると、なおさらこの場を抜け出したくなる。


 「……もしかしたら、迷宮に向かったのかもね」


 そんな私にラグラさんは真剣な表情で口にした。


 「迷宮……ですか?」

 「あぁ、大きな声では言えないが、彼の仲間を呼び寄せているだろう? その代わりに彼が迷宮を探索するんじゃないか?」

 「なるほど……」

 「ちなみに、ギルドがそう命令したってことは──「ないです。絶対に」


 カレンちゃんよりも、アリサさんよりも先に私はそう断言した。

 確かに迷宮に向かった可能性はある。

 それならば、私に何も告げなかった理由も理解ができる。

 だって、彼は生粋の冒険者だから。


 「一度家に帰ってみます」

 「そっか、あまり不安を抱え込まない方がいい。血濡れを倒すんだろ? 精神が不安定な者はあいつらに喰われるよ」

 「そうですね、分かりました。ありがとうございます、カレンちゃんもアリサさんも」


 ラグラさんの言葉で気を持ち直すことができた。

 帰宅して彼がいなくても、迷宮に向かったと思うことにしよう。

 それならそれで、好都合だ。

 彼と血濡れが対峙することはなくなるのだから。


 今は血濡れのことだけを考える。今は血濡れのことだけを。


 結局家に戻っても、彼はいなかった。

 きっと私は彼に毒されている。

 だって、今はいない方がいいって考えたのに、 『おかえり』 って言葉を少し期待しちゃっていたから。


 ネックレスを握りしめて、瞼を瞑るとすぐに朝になっていた。

 久しぶりに一人で眠りに落ちたけど、全然一人じゃないって思えた。

 よくよく考えれば、泣いている少女に声を掛けないことを彼は覚えているはずだ。

 だから、大丈夫。


 気持ちは完全に落ち着いた。

 今日も巡回に専念しよう。

 ロイとセリアちゃんと合流。

 そして、昨日に引き続き街の巡回。


 レティナさんたちがこの王都に到着するのは、あとどのくらいだろうか。

 できるだけ、早く来てほしい。

 血濡れのこともそうだけど、レオンの話もしたい。


 ふふっ、二人でお説教かな。


 彼の動揺した顔を思い出すと、つい笑みが浮かんだ。

 それと同時に狂気と呼べるほどの魔力を感じたのだった。

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