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第175話 もう思い出してはいけない


 ベッドに誰かが潜り込んだ気配を感じた俺は、ぱっと瞼を開ける。


 「……レティナ?」

 「へ? あれ? レンくん起きたの?」


 レティナは布団の中で返事をすると、もぞもぞと身をよじらせながら顔を出す。


 「うん、まぁね」

 「珍しいね。あんなに気持ちよさそうに寝てたのに」

 「いや、なんか目が覚めちゃったんだよね。もう話し合いは終わったの?」

 「とっくに終わってるよ? だって、もう夜の十二時だもん」

 「え?」


 俺はレティナの言葉に上半身を起き上がらせて、置時計に目をやる。


 ふむ。

 仮眠を取り過ぎたか。


 本当は俺からレティナを呼ぶつもりだったのだが、こうなっては仕方がない。

 再び身体を寝かせた俺に、レティナが口を開く。


 「ご飯食べる?」

 「ううん、今日はいいや」

 「そっか」


 恐ろしいほどの静寂。

 こうも静かだと少しの音でも過敏になってしまうのは、俺だけだろうか。

 そんな事を思っていると、不意にレティナが俺の手を包んだ。


 「……ありがと、レンくん」


 その言葉の意味が伝わり、俺はレティナの顔が見れるように、横向きの体勢になる。


 「もう平気……ではないよね」

 「ううん、平気だよ」

 「無理するなって」


 俺はレティナのほっぺたを軽くつねる。

 やはり表情は少し暗い。


 「ほらっ、まだ辛そうだよ」

 「そうかな……? でも、レンくんの言葉嬉しかったよ。今日はまた悪い夢を見るなって思ってたから」


 ”また”……か。


 「レティナ。俺はさ、もう過去の事を思い出そうとしないよ。だから、レティナも少しずつ忘れていかない?」

 「……」

 「それをきっと彼女も望んでる」


 ”彼女”という言葉に、びくっと身体を震わせるレティナ。

 あまりにも過剰な反応に少し驚いてしまう。


 「……望んでるわけない」

 「え?」

 「望んでなんていないよ。忘れることなんてできないよ……だって、だって私が……っ」


 何がこんなにもレティナを苦しませているのだろうか。

 どうすればレティナに掛けられた呪縛を解き放つことができるのだろうか。


 その答えが出せない俺は、泣き出しそうなレティナをぎゅっと抱き寄せた。


 「ごめんね、レティナ。俺が何も覚えてないから……」

 「違うっ……レンくんは何も悪くない」

 「それでも……レティナが苦しんでるのは見てて辛いよ」

 「……っ」


 ズキズキと胸が痛む。

 きっとレティナも同じだろう。


 こんな事でしか安心させてやれないなんて……本当に不甲斐ないな。


 数分間、無言でお互い抱きしめ合ってると、


 「……その……女の子は……」


 レティナが不意に口を開いた。


 「……私のこと他に何か言ってた?」

 「他に?」

 「うん、私が過去に戻ったのは無駄じゃなかった、てこと以外に」


 ふむ……あるにはあるのだが……




 (シャルは……断るつもりでいるよ)


 (……それ考え直してみたら?)


 (え?)


 (今のレティナならきっと許してくれると思うよ? それにレンちゃんは大切な人がいればいる程、心が安定するから)




 彼女との会話を思い出す。

 いや、今のこの状況でそんな事言えるはずがないだろ!


 「えっと、レティナのことよろしくねって」

 「……それだけ?」

 「ま、まぁ」


 俺の動揺が伝わったのか、レティナは胸に(うず)めていた顔をぱっと上げた。


 「……他に何かあるんだよね?」

 「い、いや……」

 「私に言えないこと?」

 「……」


 こ、この状況は非常にまずい。

 何故ならおそらくレティナが深読みしてしまうからだ。

 でも、この話は……


 「……やっぱりそうだよね。許してくれるわけないよね」

 「ま、待ってレティナ。そういう話じゃないんだ」

 「じゃあ、どういう話なの……?」


 くっ。

 もうこれは素直に言うしかない。

 俺が何も言わないことで、レティナがまた苦しんでしまうよりかはよっぽどマシだ。


 ふぅと一息入れて、俺はレティナを見つめる。


 「……真面目に考えないでほしいけど、彼女がさ……その……」

 「?」

 「シャ、シャルと俺が付き合っても、レティナは受け入れてくれるって……心がその方が安定するからとかなんとか」


 俺は言い訳が得意である。

 マスターの厳しい追及にも今までそれで逃れてきた。

 だが、レティナには通じない。

 今までずっと一緒に居たから、お互いの事を分かりきってるのだ。


 ……こんな事になるなら、もっと言い訳の精度を高めておけばよかった……


 割と真面目に後悔する俺を、じーっと見るレティナ。


 そんなに見つめても本当の事だよ……情けなくなるからもう見ないで。


 思わずレティナの視線から逃げようとした時、


 「え? そんなこと?」


 まるで全く気にしてないように、レティナはそう口にした。


 「ん?」

 「え?」


 ……あれ? 怒らないの?


