第157話 残酷な現実
「あれ? 確かこの辺だったよな? ローズ」
「えぇ。そのはずだけど……」
キョロキョロと辺りを見渡しているローズと同じように、俺も周囲を見渡す。
やっぱりそれらしいのはねぇな~。
俺たちは故郷から南西に向かった森で、昔に遊んでいた隠れ家を探していた。
「アルド君、ローズちゃん、やっぱり王都に帰ろうよ~」
白魔法使いのナタリアが、そう不安そうな声を出す。
「ナタリア、平気よ。この森は魔物がいないの。心配することはないわ」
「でも、二人の隠れ家って洞窟なんでしょ? 色々と不安だよ~」
「ナタリアは臆病すぎだって。レオンさんの前でも、緊張して何も喋ってなかったし」
「だ、だって、あれは突然過ぎたんだもん」
「ミリカさんの報告をした時も、突然だったのか?」
「もう~! それ以上は言わないで~!」
顔を赤くさせ、俺の口を塞ぐナタリア。
まだ出会ってから半年も経っていないが、この表情だけで彼女の気持ちが手に取るように分かってしまう。
「ねぇ、アルド。やっぱりここよ!」
指を差しながら声を上げたローズは、言葉を続けた。
「私憶えてるもん。この大きな樹木の隣あったって」
「ほんとか~?」
「何? 疑ってるの?」
「い、いや、そういうわけじゃねぇけどさ~」
俺はローズの指差した場所をまじまじと見る。
ただ苔が生えているだけで、特に変わった点は見当たらない。
そもそもの話、俺とローズがこの森で遊んでいたのは、幼少期の頃だ。
もうかれこれ七、八年経っている。
おぼろげな記憶過ぎて何処に隠れ家があったかなんて俺にはさっぱりだった。
「じゃあ、二人は少し下がってて。確かめるから」
「お、おう」
「怪我に気を付けてね?」
俺とナタリアが後ろへと下がると、
「炎の弾!」
ローズはすぐさま魔法を行使した。
どうせ何も起きないと思っていた俺は、目の前の光景に驚愕してしまう。
パリンッと音が鳴ったかと思えば、洞窟が姿を現したのだ。
「こ、これって……」
幻覚じゃないか確かめる為、ごしごしと瞼を擦る。
だが、洞窟は変わらずそこにある。
「ね、ねぇ、これって、あの可変魔法だよね?」
ナタリアが俺とローズを交互に見つめる。
「おそらくそうだわ。森で消していた樹木と同じ音がしたから」
「じゃ、じゃあ、みんなに伝えなきゃ!」
「待て、ナタリア。伝えるのは後回しにしよう」
「え?」
「アルドならそう言うと思った。だって、こんなワクワクすること滅多にないもんね!」
ローズが満面の笑みで俺を見る。
冒険者なら誰だって手柄を立てたい。
そう思うのは、どんな冒険者だって一緒だろう。
そして、ローズが言ってるように、こんなにも好奇心が湧いてくるのだ。
中を調べずに帰るなんて、できるわけがない。
もしそんな奴がいるとすれば、冒険者なんて辞めちまえ。
「えぇ~。怖いよ~」
「ナタリア、大丈夫だって。危ないと感じたらすぐに出るからさ」
「そうそう。私たちはまだEランクだけど、実力はCくらいあるもの。自信を持ちましょ?」
「ふぇぇん。分かったよ~」
渋々ながらにも、了承したナタリア。
中はやっぱり白い仮面の奴等がいるのかな?
