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第176話 やっと包み隠さずに……


 「……全部終わったのですね」

 「えぇ」


 みんなとの話し合いが終わった私は、部屋の照明も付けずにベッドで横になるネネの近くまで寄る。

 昨夜とは違い、ネネの表情は随分と優れており、どうやら声も少しだけ元に戻っているようだった。

 身体のあちこちが痛む中、私は椅子に腰掛ける。


 「あの魔法は成功しましたか……?」

 「……」

 「……スカーレッド様?」


 成功か失敗か、どちらかと言われれば失敗だ。

 結果的にレオンちゃんの溶けかかっていた魔法は再度修復されたようだが、本来の目的は”彼女”を救い出すことだった。


 無言を貫く私に、ネネは重そうな体を起き上がらせる。


 「……ダメ……だったのですか?」


 一年間……この子を束縛させていた。

 私個人の目的の為だけに、今にでも泣きそうな顔をしているこの子を。


 「……ごめんね、ネネ」

 「……どうして? どうして貴方様がお謝りになるのですか? 一番お辛いのは貴方様なのに……」


 ネネの優しさが心に染みていく。


 時間復元(リタイム)の魔法文書をネネの屋敷から見つけた際、本当はネネが一番過去に戻りたかったはずだった。

 ご両親もご兄弟も失ったすぐの出来事だったから。

 でも、私は孤独を恐れるネネの弱みに付け込んだのだ。


 一緒に居てあげるから私の目的に協力しなさい、と。


 最低の女でしかない。

 そんなこと最初から分かっていた。

 でも、その方法でしか”彼女”を救えないと思ったから、手段を選ばなかった。


 「ごめんなさい、ネネ」


 私は耐え切れずにネネから視線を外す。


 時間復元(リタイム)の対象者には、魔力が必要。

 それを知った時、少し心が軽くなった自分を今でも許せずにいた。


 ネネは魔力が無いから、対象にはできなかった。


 そんなのは結果論だ。

 私が行った行為が許されるわけではない。


 「……白仮面によって、犠牲者が出たことを悔いているのですか?」


 ……違うのよ、ネネ。


 「あれは仕方なかったことです。スカーレッド様のせいではありません。それにスカーレッド様が山賊を纏めたおかげで、去年よりも随分と被害者が減ったと聞きました」


 どうして貴方は……


 「……私のこと恨んでないの?」

 「……えっ?」

 「私はネネに酷い行いをしたのよ? 貴方は気づいてないと思うけど……私は……」

 「もしかして……私の家族のことを仰ってます?」

 「……っ」

 「なるほど……そうですか。やはりスカーレッド様はお優しいですね」


 予想外のネネの言葉に、俯いていた顔をぱっと上げる。


 「恨んでいるわけないじゃないですか。私がどれだけ貴方様に救われたか、分かっていませんね」


 ふっと優しい表情を見せるネネ。

 どうしてそんな表情ができるのか、私は理解できずにいた。


 「暗くて、怖くて、恐ろしくて……次の標的は私だと何もかも諦めかけていた時、貴方様が救ってくれました。これだけでも十分すぎるのに、孤独になりそうな私と一緒に居てくれました。あの魔法文書一つでは、きっと生きてはいけませんでした。だから、ありがとうございます……”マリー”様」

 「……っ」


 涙がとめどなく溢れてくる。

 最近の私はずっと泣いてるような気がする。

 でも、この涙を止める術を私は知らない。

 だって、レオンちゃんに見つけられる前は、ただ生きているだけの無感情な人間だったから。


 「やっと包み隠さずに呼べます。マリー様」

 「……っうん」

 「マリー様、泣かないでください」

 「……っ」

 「街で一緒に買い物したり、お酒を飲み交わしたり、お洒落をして恋を知ったり……これからは教えてくれるんですよね?」

 「……うんっ」

 「なら、それで満足です」


 ネネが私を抱きしめてくれる。

 こんな小さな体で、泣きじゃくる私を。


 「ふふっ、こうしてると何だかマリー様に頼られている気分になりますね」


 ……もうずっと前から頼ってるわよ。


 そんな事は口にしない私は、少しの間ネネに甘えるのであった。






















 「なるほど……では、結果的に良い方向に進んだのですね」

 「えぇ」


 私は涙が止まってから、ネネにこれまでの経緯を事細かに伝えた。


 「なら、ひとまず良かったです。最初部屋に入ってきたマリー様の様子で、何もかもダメだったと勘違いしてしまいました」

 「それは申し訳なかったわ」

 「……一つだけ、マリー様に怒ってることがあります」

 「え? 何かしら?」


 時間復元(リタイム)の件以外に、ネネを怒らせることしたかしら?


