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第23話 優しい魔法


 セリアが口にした言葉を未だに信じられない俺は再度尋ねる。


 「今……なんて言った?」

 「シャ、シャルは今ジャンビスの看病をしていて……」


 なんで……??

 あれだけ忠告したにも関わらず、シャルは聞かなかったのか……?


 心臓の鼓動は収まることを知らない。

 セリアは何も悪くないのに、黒い感情が俺の理性を奪っていく。


 「ねぇ? なんで早く言わなかったの? ジャンビスとシャルが一緒にいる意味……分かってる?」


 これはもう殺意だ。

 決してセリアに向けたい訳じゃない。

 でも、感情を抑えきれない。


 「ひっ……だ、だってだって……うっうっ」


 セリアは俺の言っていることを理解したのか、身体をガクガクと震わせながら泣き出した。



 もう……間に合わないかもしれない。



 「……シャルはどこ? 宿屋にいるの? 早く答えて」

 「や、宿屋にいると思います! そうだよな? セリア?」


 ロイがセリアに促すように話しかけると、セリアはコクコクと頷く。


 「ミリカついてきて。急ぐから置いてかれないでね。あと、着いたらできるだけ宿屋の人たちを避難させてほしい」

 「把握した」

 「ちょ、ちょっと待て! レオン!」


 マスターの言葉を無視して、開いている窓から飛び出す。


 頼むから間に合え。

 そう願いながら、家から家へと飛び移り、一目散にシャルの宿屋へと向かう。

 俺とミリカに少しずつ距離が生まれているが、今は気にしていられない。

 一分一秒も無駄にしてられない状況に、もっと早く、もっと早く、と自分の足を動かした。



 罪人に善人が喰われるなんてよくある話だ。

 いつだって世の中は不条理。

 でも……頼むから今回だけは間に合ってくれ。






 一秒が永遠とも思える時間に感じた。


 二階建てのシャルが泊っている宿屋を見つけ、カーテンが開いてる全部屋に目を凝らす。


 三室ある内の一室だけ……その部屋だけ……異様とも呼べる雰囲気が漂っていた。



 ジャンビスの背中が見える。

 ただ衣服などは身に着けておらず、ベッドにうつ伏せの状態で誰かにのしかかっているようだった。


 塵屑が。


 それが何なのか分からない純粋無垢な俺ではない。

 ……きっと遅すぎたんだ。


 ジャンビスが見えた部屋の窓を突き破る。

 そしてそのまま、うつ伏せのジャンビスの髪の毛を掴み、部屋の壁に勢いよく投げた。


 ズンという重い音が部屋の壁から伝わり、振動が足へと響く。

 ジャンビスは気を失っているのか、動く様子はなかった。

 俺はそのまま仰向けで寝ているシャルを見据える。


 シャルは……




































 血まみれでベッドに()していた。









 理解が追いつかない。







 どうして……こんなことに……








 腹部は生きてる人間が出したとは思えないほどの大量の血で染まっている。

 俺が来たことにもピクリとも反応を示さず、綺麗な山吹色の瞳は開いたままに(かげ)りを帯びていた。


 シャルに向けて手を伸ばそうとするが、身体が言うことを聞かず、あまりにも非現実な状況に立ち尽くすことしかできない。

 どれだけ怖い思いをしたのだろうか……

 考えるだけで気が狂いそうになる。


 何もかもが……遅かったんだ。







 諦めたその時だった。

 シャルの身体が小刻みに揺れ出す。

 気のせいではない。

 ぷるぷると何かから抵抗するように震えている。


 「シャ、シャル!? 異空間(ゲート)


