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第165話 遅い目覚め


 身体が揺さぶられているような感覚がする。

 ただ、眠くて目を開けるのも億劫(おっくう)だ。


 ……オ……ン。

 ……オン。


 微かな声が耳に届く。

 その声と共に、大きく身体が揺さぶられるのを感じた。


 レオン~。


 ふわふわとした頭の中、鼓膜まで響いたその声に、俺はゆっくりと瞳を開ける。


 「あっ! やっと起きた!」

 「……ルナ? おはよう。一体どうしたの?」

 「どうしたのって、もう十一時だよ?」

 「へ?」


 俺はがばっと上半身を起こし、置時計に目をやる。


 うわっ……寝すぎた。


 昨日寝つきが悪かったせいだろうか。

 朝には目を覚ますつもりではいたが、どうやら想像以上に熟睡してしまっていたようだ。


 「お昼にはまた調査に出かけるんでしょ? 寝すぎだよ?」

 「ご、ごめん。わざわざ起こしてくれてありがとう」


 ルナが起こしてくれなかったら、いつ目を覚ましていたか分からない。

 普段ならどれだけ眠りが深くたって、朝に起きようと思えば起きれるのだが……


 なんか昨日からおかしいな。


 そう思いながらも、俺は表情を表に出さずにルナの頭をよしよしと撫でた。


 「レティナとマリーはもう帰ってきたの?」

 「ううん。まだだよ~」

 「そっか」


 二人はまだなのか。

 もしかして、レティナの予想が外れたのかな?


 午前中には必ず帰ってくるとレティナは約束してくれた。

 つまり、仮にレティナの思うような結果にならなくても、十二時を過ぎることはない。


 「レオンはご飯すぐ食べる?」

 「ん~、二人が帰ってきてからにするよ」

 「分かった!」


 ルナの良い返事を聞いた俺は、小さな頭から手を離す。


 「じゃあ、俺少しマリーの部屋に用があるから」

 「あっ! そういえばレオン失敗したでしょ!」

 「ん? 失敗って何のこと?」

 「マリーちゃんが飼ってる動物のこと!」


 あっ……完全に忘れてた。


 口を尖らせているルナは、ぷいっとそっぽを向く。


 「どうやって交渉したか分かんないけど、朝、マリーちゃんに言われたんだよ? 絶対に部屋の中には入るなって。凄く怖くて、ルナ泣いちゃいそうになったんだから」

 「そ、そうだったんだ。ごめんね」

 「むぅ~。もう別にいいけど」


 少し不機嫌気味なルナはそう言って、ベッドから降りる。


 人の部屋に勝手に入る奴なんてこの拠点にはいない。

 夜中に俺のベッドに潜り込んでくることは抜きとして、マリーが小動物を飼っていると思い込んでいるルナは、好奇心が湧いているようだが、そこらへんの常識はわきまえている。