 そう疑問に思う私に、ネネはぐいっと顔を近づけた。


 「自分から捕まりに行こうだなんて、何を考えているんですか!」

 「いや、私は罪を犯したから……」

 「マリー様が自分で仰ってたじゃないですか。命を自分の手で摘もうとする人は大っ嫌いって!」

 「……確かにそうだけど、ネネの状況とはまた話が違うわ」

 「一緒です!」


 一緒……なのかしら?


 初めて向けられるネネの怒った様子に、私の身を案じてくれている事が伝わった。


 「……そうね、ごめんなさい。これからは自分の命も大切にしていくわ」

 「分かってくれるなら、いいです」


 まだ少しだけ怒っているネネ。

 そんなネネの頭を私は優しく撫でてあげる。

 こうするとネネは上機嫌になってくれるからだ。


 「……」


 うん、もう普段通りのネネ。


 「後ですね……」

 「一つじゃないじゃない」

 「マリー様は自分を責めすぎです。世の中には割り切った方がいいこともあります」


 私の言葉などお構いなしに、ネネは話を続ける。


 「市民が亡くなったのはマリー様のせいではありません。ましてや、ルーキスに関しては、レオン様のことを想って殺しただけじゃないですか」

 「……」


 私はネネの頭を撫でるのを止め、ぼーっとあの時を思い出す。


 ルキースは全冒険者から嫌われてたと言っても過言じゃないほどに避けられていた。

 もちろん私たち<魔の刻>からもだ。

 発言は全て横暴で、何故こんな奴が第一騎士団の隊長を務めているか理解できないくらいだった。


 あいつを殺した理由は二つある。

 一つ目はレオンちゃんの理性が失いそうになっていたから。

 護衛という役を引き受けたレオンちゃんは、ルキースが率いる第一騎士団と共に行動を共にしなければいけなかった。

 その関係は劣悪で、あのままルキースを生かせば、レオンちゃんは必ずみんなが見てる前で殺していただろう。


 そして、二つ目。

 レオンちゃんがルキースに対して殺意が芽生えた大きな要因である、冒険者を見殺しにした事。

 これは紛れもない真実であった。

 カルロスが偶然第一騎士団の会話を耳にしたことももちろんだが、その時カルロスの隣には私も居たのだ。

 助け出した一人の冒険者は、こう口にしていた。


 「あいつらは横目で私たちを視認していました。でも……でも、まるで何事もなかったように通り過ぎたんです……許せない。絶対にあいつらを牢獄にぶち込んでやる」


 生き残ったその女の子は、仲間を失ったにも関わらず、絶望しないで騎士団たちを断罪すると意気込んでいた。

 だが、数日後……その子は泊っていた宿屋で息を引き取っている状態で見つかった。

 死因は毒による自殺であると片づけられたが、あの顔を見た私は確信をもって言えた。

 ルキースの手によって口封じをされたのだと。


 だから、マリン王国で奴を手に掛けた。

 反応もできない程の一瞬で。


 「……マリー様?」


 物思いに耽っていた私を心配そうに見つめるネネ。


 「ん?」

 「あまり寝られていないようですし、この話は明日にしましょうか」

 「そうしましょ……っ」


 動き出そうとした為か、全身に痛みが走る。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「……えぇ。どうってことないわ」

 「……ふと思ったのですが、マリー様ってレオン様と戦われたのですよね?」

 「えぇ、そうだけど?」

 「お怪我はないんですか?」

 「背骨が逝ってるくらいね」

 「っ!? どうして早く言わなかったのですか!? 早く治療してください!」


 あたふたとするネネに思わずふっと笑みがこぼれてしまう。


 「何笑っているんですか!? 早くしなくては……」

 「分かったから、落ち着きなさい。貴方も辛そうなんだから、そこで大人しく寝てて」

 「……分かりました」


 口を尖らせるネネの前で、私は衣服を脱ぐ。


 まだ完全にこの件は終わりを迎えていない。

 ルキースのことは正直何も感じていないが、他は別だ。

 いくら仕方がなかった、と言われても、何かしら償いをしなければならない。

 それはレオンちゃんが言ったように、多くの人を救うことで償いになるのか……はたまた……


 自身の治療が終わり、ネネと共に眠りにつく。

 この身体ではまともに動けそうもない。

 明日はただベッドで横になるしかなさそうだ。


 ……レオンちゃんに任せるしかない……か。


 最も信頼と尊敬を寄せる彼を思い出しながら、私は瞼を落とした。


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