第173話 帰宅
「ただいま~」
水神様の洞窟から歩いて一時間。
特に何事もなく拠点に帰ることができてホッとする。
「レオンおかえり~」
「おかえりなさ~い」
ダイニングから返事が聞こえたかと思えば、扉から飛び出したルナとゼオがタッタッタっと駆け寄ってくる。
「あれ? みんな一緒だったの?」
「うん、まぁ色々とあってね」
ルナにそう返事をすると、俺の後ろからフェルとポーラが顔を出した。
「お邪魔するのじゃ」
「お邪魔になりま~す」
「え!? フェルさんとポーラさん!? どうしてここに!?」
ゼオが驚くのも無理もない話だ。
今まで行方が分からなかったフェルとポーラが突然俺たちと共に帰って来たのだから。
「う~ん、なんて言ったらよいかの~?」
「とりあえず~心配かけたようで~ごめんなさい~」
「フェルちゃん、ポーラちゃん!」
俺の横を通り過ぎ、二人に抱きつくルナ。
余程心配していたのか、目には少しだけ涙が溜まっている。
そんな様子を見た俺は、ふと横目でマリーを確認する。
マリーは自分がこの状況を招いたことから逃げるように、カルロスの背中に顔を押し付けていた。
せっかくお父さんに会えたのに、フェルとポーラには悪いことをした、と自分で口にしていたマリー。
罪悪感が今になって押し寄せているのだろうか。
顔を上げる素振りすら見えない。
ふむ……ここは俺が……!
そう勢いづけて口を開こうとした時、
「なぁゼオ、ルナ。一旦この二人任せていいか?」
カルロスが俺より先に口を開いたことに少し驚いてしまう。
「え……別に僕はいいですけど」
「ルナもいいよ~?」
「うし、じゃあ二人とも俺の部屋で暇つぶしててくれ。俺らは大事な話があるから」
「分かったのじゃ!」
「わ~、真槍のカルロスさんの部屋だなんて~夢見たいです~」
「まっ、なんもねぇけどな。ゼオ、案内してやってくれ」
「はい。分かりました。お二人ともこっちになります」
ゼオとルナに連れられて、二階へと上がっていくフェルとポーラ。
マリーの様子がおかしいと気づいたから、二人を遠ざけたんだろうか?
そう疑問に思うも、俺は口には出さない。
何故なら、どうせそう聞いてもカルロスは素直に答えてくれないのを知ってるからだ。
「じゃあ、俺たちはダイニングへ行こうか」
「おう」
カルロスの気持ちいい返事を聞いた俺は、ダイニングに向けて歩き出す。
拠点に帰ってきたというのに、レティナとマリーは未だに黙ったままだ。
まぁ、それもそうかと一人納得する。
二人は精神的に疲労してるだろうし、マリーに至っては骨を折る重傷を負っている。
ただそんな中でも、今から話すことを先送りにすることはできない。
……いつ俺の記憶が無くなるか分からないから。
「はい、じゃあみんな座って」
ダイニングの扉を開けた俺は、おんぶしていたレティナを降ろして、みんなが席に着くのを待つ。
カルロス、マリー、レティナが各々自分の席に着席したのを確認すると、俺も自分の席に座り、帰路の途中で纏めていた話を切り出した。
「えっと、まず色々あったと思うけど、冷静になって話を聞いてほしい。いいね?」
こくりと頷くみんなを見て、話を続ける。
「じゃあ、まずマリーが見つけた時間復元の話から。前置きなしに言うけど、あれは過去をやり直す魔法じゃなかったらしい」
「……えっ?」
唐突な俺の言葉に目を丸くするマリー。
そんなマリーを見ながら俺は言葉を続ける。
「過去に戻れる魔法ってだけで、身体は自分の意思では動かせないんだ」
「それは……誰が言ってたの?」
「彼女がそう言ってた」
「……嘘……よね? レティナ?」
マリーがわなわなと震えて、レティナを見つめる。
「……レンくんの言う通りだったよ。なんにもできなかった……」
「そんなっ……じゃあ、レティナは……」
辛い過去をただただ見ただけで、魔力を失っただけ。
そう考えるとあまりにも悲しい結末だ。
だが……
「おい、レオン。そこで止めんじゃねぇよ」
そうカルロスが苛立ち気味に口を開く。
「ごめん、そうだね。マリー、洞窟内で話したこと覚えてる?」
「……えっと、レオンちゃんに掛けられていた魔法を修復できたって話?」
「そう、これは彼女がやってくれたことなんだけど、レティナとマリーのおかげでもあるんだ。マリーが時間復元という魔法を見つけていなかったら、俺はこの先どうなっていたか分からないし、レティナが過去に戻ってくれたから、三年前の記憶を思い出さずに済んだ。だから、ありがとう二人とも」
マリーに責任を感じさせないように、俺は優しく微笑む。
本当は辛かった過去ではなく、幸せだった過去に戻っても結果は同じであっただろう。
だが、そんな事をわざわざ話す必要はない。
重要なのは時間復元で溶けかかっていた彼女の魔法を修復できた、ということだ。
「なぁ、一ついいか?」
鋭い目をこちらに向けて、カルロスが言葉を続ける。
「その”彼女”って奴がレオンに色々と教えたんだろ?」
「あぁ、そうだよ」
「三年前の記憶を思い出したら、レオンがどうなるかって聞いたか?」
「えっと……王都が滅ぶ? とか」
「はっ!?」
えっ……何この反応。
俺はてっきりみんなそれを知ってたから、隠してたんだと思ってたのに……
明らかに動揺しているカルロス。
マリーとレティナも同じみたいだ。
「……みんな知らなかったの?」