 予想外すぎる反応に、言葉が出ない。

 そんな俺にレティナは口を開く。


 「え~っと、おね…………その女の子が言ったのはそれだけ?」

 「う、うん、そうだけど……絶対嫌な気持ちになるかと思って……」

 「……」


 俺の言葉にふっと視線を落とすレティナ。


 まぁ、そうだよな。

 やっぱりレティナも嫌だよな。

 まぁずっと決めてたことだし、シャルに告白されてもやっぱり……


 「これは調査が必要だね」

 「……えっ? 調査って?」

 「レンくんをどれだけ大切に思ってるかの調査だよ?」


 ふ、ふむ。

 お互いの事を分かりきってると思っていたが、前言撤回だ。

 レティナの考えてることが全く分かりません!


 「つまり……結果によっては受け入れるってこと?」

 「うん、レンくんに向ける想い次第だけどね」

 「俺が知ってるレティナは……嫉妬で拒絶する子だったと思うんだけど?」


 俺の質問にレティナは微笑みながら言葉を返した。


 「ふふっ、恋人が一人だけって考えは古いよ? もっと視野を広く持たなくちゃ」

 「っ!?」

 「レンくん……?」


 同じだ。

 彼女と言ってることが。


 俺はそっとレティナの髪に触れる。

 彼女も半分は黒に染まっていたが、もう半分はレティナと同じ瑠璃色の髪色だった。




 「……もしかして、俺が忘れていた事ってーー」













 ザザザザザザザザザザザザッ












 「ぐっ」

 「レ、レンくん!?」



 思い出すな。思い出すな。思い出すな。

 ノイズが俺に警告を出している。



 ザザザザザザザザザザザザッ



 「~~っ」

 「レンくんしっかりして!」



 分かった。

 もう分かったから、それが君の望みなんだろ。



 ザザザザザザッ



 いいよ。

 もう思い出さない。

 だから……もう止めてくれ。


 そう心で告げると、痛みがすぅっと引いていくのを感じた。


 「レンくん?」

 「……大丈夫……もう大丈夫だから」


 これまでで一番の激しい頭痛。

 その中で意識を失わずにいれたのは、きっとレティナのおかげとそれが短時間だったからだろう。


 「ほんとに大丈夫?」


 不安そうな表情で、俺の顔を覗き込むレティナ。

 そんなレティナを安心させるために、俺は優しく頭を撫でる。


 「うん、もう本当に大丈夫だよ、不安にさせてごめん」

 「ううん、それはいいけど……」

 「レティナ、さっきのことあんまり気にしなくていいからね。それに彼女……っ……が言ってたのはそれだけだから」

 「……そっか。本当にそれだけなんだ……」


 やっと納得したのか、レティナはほっとしたような表情を浮かべる。

 だが、そんなレティナとは違い、俺にはある違和感が襲い掛かっていた。

 ”彼女”

 そう言葉にするだけで、少し頭痛が起きたのだ。


 これをレティナに悟られるわけにはいかない。


 そう思った俺は話を切り上げるべく、口を開く。


 「じゃあ、明日が本番のようなものだから、今日はもう寝ようか」

 「んっ。分かった……おやすみレンくん」

 「おやすみ」


 頭を撫でられるのが気持ちいいのか、レティナは安心した様子で瞼を閉じる。


 俺もすぐに寝れるけど、レティナがちゃんと眠りについてからにしよう。

 悪い夢を見て、うなされる可能性があるかもしれないし。




 レティナの寝息が聞こえ始めてから少し経ち、大丈夫そうだ、と感じた俺は瞼を閉じる。


 明日は西に向かいスカーレッドを探す振りをして、夕方頃まで時間を潰そう。

 その頃にはフェルとポーラが保護されたという話が広まっているはずだ。

 俺はそんな事何も知らないていで、<月の庭>に寄り、マスターからその話を聞けばいいだけ。

 いつもの言い訳で乗り切るより、よほど簡単なことだ。

 絶対に上手くいくはず。


 その全てが終わればいつも通りの日常が帰ってくる……そう、いつも通りの。





 「おやすみ、レティナ…………ばいばい」


 俺を救ってくれた記憶に無い彼女。



 不思議と頭痛は襲い掛かってこなかった。

 襲い掛かってきたのは、優しい睡魔のみ。

 まるで俺を包み込んでくれるかのようなその優しい睡魔によって、俺は心地よく眠りにつくのであった。

 

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