 俺はその様子を見てすぐにハイポーションを取り出すと、シャルに飲ませる。

 それでもシャルの状態は変わらない。


 おかしい。明らかにおかしい。


 確実な致死量にも関わらず、シャルは生きている。

 これは……もしや。

 俺の予想通りならこれで大丈夫なはずだ。

 俺は異空間(ゲート)から状態異常を治す万能ポーションを取り出し、再びシャルに飲ませた。


 「ぷはっ……げほっげほっ……はぁはぁ……」


 万能ポーションを飲ませたシャルは、息を吹き返したように上半身を起き上がらせ咳込んだ。

 やはりと言うべきか、シャルは状態異常をかけられていたのだった。

 おそらく沈黙と麻痺の二つ。

 テーブルには二人分の飲み物があり、何処かのタイミングで盛られたのだろう。

 余りの下衆さに黒い感情が沸々と湧き上がるが、今は抑制をする。


 「シャル……?」


 シャルは自分の身体を抱きしめ、震えていた。

 その瞳は濁りきって何かに怯えているようだった。


 「……レ、レ……ォン……わ、私……わた……し……」


 濁った瞳から止め処なく涙が零れる。

 最悪な事態は避けられたがこれは……


 「遅くなってごめん……」


 シャルに触れようと手を伸ばすが、冷静さを失ったシャルは全身を震わせて俺を拒絶した。

 歯をガチガチといわせて、ベッドの隅に身を寄せる。


 「……レオ……ン……レオン……わた……っし……」


 明らかに触れる行為を恐れているシャル。

 俺はそんな中でジャンビスに視線を移した。


 ジャンビスの腹部にはシャルの短剣が突き刺さっていた。


 決死の思いだったのだろう。

 自分の身を守る為に殺したのだ。

 シャルは決して悪くない。

 だが、仲間だと思っていたジャンビスに裏切られた挙句、自分の手を汚したのだ。


 一度も本物の悪意に触れて来なかったシャルを壊すのには、十分過ぎる出来事だった。



 「シャル……これは君の所為じゃないよ。ジャンビスは君を襲ったんだ……正当防衛なんだから君は悪くない」


 こんなことを言っても意味はないのだろう。

 でも……それが気休めでも、何かを言わなくては本当に壊れてしまいそうなほど、シャルは危うい状態だった。


 「わ、わたし……ジャ……ンビスが……襲って……きて、なにもかも……っ分かんなくなって……」


 俺は必死に話すシャルに視線を戻し、耳を傾ける。


 「それ……で、必死に短剣で……ち、違うの……ほん……とうに……違うのっ……しん……じて? 殺す……つもりじゃ……」

 「知ってるよ。シャルは優しいから……ごめんね。俺がもっと忠告しとけば……こんな事にはならなかったのに」


 俺は安心させる為に、シャルの頭を撫でようと手を伸ばす。


 「い、いや!!!」


 その伸ばした手をシャルは拒絶するように払い除けた。


 「シャル……」

 「ち、違う……レオンはやさ……しい……人って……分かってる。分かってるのに……怖い……怖いよぉ……っ」


 やはり手遅れだった。

 シャルは俺ですら拒絶し、絶望している。

 このまま引き下がればもう冒険者どころか日常生活さえも送れないかも知れない……


 なら……


 大粒の涙を零しているシャルを見て、歯を食いしばった俺は、意を決して最後の賭けに出た。


 「シャルは何か勘違いしてるよ?」

 「……?」

 「ジャンビスを殺したのは、君じゃない」

 「……えっ?」


 俺の言葉が理解できないのか、シャルは茫然と俺を見つめる。

 その瞳はまだ(かげ)りが帯びていて、一切の光を感じない。

 これは最後の賭けだ。

 言っていることが支離滅裂していてもこれを貫くしかない。


 「もう一度言うね。シャルはジャンビスを殺していないよ」

 「う、嘘よ……だって、私っ……自分の手で……」

 「シャルは沈黙と麻痺に(かか)っていたんだよ? そんなシャルが短剣を突き刺せると思う?」


 俺は安心させる魔法()を口にする。


 「で、でも……でも……」

 「俺はジャンビスに魔法を掛けたんだ。シャルを襲えば、心臓の鼓動を止める魔法をね」

 「そ、そんな魔法……聞いたことないわ」


 シャルは俺の瞳を見据えている。

 もちろんそんな都合のいい魔法など存在しない。

 だが、あの純粋な瞳を取り戻せるかもしれない、最後の切り札(魔法)を俺は持っている。


 「聞いたことない……か。シャルはさ、闇魔法の存在は知ってる?」

 「噂で聞いたくらいなら……」


 俺の言葉に耳を傾けているシャルは、当初より落ち着いていた。


 それでいい。これは魔法だから。


 「俺はね、その闇魔法が使えるんだ。その魔法でジャンビスに呪いをかけた」

 「そ、そんなの嘘! だって……闇魔法は普通の人には扱えないって……それもこの王国では禁忌の魔法だから、行使したら……捕まるわ」


 俯くシャルの頭を優しく撫でながら続ける。

 その手が払い除けられることはもうなかった。


 「そうだね。俺はいつ捕まってもおかしくないんだ。だから、これを知ってるのは一部の限られた人だけ」

 「……嘘よ。レオンは優しいから、そんな事を言ってるだけでしょ?」

 「俺が嘘なんてついたことある?」

 「……」


 ミリカのような無言では無い。

 俺の言葉を否定したいが、自分の手で殺したと思い込んでいるのだろう。


 「俺は嘘をつかないよ」


 シャルの涙は自然と止まっていた。

 そして、無言の時間がこの部屋の時を止める。

 ベッドの上には血だらけの女の子と俺。

 そして壁に(もたれ)れ掛かる死人。

 この状況を知らない人が見れば、目が飛び出るほどに異様な光景だろう。


 時間にして数秒経った時、ふとシャルの口が開かれた。


 「……じゃあ、今使ってみて。私が……私が殺してないって言うなら……使ってみてよ。どうせできないんでしょ……?」


 シャルは自分が殺してない証が欲しいんだろう。

 それはとても傲慢な考えだが……それでも……


 「異空間(ゲート)

