表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/300

第25話 最終日


 「レンくん……シャルちゃんが大切って? どういう意味で大切なのかな? ねえ、レンくん? 顔背けないで?」


 レティナの殺気がギルドマスター室に漂う。

 これはもちろん話を聞いていなかった俺が悪い。


 でも……ここまで怒ることないんじゃないかな?


 俺は姿勢を正し、一つ咳払いをした。


 「レティナ。誤解しているよ。大切とは言ったけど、それはジャンビスと比べてって話だ。もちろんあの場にいたらレティナもシャルのことを優先するだろ?」

 「そ、それは……そうだけど」

 「だよね。つまり、俺がジャンビスを逃してしまったのも仕方がないことなんです。マスター」


 レティナからマスターへ話を振り、この場を収める。

 キリッとした表情を取り繕っている俺だが、内心はどきどきだ。



 マスターは俺の言葉にふむ、と腕を組み、思案気に眉を顰める。


 「……まぁいいだろう。今回の件はそれで水に流してやる。まだ言いたいことはあるが、君たちも<金の翼>の指導の件が残っている訳だ。これ以上詮索はしない」

 「え……あ、ありがとうございます」


 あれ? やけに素直に受け入れられたな。


 マスターの表情はいつも通りで、何を考えているのかさっぱり分からない。


 何か……少し嫌な予感がする。



 「で、では、<金の翼>の指導があるのでこれで失礼しますね」


 俺はソファから腰を上げ、マスターに軽く頭を下げる。

 どちらにせよこの場は乗り切ったようだ。

 昨日は指導ができなかったが、今日で指導を開始してから一週間が経つ。

 今日の指導を終えたら、俺の堕落した生活が再び帰ってくる。

 シャルがまだ剣を握れるかが少し不安だが、まぁ大丈夫だろう。


 俺は何か嫌な予感を感じつつも今日で指導が終わることに安堵し、ギルドマスター室を出ようとした。


 「レオン。もう一つあった」


 ドアノブを回し半開きの扉の前で、マスターに呼び止められる。


 「なん……ですか?」


 ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。


 「指導を終えたらもう一つ依頼を頼むかもしれない」



 こ、これか!

 これが本命だったからあの堅物なマスターがすぐに納得したのか!

 お、落ち着け。レオン・レインクローズ。この件とジャンビスの件は全くの別物だ。

 冷静に、端的に断りを入れなければ。


 俺は何とか平静を装う。


 「嫌です。指導はしっかりとやっているので、次の依頼は一か月後なら考えましょう。では、失礼します」


 キッパリと言い切った俺は、ギルドマスター室から逃げるように去る。


 冗談じゃない。指導を終えた後にまた依頼だって?

