第172話 目覚め
レ……オン……さま……
俺を呼ぶ声が聞こえる。
レオン……様……!
この声は……フェル……?
レオン様!
鼓膜まで響いたその声と共に、大きく身体を揺さぶられる感覚がした俺は、ゆっくりと瞳を開けた。
「あっ! 良かったのじゃ。ポーラ、レオン様が気が付いたのじゃ」
「そっか~。こっちは全然反応しないよ~」
フェルとポーラの会話を聞きながら、俺は上半身を起こし、周囲を確認する。
「……えっと、これってどういう状況?」
「うちたち全員気を失っていたのじゃ。うちとポーラもさっき目が覚めたばかりで」
「なるほどね」
だから、ポーラはマリーとカルロスを揺すっているのか。
いや、あれじゃ流石に起きないだろ……
まるで赤子を相手にしてるかのように揺するポーラから視線を外し、立ち上がる。
一面に咲き乱れていたホワイトフラワーは、どうやら時間復元の影響によるものなのか全て萎れていた。
これじゃポーションの材料にもならないだろうな。
まぁこれは後々考えるとして……まずは……
「レオン様……?」
「フェルは二人を起こしてきて。俺はレティナを起こしてくる」
「ま、待つのじゃ。レティナ様は今ーー「大丈夫。もう帰ってきてるから」
「……?」
どうしてそんなこと分かるのか、という表情のフェルを置いて、俺はレティナの元へ向かう。
覚えてる。
今回は鮮明に。
できれば、彼女の最後の言葉だけは忘れていたかったけど……
「レティナ……起きて」
すやすやと寝息を立てているレティナの身体を起こす。
苦しそうな表情や涙を流しているといった様子ではない。
ただただいつも通りに眠っているレティナ。
それでもレティナは耐え難い苦痛に今もなお耐えているのかもしれない。
彼女と話せて良かった。
そう思うのと同時にレティナの身体を揺さぶると、まるで長い夢から覚めるように、ゆっくりとレティナの瞼が開かれた。
「……っ……ううっ」
俺の顔を見た途端にレティナの瞳が一瞬で滲んでいく。
身体も小刻みに震え、今にも涙腺が崩壊しそうだった。
「レティナ、ごめん。助けに行けなくて」
「ごめ……んなさい……っ……ごめんっなさい……私……っ私……」
「何もできなかったんだよね?」
「……ぇっ……?」
「全部聞いたんだ。彼女から……レティナのおかげで俺に掛かっていた魔法を修復できたそうだよ。だから、泣かないで。過去に戻ったのは無駄じゃなかったんだ」
大きく見開かれるレティナの瞳。
その瞳からぽろぽろと涙が溢れてくる。
突然の話に困惑しているのかもしれない。
そう思った俺は言葉を続ける。
「彼女が教えてくれたよ。俺の記憶を消失させた魔法が溶けかかっていたって。記憶が戻れば大変なことになるんだろ? 全く想像もつかないけど、レティナが過去に戻ることでそれが免れたらしい」
「……彼女……って?」
「……分からない。顔も名前も。でも、レティナにその事を伝えてって言われたんだ。多分彼女もレティナが泣いてる姿を見たくないんだと思う」
「……っう…ううっ」
レティナの涙を優しく拭ってあげる。
記憶を無くさずに彼女の言葉を伝えることができた。
これで少しは辛かった過去を忘れてくれるといいんだが……
「……今の話、本当か?」
いつの間に目覚めていたのだろうか。
ふと後ろを振り返るとマリーとカルロスが俺たちを見下ろしていた。
「本当だよ。詳しい話は拠点に帰ってからにしようか。今はフェルとポーラもいるし、こんな状況誰かに見られでもしたら何かと疑われそうだしね」
「……それもそうか」
カルロスの返事を聞いた俺は、レティナの上半身を起こし、背中を見せる。
思ったより冷静な自分に少し驚いている。
これも彼女が修復してくれた魔法のおかげなのだろうか?
「レティナ、乗って」
「……いい……っの?」
「うん。落ち着くまでおぶってあげる。カルロスはマリーを頼むよ」
「はぁ!? なんで俺が!?」
「いや、普通に怪我してるからだよ……マリー?」
「……えっ? 何か言ったかしら?」
ぼーっとしていたのか、マリーは俺の言葉を聞き返す。
「マリー怪我してるだろ? だから、カルロスの背中に乗って?」
「はっ!? なんで!?」
「いや、だから拠点に帰るからだよ」
「わ、私一人で歩けるわ」
「それは流石に無理でしょ。王都まで割と距離あるし」
「べ、別にそんなことは……」
「いいから早く」
「……」
はぁとため息をつくカルロスを横目で見るマリー。
カルロスにおんぶされるという事が、嫌なのかもしれないが今は我慢してもらおう。
この場から立ち去るのが、一番の優先事項なのだから。
レティナをおんぶすると、俺たちの会話を聞いていたフェルが口を開く。
「レオン様、うちらはどうしたらよいのじゃ?」
「んー、とりあえず付いてきてもらえる? すぐに開放するから」
「ん。分かったのじゃ」
「レオンさんの拠点にお邪魔できるなんて~光栄です~」
ふむ。
今までマリーに拘束されていたというのに、小言一つ言わないなんて……フェルとポーラは寛容だな。
それに比べてこいつらは……
「カルロス、あんた変な気持ちになるんじゃないわよ?」
「……重ぇ」
「はっ!? 重くないわよ!」
「ちょ、おめぇ暴れんなって」
「はぁ!? また重いって言ったわね!?」
「いや、言ってねぇよ!」
「言ったじゃない! ほんとデリカシーがないんだから!」
「わーったから、暴れんな!」
……うん、とりあえずほっとこう。
マリーの様子が少しおかしかったように見えたが、今は大丈夫そうだし。
二人が言い合いをしている中、俺は先に歩き出す。
「レオン様……あの二人は……」
「放っておいていいよ。いつもの事だから」
「レティナさ~ん、大丈夫ですか~?」
「……うん。大丈夫」
ぎゅっと俺にしがみつくレティナ。
声はまだ少し上擦っているようだ。
もう涙は止まったのだろうか?
背中に背負っている為、レティナの顔を確認することができない。
……拠点に帰るまでにいつものレティナに戻ってくれるといいんだが……まぁそれは帰ってから分かることか。
今から拠点まで戻るのに約一時間。
みんなに話すことは山ずみとある。
帰路の途中にでも上手く纏めてみるか。
そう思った俺は洞窟の出口に向けて、歩みを進めるのであった。