まぁもし遭遇しても、俺が二人を守れば関係ねぇか。
そう心に誓い、俺は口を開く。
「よし、行こう……って、その前に、ナタリア。隠蔽魔法掛けてくれ」
「もう~仕方ないな~。姿隠し」
「うんうん。やっぱりナタリアの魔法は凄いわね」
「……褒めても何も出ないよ?」
まるで空気と同化するような感覚。
行使するのには、とても難しいと言われている隠蔽魔法を簡単に扱えるナタリアには、尊敬の念を抱く。
きっと物凄い修練をしたんだろう。
「よし、じゃあ行こう!」
「うん!」
「ふぇぇん」
気持ちのいい返事をするローズと、嘘泣きしているナタリア。
そんな二人と一緒に俺は洞窟へと足を踏み入れた。
「ローズ、足元気を付けて」
「う、うん」
「……私は~?」
「あっ、ナタリアもな」
「そんな取って付けた言葉なんて嬉しくないよ~」
洞窟に入ってから、数分が経過した。
今のところ特別何かが起こったというわけではない。
「そういえば、ここってそんなに広くなかったよな?」
「うん。もうすぐ行けば最奥なんじゃないかしら」
「はぁ。なんかあると思ったのにな」
「気を抜くのは、何もなかった時にしてよね」
「へいへい」
俺は適当な返事を返し、歩みを進める。
誰とも会わないし何も起こらない現状で、気を張れと言われても俺には無理だ。
特に警戒もせず、洞窟の一本道を曲がった時だった。
「うわっ!」
「きゃっ」
「な、何!?」
「ふぇ!?」
突然目の前に現れた女の子とぶつかる。
衝撃によって彼女が地面に尻をつかせるが、俺は手を差し伸べることもできない。
心臓がこれでもかというほど、ドクンドクンと脈打っているからだ。
「えっ? えっ……? 私何とぶつかったんでしょうか。それに声も聞こえてきて……」
女の子は辺りをきょろきょろと見回している。
肩まである黒髪に、華奢な体。
腰には魔法鞄と剣を携えているが、様子から見るに危険な者とは思えない。
まるでここに迷い込んでしまった一般人のような振る舞いに、俺はローズの耳に手を当て、ひそひそと話す。
「どう思う?」
「う~ん、仮面は持ってなさそうだけど……」
「声を掛けても問題ないか?」
「大丈夫じゃないかしら。私たちのことも見えてなさそうだし、敵であっても返り討ちにできるわ」
「分かった。俺は姿隠しを解くけど、二人はそのままでいろ」
「うん」
「私も話に混ぜてよ~」
「ナタリア、あのねーー」
ローズが俺の言葉をナタリアに伝えている。
その間に俺は、姿隠しを解いた。
「え!? 突然人が!?」
「驚かせちゃってごめんな! 俺は王都から来た冒険者だ」
「……冒険者さん……ですか」
「おう。お前は一体ここで何してたんだ?」
「……誰にも言わないでくれますか?」
「お、おお」
お尻の土を払い、立ち上がった彼女は、気まずそうに口を開く。
「この場所には、一人になりたくて来ました」
「なんで?」
「慣れなきゃいけないからです。ただ、それだけの事ですよ」
「へ~。まぁ、お前にも色々あると思うけどさ、よくこの場所を見つけられたな。入り口が見つけずらい洞窟なのに」
「はい。本当に奇跡でした。たまたま休もうと思って、身体を預けた所が扉だったんですもの」
ふふっ、と綺麗に微笑む彼女。
少し怪しい理由ではあるが、今は納得しておこう。
「そうか。ちなみに、奥は何があった?」
「魔物がいて、危険だったので近寄れていません。とても大きい魔物なので、冒険者さんも行かない方がいいですよ」
「危険な魔物!?」
そんなこと言われたら、うずうずしてしまう。
見に行きたいな、と後ろに居るローズとナタリアに視線を送る。
ナタリアは首をぶんぶんと振っているが、ローズの瞳はキラキラとしていた。
よし! 決まりだ!
「お前はもう帰るのか? 俺はその魔物を見ようと奥に行くんだけど」
「ほ、本当に危険なので、止めた方がいいです! 命がいくつあっても足りませんから!」
「いやいや。見るだけだって。大丈夫、大丈夫」
俺は必死な彼女の横を通り過ぎて、奥へと目指す。
ローズとナタリアも彼女を置き去りに、俺の後ろをついてくる。
「忠告はしましたよ」
「おっ、そう言いながらついてくるんじゃん」
「はい」
俯く彼女に対して、俺はワクワクが止まらない。
どんな魔物だろ?
