第161話 想定外の事実
あれからネネをマリーに任せた俺は、ギルドマスター室前まで来ていた。
俺をここに呼んだ理由はおそらくスカーレッドの住処についてだろう。
何故伝魔鳩を使ってまで呼び寄せたのかは定かではないが、ローズとナタリアはネネのことを秘密にしてくれたはずだ。
上手く誤魔化しながらネネのことを、悟らせないようにしよう。
そう決心した俺は、扉をコンコンとノックする。
「誰だ?」
「レオン・レインクローズです」
「ふむ。入れ」
マスターの返事を聞いた俺は、平静を保ちながら扉を開けた。
「あれ? レティナも居たんだ?」
ギルドマスター室に居たのは、レティナとマスターのみ。
ローズとナタリアが居ないことに、つい安心してしまう。
「うん! レンくん、今日は早いね?」
「まぁね。急いできたから」
「へ~」
レティナは興味なそうに、髪を弄る。
いや、自分で聞いといてその反応って……まぁ、今は些細なことを気にしていられない。
立ち止まっているのもなんだしな、と思った俺はレティナの横に座ろうとした。
だが、
「レンくんはあっちに座って?」
レティナが対面のソファを指差す。
「え? なんで?」
「だって、そうじゃないと話せないもん」
「??」
いやいや、隣でいつも話してただろ……
何だかレティナの様子がおかしいような気がする。
普段よりも少し距離を感じるのもそうだが、言葉に言い表せれない何かを感じた。
「レオン。とりあえず座りたまえ」
「は、はい」
マスターの言葉によって、俺は素直にレティナの対面へと座る。
「えっと、それで要件は?」
「スカーレッドの住処についてだ」
なるほど。
やはり想定通り。
「君は今まで何をやっていた?」
マスターは何気わぬ顔でそう聞いてくる。
この質問の答えが少しでも間違えれば、詰められるのは分かりきっている。
なので、俺は大雑把に回答をした。
「もちろん調査ですが? それ以外に何かあるんでしょうか?」
「ふむ」
「ねぇねぇ、レンくん。調査って何処に行ってたの?」
「……そりゃ、南西にあったスカーレッドの住処だけど?」
「へ~?」
な、何だこの感じ。
まるで俺の隠し事を知っているかのような表情に、追い詰められているような錯覚を起こす。
「でも、あの二人が言ってたことは違いましたよね? ルーネさん」
「あぁ。そうだな」
「ナタリアとローズの話だよね? 二人は何て言ってたの?」
「あの二人と会ってたんだ? なんかほんとに話が噛み合わないね?」
「……」
まずい。
このまま質問に答え続ければ、沼にはまるような気がする
そう感じた俺は一旦、話を変える為にマスターに視線を向けた。
「まぁ、それはとりあえず置いといて、結局俺を呼んだ理由って何ですか?」
「レンくん、まだ私の話は終わってないよ?」
「だからさ? それは後でってーー「ナタリアちゃんとローズちゃんだっけ? あの子たちが話してくれたよ? 私たちのパーティーがあの洞窟を見つけましたって」
「……そうなんじゃない? 俺はスカーレッドの住処が見つかったって聞いて向かっただけから」
「つまり、レンくんはそれまで一人で行動してたってことだよね?」
「うん、そうだけど?」
(……あの二人と会ってたんだ? なんかほんとに話が噛み合わないね?)
そのレティナの言葉から察するに、ナタリアとローズは俺とは会っておらず、アルド含めて、三人だけでスカーレッドの住処を見つけたという報告をしたのだろう。
別にそれならそれで構わない。
俺が二人に話を合わせるだけだ。
ポーカーフェイスを装いながら、質問に答えた俺に、レティナはにやっと口角を上げた。
「……嘘だね」
「え?」
「だって、二人はレンくんと一緒に見つけたって言ってたから」
……や、やられた!!
まさかあのレティナが鎌を掛けているだなんて、想像もしていなかった。
そんなレティナは、間髪を入れずに言葉を続ける。
「ねぇ、レンくん? 何かを隠すために口裏合わせたのはいいけど、私には通用しないよ?」
「……別に隠し事なんてしてないけど」
内心動揺をしながらも、俺はなんとか表情を崩さずにいれた。
何故ならレティナの言葉から察するに、ネネのことを二人はまだ知らないからだ。
それならば、この状況でもなんとかなるはず。
「レンくん諦めてよ~」
と、レティナが口を尖らす。
「……俺が知っているのは、スカーレッドの住処だけだよ」
「……」
無言で見つめるレティナは、俺が素直に答えないと思ったのか、マスターに視線を向ける。
すると、マスターは、はぁ、とため息を漏らし、口を開いた。
「レオン。君も状況を分かっているのだろう? いい加減知ってることを教えてくれないか?」
「状況って、もうスカーレッドの住処は見つけたし、解決したようなものですよ」
「……?」
眉をひそめたマスターは、怪訝な表情を浮かべる。
「本気でそんなことを言ってるのか?」
「え、えぇ。本気ですけど」
何だ?
マスターの言葉選びがやけに気になる。
本気でそんなこと言ってるのかって、もう後はスカーレッドを見つけるだけだろ。
きっと誰かが今もあの場所で調査しているはずだし、足取りはすぐに掴めると思うのだが……
「一つだけ答えてほしい」
神妙な面持ちで俺を見つめるマスター。
空気が少し変わったことを感じて、俺は思わずゴクリッと唾を飲み込んだ。
「スカーレッドの住処が別にあることを、レオンは知らないか?」
「……え?」
想像よりもずっと上を行く言葉に、俺は固まってしまう。
ど、どういうことだ?