 俺の他にも優秀な冒険者なんて、このギルドには沢山居るはずだ。

 俺が断っても何ら支障はないだろう。


 「レンくん、断って大丈夫だったの?」


 <月の庭>から出た後の拠点へと帰る道で、レティナは心配そうに俺の顔を覗いた。


 「大丈夫でしょ。そんなに大した依頼じゃないと思うよ」

 「そうかなぁ?」


 いや、そうだよ。

 マスターからの依頼だからって、何でもかんでも受け入れるのは俺の理に反する。


 今日の指導を終えたら何をしようかな。


 最近働き詰めだった俺は、明日から普段の生活に戻れることに胸を膨らませながら拠点へと帰ったのだった。






 いつもの時間にミリカとレティナの三人で、<金の翼>と修練場にて落ち合う。


 「みんなお待たせ」


 手をひらひらさせてみんなに挨拶をした俺は、そのまま今日の指導内容を伝える。


 「今日は一昨日と同じ模擬戦形式で指導を行うよ。今日で指導は終わるけど、君たちは俺の予想以上に成長した。このまま修練を積めば、本当にSランクに到達するかもね」

 「ほ、本当?」


 シャルは褒められて嬉しいのか、目を輝かせながら一歩前に出た。


 「本当だよ。ただ道のりはまだ遠いから焦らないようにね」

 「うん! 私たちもっと修練を積んで、レオンが驚くほど強くなってやるわ」


 もう驚いてはいるんだけどね。

 シャルのやる気につられて、セリアとロイもやる気に満ちた顔をする。


 俺の一つ下とはいえ、若さを感じるなぁ。


 三人はジャンビスの件を引きずっていないようだった。

 その姿を見て俺は少し安心する。


 正直なところ多少なりとも不安はあった。

 長年一緒だったパーティーメンバーが、罪を犯したのだ。

 その件で気分が滅入ったり、怒りに我を忘れたりするかもしれないという俺の予想が当たらなくて本当に良かった。


 「あれ? そういえば今日が最終日なんですか?」


 不思議そうに首を傾げるセリア。 

 シャルとロイも何かに気がついたのか、俺を疑いの目で見つめた。


 「そ、そうだよ? 昨日は色々あったけど、マスターに言われたのは"一週間"指導をしてくれ、という依頼だ。つまり今日が最終日だよ」

 「師匠? 一週間とは言ってましたが、昨日は指導を受けられなかったので、もう一日では?」


 いつも考え無しで行動するロイにしては、嫌な所を突いてくる。


 「ま、まぁ、指導を受けたい気持ちは分かる。でも、申し訳ないけど、俺たちは忙しいんだ。マスターからの依頼もそうだが、Sランクの依頼もこなさなくちゃならない。だから、君たちがなんと言おうと今日が最終日だ」


 俺は堂々と言い切り、後ろに居るミリカとレティナに合図を送る。

 はっと俺の合図が伝わったのか、ミリカが前に躍り出た。


 「そう。ごしゅじんは忙しい。部屋で寝る。それはごしゅじんの務め」


 胸を張りながらえっへん、と聞こえるような表情をするミリカ。


 ふ、ふむ。

 とりあえずこういう時はミリカに黙っておくよう言い聞かすか。


 ミリカの言葉に<金の翼>のメンバーは、懐疑的な目を強める。

 そこで後ろから、ぱんぱんと手を打つ音が聞こえた。


 「さて、ミリカちゃんの冗談は置いといて、レンくんは本当に忙しいの。さっきマスターに言われた依頼もあるから」

 「え……?」

 「マスターからの依頼ですか……?」

 「うん。マスターから直々にレンくんは依頼を受けてるの。表ではあまり姿を現さなくなったレンくんだけど、裏ではちゃんとやってるんだから」


 おぉ〜、というみんなの感心する声が上がる。


 えっ……いや……表でも裏でもやってないし、マスターからの依頼も受けようとは思わないけど、これってこの場を収める為だけの発言だよね? そうだよね?


 後ろを振り返ると、レティナはぱちっとウィンクしてミリカと同様に胸を張っている。

 表情では何も分からない俺はひとまず空気を変える為に、一つ咳払いをする。


 「んんっ、ま、まぁとりあえず、今の話は置いておいて、模擬戦始めようか。一応君たちは形には成っているけど、Aランクについていけるほどじゃないから。これから先は獅子蛇(キマイラ)以上の魔物と戦う場面もあるはずだ。引き締めて励むように」


 それらしいことを言った俺に対して、<金の翼>のメンバーは真剣な表情で一度だけ頷いた。




 各々が配置に付く。

 指導最終日の模擬戦相手は、俺が務めることとなった。

 ミリカもやりたそうな顔をしていたので、午後からはミリカと交代だ。


 「始め〜」


 レティナが告げた開始の合図と共に、<金の翼>が動く。


 「俊強化(クイック)守強化(ディフェンサー)攻強化(オフェンサー)