「あ、あぁ。廃人になるか、自我を失うか。俺たちが知ってたのはその二つだ。自我を失えば、王都が滅ぶなんて聞いてなかったぞ」
「ふむ……」
「ちなみにその女がレオンに掛かってた魔法を修復できてなかったら……廃人の末路じゃなく、自我を失うことが確定だったつーことだよな?」
「多分そうだと思う」
「はぁ……危ねぇな」
やっと腹を割って会話ができていると感じる。
もしも彼女が何も教えてくれなかったら、ここまで深い話はできなかっただろう。
そんな事を思いながら、俺はマリーとレティナに向けて口を開く。
「まぁ、とりあえず何が言いたいかっていうと、マリーは責任を感じないでほしい。それにレティナだって今は難しいと思うけど、もう三年前の事は忘れよう。俺ももう思い出そうとしないから」
きっぱりと言い切った事に、隣にいるレティナがぴくっと反応する。
ただ二人ともまだ突っかかる事があるのか、表情は優れない。
すると、そんな雰囲気を察したカルロスが少し強めな口調で言葉を発した。
「おい、二人とも。いい加減その顔止めろ。今回はいい方向に進んだんだからいいじゃねぇか。レオンもあの時の記憶はもう思い出さないって言ってるし」
こういう場でカルロスの存在は非常に助かる。
何を考えているのか分からない二人に言葉を投げかけるのは、俺より全てを知っているカルロスの方が適任だからだ。
沈黙がこの部屋に漂う。
二人はまだ前向きに考えられないのだろうか。
そんな疑問を素直に口にしようとした時、
「……私はたくさんの罪を犯したわ」
俯いた状態で黙っていたマリーがぽつりと呟いた。
「商人からホワイトフラワーを強奪して……多くの冒険者を困らせた」
「……うん、そうだね」
「直接的ではないけれど、間接的に村人や商人を殺してしまった」
「……うん」
相槌を打ちながら、マリーの言葉に耳を傾ける。
「フェルとポーラ、それにネネすらも巻き込んで……レティナにも辛い思いさせちゃったわ」
自責の念に駆られているマリーはぽつりとぽつりと言葉に出す。
全ては俺とレティナの為、いやきっとみんなの為だったのだろう。
それを責める気持ちにはなれない。
「……だから、私決めたことがあるの」
「……なにを?」
少しだけ嫌な予感がする。
その嫌な予感は決まって当たるのだ。
外れたことなんて今までなかったように思える。
言葉を溜めたマリーはふっと顔を上げ、不安を隠しきれていない表情で俺を見つめた。
「私、自分が犯した罪を償いに行くわ」
「……スカーレッドとして捕まるってこと?」
「えぇ。その方が綺麗に収まるから」
「いや、全然綺麗じゃないんだけど。どうしてそんな考えになったのか教えてもらっていい?」
確かにマリーが捕まれば、この後のマスターへの言い訳を考えずに済む。
だが、それだけだ。
大貴族クライスナーが慕っていた商人一家が殺された件、マリン王国で大事に育てられたフェルとポーラを誘拐した件、王国第一騎士団長のルキースを殺した件。
これら全てに関わったマリーは、捕まれば極刑にされるに違いない。
そんなの俺は絶対に認めない。
「みんなスカーレッドを探してる。そのスカーレッドが捕まえられなきゃ、この問題はきっと終わらないし、ミリカが捕まってしまう」
「……それで?」
「それでって……だから、私が捕まれば丸く収まるって話で……」
「そっか。じゃあ、マリーが捕まる必要はないね」
「……レオンちゃんのお得意の言い訳なんて通じないわ」
「そうかもね。じゃあ、もし通じなかったらみんなで逃げようか」
「……っ」
唇を噛み、潤んだ瞳で俺を見つめるマリー。
そんなマリーに優しく言葉を繋げる。
「確かにマリーは多くの罪を重ねたと思う。それによって涙した人も憤りを感じた人もたくさんいる」
「……っ」
「でも、結局俺はさ、そんな人たちがいるって分かっても、何よりマリーが大切なんだ」
俺はありのまま思ったことをマリーに伝える。
罪は罪そこに大きいも小さいもない。
それはミリカにずっと教えてきた言葉。
きっとこの言葉は闇の影響からできたものなんだと今は思う。
だって、今目の前にいるマリーを……スカーレッドを罰したいなんて少しも思わないのだから。
「マリー、冒険者を続けてたくさんの人を救おう。今までやってきたようにさ」
「……っでも」
「マリーが捕ろうとするなら、俺は全力で連れ戻しに行くよ。例えカルロスやレティナが反対しても……だって、約束しただろ?」
「……約束?」
「うん。仮にマリーが一人ぼっちになったとしても、また見つけてあげるって」
マリーの閉ざされた心に初めて触れたあの日。
あの日に交わした約束を忘れることはない。
マリーはもう限界だったのか、大きな瞳から涙が零れ落ちる。
そんな様子を見ていたレティナはマリーに近寄り、後ろから包み込むように抱きしめた。
「マリーちゃん、私もレンくんと同じ気持ちだよ。それに私は平気だから。だから、泣かないで?」
「うっ……っ……っ」
「まぁ、なんつーの? 多分俺がお前の立場になっても、同じことしたと思う。だから、あんま気にすんな」
温かいみんなの言葉に顔を覆って涙するマリー。
最近になってマリーの泣く姿を見ることが多くなった。
これも元はと言えば俺のせいだ。
……仮にマリーがスカーレッドだと暴かれても、全力で擁護しよう。
それでも捕まることになれば、リーガル王国にでもみんなで逃亡するか。
そんな事を思いながら、俺はマリーが落ち着くまでただただ見守るのであった。