 なので、ルナが無断でマリーの部屋に入り、ネネの存在に気づくということはなさそうだ。


 「じゃあ、またレティナちゃんが帰ってきたら呼びに行くね?」

 「うん。ありがと」


 俺の返事を聞き、そのまま部屋から出ていくルナ。

 マリーの圧がルナに向けられたのは、全て俺が伝え忘れていたことが原因だ。

 にも関わらず、ルナの最後の表情はあまり気にしてないように見えた。


 今度何かお詫びでもするか。


 そう思った俺もベッドから降りて、いつでも外に出向けるように身支度を整える。


 よしっ、とりあえずネネの様子を見てくるか。


 自室から出た俺は、すぐそこにあるマリーの部屋の前まで歩き、立ち止まった。

 ここで忘れてはいけないことがある。

 それは、ちゃんと”ノック”をするということ。

 ネネはまだ身体が上手く動かせないと思うが、もしも俺の予想を上回り、着替え途中であったら、また大変なことになってしまう。


 すぅと一息入れた俺は、二度目の過ちを犯さないようにいつもよりも大きめにノックした。


 「……ネネ起きてる?」


 周囲に誰もいないことを確認し、声を掛けるが返事はない。

 身体を動かせるようになっていれば、声も出せるはず。

 つまりネネが起きていても、俺が想定した事態にはならないだろう。


 ……そ、そう思うしかない。


 俺はゆっくりとドアノブを回し、恐る恐る中の様子を確認する。


 「はぁ。良かった」


 ネネがベッドの上で寝ていることに安堵した俺は、そのままベッドの側に置かれていた椅子に腰掛ける。


 ふむ。

 昨日見た時よりも随分と呼吸が落ち着いている。

 それに熱も大分引いたようだ。


 額に乗せてある冷えたタオルを取り、手を当てたことによるものか、ネネの瞼がゆっくりと開かれた。


 「あっ、ごめん。起こしちゃった?」


 俺の言葉に首を振るネネ。


 なるほど。

 まだ声を出すのは厳しいか。


 「お腹減ってない? 何かお願いがあったら聞くよ?」


 そう言葉にするも、結局のところ声に出してくれなければ意思疎通は難しい。


 う~ん、どうしようか。


 悩んでいる俺に、ネネの口がおもむろに開かれた。


 「……マ……リー……さま……は?」

 「え? マリー? 今はレティナと調査に出かけてるけど」

 「……」


 俺の返事に何とも言えぬ表情をするネネ。


 ……なるほど。

 俺では役不足か。

 まぁ、そりゃそうだよな。


 スカーレッドとは別に生きる理由をくれた人。

 その人が側に居てくれなければ、多少不安になるのも分かる。

 だが、もうすぐ帰ってくるのだ。

 少しだけ我慢してもらうしかない。


 俺は手に持っていたタオルを水が溜まってある桶に浸し、しっかりと絞る。

 マリーはネネを一日中看病していたんだろうか。

 水は清く澄み渡っているし、ネネの衣服も昨日見た時よりも変わっている。

 睡眠不足でレティナと調査に出かけたのなら、少し不安だ。

 一日や二日眠らなくてもあまり身体に影響はないと思うが、今回は一切油断ができない相手なのだから。


 ……二人とも大丈夫かな。

 無事に帰ってきてくれたらいいけど……


 俺は絞り切ったタオルをネネの額に乗せる。

 その時、


 コンコンッ


 不意に鳴ったノック音と共に、


 「レオンさん、いますか?」


 扉越しからゼオの声が聞こえた。


 ルナの次はゼオか。

 一体なんの用事だろう?


 ゆっくりと腰を上げて扉に向かった俺は、そのままドアノブを回し、ネネの姿を確認されないように顔だけ出す。


 「ゼオと……ミリカ? 二人ともどうしたの?」

 「レオンさん、今って暇ですか?」

 「暇ではないけど……なんで?」

 「今からミリカさんと買い物に行くんですが、レオンさんも一緒にどうかなと思って」

 「ふむ」


 俺は悩んでいる表情を取り繕う。


 ミリカとゼオという二人の組み合わせはあまり見ない。

 それにゼオが誘ってくれることもほとんどない。

 いつもゼオと一緒に外に出掛ける時は、決まってルナが声を掛けてきてくれるからだ。

 なので、本心は断りたくないのだが、俺が外に出ればネネが一人ぼっちになってしまう。

 マリーがいない今、それだけは避けなければならない。


 「……せっかく誘ってくれたのに申し訳ないんだけど、今は手が離せないんだ」

 「あっ、そうなんですね」

 「うん。ごめんね」

 「いえいえ。気にしないでください」


 柔らかく微笑む心優しいゼオ。

 この表情を見た時に毎回思うことがある。

 本当に穢れを知らずに生きていてほしいと。


 「ミリカ、もし何かあった時は必ずゼオを守るんだよ」

 「把握した」

 「レ、レオンさん、僕もう弱くないですよ?」

 「知ってるよ。でも、何が起こるかなんて未来は誰も分からないからさ、念のためにね」


 口にはしないが、ゼオはエルフだ。

 物珍しい種族な為に、顔を晒せば好奇の目で見られるだろうが、そこにはほとんど悪意はない。

 ただ、一部は違うのだ。

 エルフというのだけで、嫌悪する者や軽視する者、中には連れ去って売りさばく者もいるかもしれない。

 <三雪華>と<魔の刻>の名を使ってそれらを抑制する対策は考えたが、現時点では市民に告示されていないようだ。

 なので、エルフに優しい世界になるまで未だに油断はできない。


 俺のそんな思いを悟ったのか、ミリカはゼオの手をぎゅっと握る。


 「ミ、ミ、ミリカさん!?」

 「ごしゅじん。把握した。ゼオはミリカが守る」


 真剣な表情のミリカとは違い、顔を真っ赤にさせて動揺するゼオ。


 ふむ。

 マリン王国で海に向かった際も、同じような表情をしていたな。

 ブラックの家にはルナしか異性はいなかったし、そういう免疫はないのも普通か。

 でも、こんなにもあたふたとしてるゼオを見ると……なんだか意地悪したくなるな。


 俺はごほんっと一つ咳払いをして、口を開く。


 「じゃあ、ミリカ。その手を離さずに行ってくるんだよ」

 「把握した」

 「え、えぇぇぇぇ!? こ、このままですか?」

 「もちろん。これはゼオのためでもあるからね」

 「……なんかレオンさん楽しんでません?」

 「ソンナコトナイヨ」


 俺はただ女の子に耐性がないゼオの今後ことを想って言っただけだ。

 これから何百年も生きていくだろうし、こういう経験も必要なこと。

 決して悪戯心で発言したわけではない。

 ……そういうわけではないのだ。


 「じゃあ、ごしゅじん。行ってくる」

 「はい。いってらっしゃい」


 ミリカはゼオの手を引っ張り、スタスタと歩いていく。

 一方のゼオは俺を恨めしく見ながら、ミリカに手を引かれていった。


 何か大切なものを失った感じはするが、とりあえず大丈夫だろう。

 ……本当に大丈夫か??


 二人が二階から一階へと降りていくのを確認した俺は、ネネの側に置いてある椅子に腰掛ける。


 「……きら……われましたね」

 「え!?」

 「……ふふっ」


 いや、笑い事じゃないよそれ。

 先程のことがおかしいのか、笑みをこぼすネネ。

 小馬鹿にした感じというわけではなく、少し幸せそうなその笑みに俺はほっと息をついた。


 ……ふむ。

 ゼオに嫌われるのは嫌だが、この笑顔を見れただけでもよしとするか。


 俺は椅子の背もたれに身体を預けながら、揶揄う相手はちゃんと考えようと改めるのであった。

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