 いつも通りにセリアはロイに補助魔法を掛ける。


 ロイは模擬戦相手が俺だからだろうか、二人を守る位置を取り、いつでも攻撃できるように脇を締めて剣をぎゅっと握っていた。


 「風の刃(エアーカッター)!」


 ロイの後方から放たれた魔法を剣で弾く。

 ちなみに手に持っている剣は、異空間(ゲート)をセリアとロイの目の前で行使するのを避ける為、事前に準備しておいた物だ。

 魔法を弾いた俺はそのまま一直線にロイとの距離を詰める。


 「束縛(バインド)!」


 予想していた通り、セリアは俺の動きを封じる為に束縛(バインド)を行使した。

 が、そんな魔法俺に通用するはずがない。


 「えっ!?」


 驚愕の声を上げるセリア。

 セリアの行使した束縛(バインド)は、俺の身体に触れた途端に弾けた。

 束縛(バインド)など闘気を自在に操れれば、拘束を自ら解くことが可能だ。

 まぁ、それなりの修練は必要だが。



 束縛(バインド)が効かない事を驚いているのはセリアだけ。

 ロイとシャルは表情を崩さなかった。


 うん。成長しているね。


 「おらっ!!」


 ロイは距離を詰め切った俺に対して、指導当初の大振りではなく俺の動きを止める為だけに小降りで対応する。

 それでも俺の足は止まらない。

 ロイの剣をすれすれで避け、俺はロイの顎に剣の柄で殴る。


 「ぐはっ」


 苦悶の表情を浮かべたロイは、そのまま膝から地面に崩れ落ちた。

 残るはシャルとセリア。


 「炎の巨弾(フレアボール)!」


 至近距離で放たれたその魔法も、風の刃(エアーカッター)と同様に弾く。


俊強化(クイック)守強化(ディフェンサー)攻強化(オフェンサー)治癒(ヒール)


 先程呆気に取られていたセリアは、瞬時に切り替えたのか、シャルに強化魔法、ロイに回復魔法を掛けた。


 セリアも成長している。

 ロイが復帰する前に……シャルを叩く。


 俺がシャルへと剣を振り下ろす瞬間、ある事に気がついた。

 短剣を抜いているシャルの手が……震えているのだ。

 このままでは確実にシャルは受け止められない。

 そう考えた俺は剣の振り下ろしをピタッと止める。


 「……シャル」

 「わ、分かっているわ」


 俺の言いたいことが伝わったのか、シャルは短剣をぎゅっと握る。

 ただ、震えは止まらない。


 ジャンビスを殺したのが俺だと信じさせることは成功したはず。

 だが、ジャンビスの胸をシャルが突き刺した事実は変わらない。

 シャルはまだその感覚が残っているのだろう。


 「うぉぉぉお!」


 シャルの異変に気づいていないロイは既に立ち上がっており、俺の背後から攻撃をしようとする。


 「ロイ。少し待て」

 「ぉぉ……っえ?」


 俺の言葉にロイも止まる。


 「……シャル。怖い?」

 「こ、怖くない!」


 自分に言い聞かせるように声を張り上げるシャルは、明らかに短剣で攻撃することを怖がっていた。


 塵屑(ジャンビス)がシャルの足を今もなお引っ張っている。

 そんなことは絶対に許さない。


 俺は震えているシャルの手をぎゅっと掴み、あの時と同じ言葉を繰り返した。


 「シャル。君は強くなったよ。四年前よりもずっと」


 シャルの瞳を見つめながら、俺は言葉を続ける。


 「俺の強くなったという言葉をシャルは証明してくれないの?」


 ほんの数秒、無言の時間が生まれる。

 シャルの震えは段々と収まり、目には決意の炎が宿った。


 「……うん……うん! 証明するわ! もう一度最初からお願いします!」


 勢いよく頭を下げたシャルの声色から、もう大丈夫という意思が伝わる。

 ロイとセリアもシャルに続いて頭を下げ、模擬戦を再開した。


 シャルの震えは完全に無くなり、無詠唱魔法と短剣を器用に扱う。

 魔力量も高まったお陰か、行使した魔法は以前よりも強まっていた。


 セリアも指導開始前と打って変わって、状況判断は良くなったが、まだ少しだけ戸惑う場面もある。

 ただ、それは馬数を踏めば無くなるだろう。


 ロイの闘気はまだ抑制しは切れていないが、当初から目標としていた属性付与二つを扱えることができ、剣技は状況に応じて変え、全てを力任せに大振りするということは無くなった。

 このまま修練を欠かさず励めば、もっと強くなるだろう。


 七日間で様々な出来事があったが、少しだけ達成感を実感した俺は、<金の翼>の指導を無事終えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