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第164話 眠れぬ夜


 ……

 …………

 ………………ね、眠れない。


 (つむ)っていた瞳を開けて、天井を見つめる。

 マリーの部屋で仮眠を取ったにしても、いつもなら気づかぬうちに朝になっている頃だ。

 だが、今日に限っては何故か寝付きが悪く、意識が途切れてもすぐに目覚めるというのを繰り返していた。

 まぁ明日は朝から調査というわけでもないし、これといって困ったことでもないので、別にいいのだが……


 「全て終わらしてくる……か」


 見慣れた天井を見つめながら、レティナが告げた言葉を呟く。

 あの言い方はおそらく、レティナはもうスカーレッドの住処に目処が立っているのだろう。

 でなければあんな言い方はしないし、午前中までに帰ってくるという言葉に説明がつかない。

 それにスカーレッドを追ってもいないマリーを連れていくのも不思議でしかない。

 きっと戦闘になった際、安全に捕らえる為の助っ人として、連れていくのだと思う。


 本当はレティナとの約束を無視して、水神様の洞窟に向かいたいのが本心だ。

 だがその行動は、今まで信頼を積み重ねたレティナへの裏切り行為になってしまう。

 それだけはいけないことだともちろん自覚している。

 いくらレティナが俺のことを想ってくれているとしても、一つの裏切りによって信頼というのは崩れてしまうものだから。


 ……頼むから、レティナの予想が外れててくれ。


 そう願いながら、寝返りを打つ。

 黒い感情や心にぽっかりと穴が開くような夢、そして、冒険に出る時に何かを忘れてしまったような感覚とあの懐かしい声。

 懐かしい女の子の声だけは最近になって自覚できるようになったのだが、他の現象は三年前から起き始めていたことに気づいていた。

 なんとかその原因を突き止めたい。

 だが、レティナはそんな俺を許してはくれない。

 俺の為というのは重々理解しているつもりだ。

 ただそれでも、治せるものなら治したいというのが本心だった。


 別に拠点での自堕落な生活に不満があるというわけではない。

 むしろこのままの生活でいいとさえ思っている。

 ただ、ふとした瞬間に思うのだ。

 レティナが悲しんでいる時や、カルロスやマリーの言ってることについていけない時、全部三年前の件を俺が知っていたなら、そうはならないんだろうな、と。

 だからこそ、スカーレッドを追っていた。

 きっと彼女なら全て話してくれるというのを信じて。


 俺は上半身を起こし、はぁとため息をつく。

 このまま瞳を閉じてもどうせ寝付けないのだろう。

 少しだけ夜風に当たってくるか。


 そう思った俺は、ベッドから降りて静かに扉を開ける。

 すると、


 キィィィィ


 拠点の玄関が開く音が聞こえたかと思えば、パタンと扉が閉まる音がした。


 この拠点に潜入してくる者だとしたら、音を出し過ぎだ。

 どちらかと言えば、誰かが外に出て行った方が可能性としては高い。


 でも、こんな時間に誰が?


 疑問が浮かぶ俺は、みんなが寝静まっている静寂な二階から一階へと降りる。

 そして、音を出さないように玄関へと向かうと、ゆっくりと扉を開けた。


 「……マリー?」


 玄関からすぐ先に佇んでいたマリー。

 そんなマリーは、俺の呼びかけに長く綺麗な髪を押えて振り向いた。


 「あら、起こしちゃったかしら?」

 「ううん。ちょっと寝れなくて……」

 「そう。私も同じ」


 艶美(えんび)な表情と月の光が相まってか、今のマリーは妖艶な雰囲気を感じる。

 そのまま見惚れている俺に、


 「今夜の月は一段と綺麗ね」


 と、月を見上げながら言葉を続けた。


 ……隠せていると思ってるのだろうか?