 「な、なにその魔法……」


 俺が行使した闇魔法にシャルは口を開けながら、呆気に取られていた。

 異空間(ゲート)は指定した位置に手の平サイズの闇を出現させる下級魔法だ。

 そこの空間は一種の無限で、自分の武器やアイテムを出し入れすることができる。

 大きな武器なども簡単に収納でき、頭の中で出す武器やアイテムをイメージすれば、すぐに取り出せることが可能な便利な魔法である。

 ただ、人間は入らないというのは実証済みだ。


 「これが闇魔法だよ。他にも沢山シャルが見たこともない魔法を使えるんだ。ジャンビスに掛けた魔法とかもね」

 「で、でも……それが本当に闇魔法か私には分からないわ。レオンが魔術師だったなんて少し驚いたけど……人の心臓を止める魔法だなんて……」


 うーむ。

 シャルはまだ納得できないのか、

 俺の胸に額を当て、自分の犯した過ちが罪か罪じゃないかを判断している様だった。


 「ん-と、じゃあ、ちょっと待ってね? ミリカー!」


 名前を呼んで数秒も経たない内にミリカが窓から顔を出す。


 「みんなを避難させてくれた?」

 「した。もう全員この宿屋。いない」


 事前にミリカに指示を与えていて良かった。


 「じゃあ、シャルは俺のこと見ててね。今から面白い世界に連れて行ってあげる」

 「面白い世界……?」


 はぁ……二日連続秘術なんて少しだけ疲れるけど、まぁ、大丈夫か。


 この賭けはきっと成功する。

 俺は心の中で安堵すると、シャルが見ている前で指を鳴らした。






 「秘術 終焉の教会(ジエンドフィールド)







 途端に辺り一面の景色が一瞬で変わる。


 「え? ……えっ!?」


 シャルは俺の魔力に少し震えながら、辺りを見回した。

 先日に<和の魔法>とジャンビスに行使したこの秘術。

 まるで別世界に連れて行かれたような表情を浮かべるシャルは、綺麗なステンドグラスを見つめている。

 その瞳にはもう翳りが無くなっていた。


 「レ、レオン? これは?」

 「これが闇魔法だよ。だから、言ったろ? シャルはジャンビスを殺してなんかいない。俺の魔法で彼は死んだんだ。忠告はしたけど……それを無視した。だから、シャルは責任を負わなくてもいいんだよ」


 シャルの頭を撫でる。

 泣いた所為か秘術に興奮しているのか、シャルは頬を紅潮(こうちょう)させていた。

 そんなシャルに俺は言葉を続ける。


 「……ごめんね、勘違いさせちゃって。俺が闇魔法を使って殺したことをギルドや警備隊に告発してくれても構わないよ」

 「……え?」


 俺は真剣な表情を取り繕う。


 「ジャンビスはシャルを襲った。それは俺にとっては死に値するものだと思ってる。ただ……シャルは違うんだよね?」

 「それは……」

 「別に無理して自分の意見を変える必要はないんだ。大切な人や市民を守る為に、俺は必要だと思っていることをしただけだから」



 これでシャルが告発でもしたら…



 うん。とりあえず<魔の刻>全員で逃げればいいか。

 多分みんななら付いてきてくれるでしょ。

 レティナは絶対一緒に逃げてくれるだろうな。

 ランド王国を出たら何処へ行こうか……


 そんな事を思いながらシャルを見つめる。

 すると、シャルは首を横に振り、声を振り絞りながら答えた。


 「……謝らないで? 告発なんてしないわ。レオンの考え……分かんないけど、やっぱりレオンのことは悪だなんて思えないから。まだ心の整理はついていないけど……ありがとう、レオン。私を助けてくれて」


 やっと安心したのか、シャルは複雑そうな表情をしながらも、柔らかく微笑んだ。


 ……本当は助けに来るのが遅かった。

 シャルがジャンビスを殺してないと錯覚させるのもただの賭けだった。

 でも、この笑顔がもう一度見られたなら手段なんてどうでもいいんだ。


 ぱちんっと指をもう一度鳴らし、世界が崩壊する。


 この後の事を考えると憂鬱でしかないが、今だけは面倒事から逃げてこの崩壊する世界を眺めるとするか。



投稿六日目にして、気づけばpv数1000を超えていました。自分の想像より見てくれる読者様が居てくれることに、ただただ嬉しく思っております。

これからもどうか皆様よろしくお願いします。

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