言っている意味が分からない。
そんな俺にレティナが口を挟む。
「え? レンくん知らないの?」
「ご、ごめん。少し整理させてほしいんだけど、あの洞窟は間違いなくスカーレッドの住処だよね?」
レティナとマスターが顔を見合わす。
俺が本当に何も知らないと分かってくれたのか、二人とも困った表情をしている。
「えっと……二人とも?」
「はぁ……レオン。じゃあ、君は何を隠しているんだ」
「いや、こっちの質問にまず答えてください。一体どういうことですか?」
食い気味な俺にマスターは思考に耽るも、すぐに言葉を発する。
「……あの場所は仮拠点だ」
「? どうしてそれが分かるんですか?」
「ホワイトフラワーの量が足りないからだよ」
「量……?」
「そうだ。一年にも亘るホワイトフラワーの強奪。それはあの洞窟だけに収まる量ではない」
「……ふむ」
「そして、フェルとポーラの姿も見当たらない。故に、あの場所ではない別の場所に、スカーレッドの住処があると結論付いたのだ」
……なるほど。
正直理解したくはないし、頭が混乱するのだが、つまり、俺が見つけた場所以外にもホワイトフラワーが咲き乱れている場所があるということか。
もう少し思考を纏めたい俺に対し、
「それで? レオンは何を隠している?」
と、マスターが怪訝そうな顔をした。
スカーレッドの住処が別にあると知っても、結果的にネネのことは言えない。
そして、嘘で誤魔化そうとしても、レティナには見破られてしまう可能性がある。
なら、と切り替えた俺は、レティナに視線を向けた。
「レティナが居るので秘密にしたかったんですが……仕方ないですね。俺と<三雪華>は、スカーレッドの住処が何処にあるのかということに、おおよその見当がついていました」
「!? そ、それは何処だ!?」
「周辺の森を抜けた先にあり、なおかつそれほど離れていない場所です。それと、王都から北側には無い、ということだけは分かってます」
この情報はレティナにもマスターにも知られたくなかったことだ。
だが、現状を乗り切るには仕方がない。
俺の話を聞いて、マスターが顎に手を当てる。
「……ふむ。どうして隠してた?」
「それは……自分の手でスカーレッドを捕らえたかったからです。他の冒険者も、騎士団も……レティナさえも、俺からすれば邪魔なんですよ」
少し強めの口調になってしまった俺の言葉に、横目に映るレティナがぴくっと反応した。
だが、俺はその様子を見ても、真剣な表情を崩さない。
「すみません。全部この事を隠したくて、適当なことを言ってました」
「なるほどな……」
「まぁ、見つけた住処も、結果的に仮拠点だったみたいですけど……」
隠してたこの情報は真実だ。
故に、これならレティナでも、本来隠そうとしていたネネの存在に気づけないはず。
だが……
「ふむ。色々と疑問があるのだが、いいか?」
「……はい」
まぁ、そうなるよね……
王都で唯一の冒険者ギルド<月の庭>。
そのギルドマスターをしているこの人が、このまま帰らせてくれるはずがないのは理解していた。
「君はスカーレッドの洞窟を見つけた後、何をしてた? あの新米冒険者たちだけで、ここまで報告に来させた理由も教えてくれ」
「洞窟を見つけた後はスカーレッドの捜索をしていました。結果的に見つけられなかったですが。彼女たちを王都まで行かせたのは、スカーレッドと対峙した時、足手まといになるからですね」
この嘘はもう仕方がない。
俺にできるのはレティナを見ないことと、表情や声色に一切のブレを感じさせないことだけ。
それでも、嘘だと見破られてしまったら、もう黙秘すればいい。
マスターと言えど、強引に対応はしてこないはず……だと思う。
「ふむ」
俺の返答にマスターが思考に耽る。
冷静になって考えてみると、数時間にも亘ってスカーレッドをただ捜索していたなんて、無駄に時間をかけ過ぎている。
だが、それを追求されたところで大体の回答はもう考えている。
後は、予想できない質問を上手く捌ききれるかと、レティナに嘘をついていることがばれないことを祈るだけだ。
数秒の沈黙がこの部屋に訪れる。
すると、それを破るようにレティナがふっと笑った。
「私はもういいかな」
「え?」
唐突なその言葉に、俺は少しだけ動揺してしまう。
「一番重要だったのは、レンくんが本当の住処を知っているのに、隠してるってことだった。でも、レンくんの表情を見る限り、その事は知らないみたいだから」
「……うむ。まぁ、レティナの言う通りか」
え? なんか今回甘くない?
また手のひらで泳がされているのか、本音を言っているのか分からなくなる。
「それに……いいこと知れたしね」
疑心暗鬼気味の俺に笑顔を見せるレティナ。
そのままおもむろに立ち上がると、マスターに向けて言葉を続けた。
「ルーネさん、私<三雪華>のいる洞窟に向かいます。そこで少し話を聞きたいので」
「あ、あぁ。分かった」
「じゃあね、レンくん」
「う、うん」
小さく手を振ったレティナはそのまま退出する。
「レオン……レティナと喧嘩でもしているのか?」
レティナが出て行ったタイミングで、マスターは心配そうに口を開いた。
あぁ、なるほど。
そういう理由で納得してくれたのか。
今までマスターの前で、俺とレティナが対立することはなかった。
だが、今回は全く違う状況だ。
レティナがマスターの手助けをしている時点で、その違和感に気づいたのだろう。
別に喧嘩などしていないが、スカーレッドをどちらが先に見つけるかという勝負をしている。
そんなことはもちろん言えない俺は、
「いえ。気にしないでください」
と、笑顔を張り付けるのだった。