 少しだけ憂いを帯びた表情を俺は見逃さない。


 「……どうしたの?」

 「え?」

 「いや、なんだか不安そうだから」


 俺の言葉に瞳を大きく開けるマリー。

 そもそもマリーが夜に眠れないなんてことは滅多にない。

 カルロスもレティナも、そしてもちろんマリーも、依頼の為にどんな状況下でも眠れるように修練を重ねてある。

 だから、表情を確認するよりも前から、いつもより少し様子がおかしいとは思っていた。


 「明日のことが不安? それともネネこと?」

 「……どうしてそう思ったのかしら?」

 「顔見ればそんなの分かるよ。それに……あの時と似てたから」

 「あの時?」

 「うん。俺たちが宿屋に泊まっていた頃にさ、二人で屋根上で話し合ったろ? 覚えてる?」


 マリーが師匠の呪いを打ち明けてくれたあの夜。

 その時もマリーは今日と同じで寝付けずに、白く輝いている月を見上げていた。

 今も脳裏にこびりついているあの時のマリーを思い出すと、胸にチクリと刺すような痛みを感じる。


 そんな俺にマリーはふっと笑う。


 「忘れてるわけないじゃない。レオンちゃんと初めて出会った時も、あの時も……冒険に出た日々だって鮮明に思い出せるわ」

 「……俺もだよ」

 「嘘つかないの。レオンちゃんは……覚えていないでしょ?」


 どうしてそんなに寂しそうな顔で言うのだろう。

 確かに鮮明とは言えないけど、俺だって……


 マリーの表情に、先程の胸の痛みが大きく増す。


 こういう時が一番嫌なんだ。

 俺の思い出せない記憶によって、大切な人が悲しむことが。


 「じゃあ、教えてよ」


 俺は感情の赴くままに、口走っていた。


 「どうして俺だけが覚えてないの? 全部知ってるんだろ? マリー」


 意識的に聞いたわけではない。

 そもそも俺が抱えている悩みを、みんなには話さないと決めていたことだった。

 だが、理性よりも先に口に出してしまったことに、今更後悔が募る。


 「……っ」


 少しだけ瞳を滲ませたマリーは、俺の質問に答えることなくただ俯く。


 本当に俺は馬鹿だ。

 こうなることなんて分かっていたじゃないか。

 こんなことを聞いたってどうせ答えてくれないって。

 それにきっと悲しませてしまうって。


 頭が冷静になっていくのを感じる。

 そんな俺は俯いているマリーの目の前まで近づいた。


 「……ごめん、マリー。その……今のは無かったことにして」

 「……え?」

 「教えてほしいっていうのは本心だけど、そんな顔させたくて言ったわけじゃないんだ」


 ぱっと上げたマリーの瞳を見ながら、俺は続ける。


 「ごめんね。もう大丈夫だから」


 できるだけ優しく伝えたからだろうか。

 それとも俺の想いが伝わったのだろうか。

 どちらかなど定かではないが、マリーは辛そうな顔を一瞬見せたが、すぐに表情を切り替え微笑んだ。


 「……えぇ、分かったわ。レオンちゃんは昔から優しいわね」

 「そうでもないよ」

 「ううん……ずっと優しいわ」


 そう言いながら、俺の背中に腕を回すマリー。

 こんな所をレティナに見られでもしたら……なんて考えるが、そうなった時は仕方がない。

 この状況で突き放すなんてありえないし、レティナもマリーなら、となんだかんだ許してくれるだろう。


 頬に触れる髪が夜風に吹かれてくすぐったく思う。

 すると、


 「私ね……」


 呟くようにマリーが口を開いた。


 「レオンちゃんが言ってたように、不安で眠れなかったの」

 「やっぱりそうだったんだ……」

 「えぇ。ネネのこともだけど……レティナが言ったでしょ? 明日で全部終わるって」

 「……うん。言ってたね」

 「何のことか分からないけど……どうしてか不安になっちゃったの。おかしいわよね……」


 マリーは回している腕にぎゅっと力を込める。

 理由も無しにそう思うのは、おそらく直感からくるものだろう。

 俺が案じていることはレティナとマリーがスカーレッドを発見し、捕縛したのち、知らない間に全てが終わっているということだが、マリーは俺と同じ理由ではない。

 どのようにその不安を払拭させたらいいんだろう。


 悩んでいる俺は、ひとまずマリーの頭を撫でる。

 そうすると、マリーの身体の力がゆっくり抜けていくのを感じた。


 「……に会いたい」

 「え?」


 まるで独り言のように呟くマリー。


 小声過ぎて聞き取れなかったけど、誰に……?


 疑問が浮かぶ俺に、マリーははっとしたかと思えば、身体を離して苦笑した。


 「なんでもないわ。気にしないで」

 「……」


 追及しようにもこれ以上深堀りしてこないで、というのが表情から伝わる。

 そんなマリーは、んー、と身体を伸ばして、満足そうな顔をした。


 「でも、レオンちゃんが来てくれて良かった。少し不安が和らいだ気がするわ」

 「……そっか。それなら良かった」

 「私もレティナたちみたいに、時々レオンちゃんのベッドに潜り込もうかしら」

 「え? なんで?」

 「だって、凄く安心するもの。身体の中に何か変なもの入ってるんじゃないの?」

 「へ、変なものって……」

 「ふふっ。冗談よ」


 普段と変わりない綺麗な微笑みを見せるマリー。

 その自然な表情には、もう不安なものを感じさせない。


 「今更不安になっても仕方ないわよね。ありがとレオンちゃん。気が楽になったわ」

 「それならいいんだけど、できるだけ無理はしないでね」

 「えぇ。レオンちゃん」


 マリーは一歩後ずさり、凛とした表情で言葉を発した。


 「後は私に任せなさい」


 い、いや、任せて解決されると困るんだけどな……


 そう思いながらも、俺は心の中でホッとする。


 やっぱりマリーはこうでなくちゃな。

 不安な表情は一番似合わない。


 夜風が心地よく吹き抜け、夜は刻々と更けていく。

 俺たちはそんな中で少し他愛のない会話をした後、各々自室に戻ったのだった。


 

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