龍とかだったら興奮するなぁ。
そんな期待を胸に、俺たちは数分掛けて最奥へと辿り着く。
そして、目の前の光景に思わず目が離せなくなった。
「うおお。なんだこれ! すげぇ!!」
視界一杯に広がる白い花。
まるで天国を彷彿させるようなその光景に、俺は何も考えずに走り出す。
「すげぇ綺麗だ!!」
「はい。そうですね」
冷静な彼女とは違い、ナタリアとローズは俺と同じなのか、感動のあまり口を開けている。
「あっ、もしかしてあんた、この光景を独り占めしようと思ってたのか?」
「……」
「つれねぇな~。魔物なんかいねぇし、言ってくれれば良かったのに」
……なるほどな。
そんなに俺たちに見せたくなかったのか。
ぼーっとする彼女は、先程とは明らかに様子が違っていた。
「ねぇ、アルド」
とローゼが近寄り、耳打ちしてくる。
「ん?」
「この花思ったんだけど……ホワイトフラワーじゃない?」
「……えっ?」
ローゼの言葉に俺は足元を見る。
確かにあまり観察していなかったが、よくよく見ればローズの言ってる通り、ポーションに使う材料のホワイトフラワーだ。
俺はここ一年散々耳にした噂があった。
ホワイトフラワーを商人から強奪している者がいる……と。
「だから、言いましたよね? 危険だって」
先程とは明らかに違う彼女の声色に、俺はびくりと反応する。
ま、まさか……こいつ……
ゴクリッと唾を飲み込んだ俺は、震えながらも声を発した。
「お、お前、やっぱりスカーレッドの仲間か!」
「とても驚きました。まさか徘徊していた時に、声が聞こてくるなんて」
彼女が話している途中で、俺はナタリアへと視線を向ける。
逃げろ。
その合図に泣きそうになりながらも頷いたナタリアは、足音を鳴らさないように出口へと戻っていく。
「へ、へ~。独り言が聞かれてたなんてな? 恥ずかしいぜ」
「独り言? 何を言っているのですか?」
「きゃっ! い、痛い! 離して!」
「ナタリアちゃんでしたっけ? 仲間を置いて逃げ出すのは良くないですよ」
な、何で見えてる!?
もしかして、最初から見えてない振りをしていたのか!?
「ナ、ナタリアを離せ!!」
俺は無我夢中で剣を抜く。
ナタリアの髪を掴んでいる彼女は、冷めた表情で、
「はい。いいですけど」
掴んでいる髪を離した。
「ひっ! アルド君! ローズちゃん!」
ナタリアが悲痛な顔で、俺たちの後ろに隠れる。
「お、お前は何者だ! なんでこんなにもホワイトフラワーを集めた!?」
「私が誰であろうと、貴方たちに関係ないですよ。ホワイトフラワーに関してもそうです」
三対一にも関わらず、彼女は至って冷静だ。
完全に俺たちを下に見ている。
確かに動きは速いが、ただそれだけ。
ローズとナタリアは分からないが、俺の目ならちゃんと追える。
「答える気がないなら力ずくで聞くしかないな! ローズは後方で魔法を放て! ナタリアは補助魔法をくれ!」
「分かったわ!」
「う、う、うん。俊強化、守強化 、攻強化 」
「よしっ! やるぞ!」
「……」
俺たちなら必ず奴を倒せるはずだ。
その想いが、みんなにも伝わったのか、緊迫感のある空気が流れた。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
手加減など一切せずに、一足飛びで彼女との距離を詰め、斬りかかる。
「っ!?」
「何を驚いているのでしょうか?」
そりゃ驚くに決まってる。
俺の斬撃を何と彼女は、微動だにせずに腰から抜いた剣で受け止めたのだ。
「炎の弾!!」
ローズのその声が聞こえて、俺は身体をねじってそれを避ける。
真正面にいる奴は、反応できないはずだ。
そう思っていた。
「はぁ……」
彼女は何の動揺も見せず、ため息と共に炎の弾を弾く。
「お終いでしょうか?」
「くっ! まだまだぁ!」
今まで鍛え上げてきた剣技を放つ。
が、それは俺の息が上がるだけで、余裕そうな彼女の表情を崩すことができない。
「炎の弾!! 炎の弾!!」
「はぁ……」
「炎の槍!」
「……それだけですか?」
ローズが放った炎の槍までも容易く対処された。
「う、嘘……中級魔法でもダメなの……?」
な、何だこいつは……
あ、あまりにも格が違いすぎるじゃないか……俺たちが挑んで勝てる相手じゃない。
「ロ、ローズ!! ナタリア逃げろ!!」
「え?」
「早くしろ!!」
張り上げた声に、びくっと身体を震わせたローズは、
「……っ。ナタリア行くわよ!!」
唇を噛みながら、ナタリアの手を取り、出口へと向かった。
……それでいい。
俺が馬鹿だったんだ。
ナタリアの言うとおりに誰かを呼んでいれば、こんな事態は避けられたはずなのに……
「うおぉぉぉぉぉ!」
俺は再び彼女に斬りかかる。
少しでもいい。
俺が時間を稼がなくては!
「うらぁぁぁぁ!! うらぁっ! うらぁ!!」
「……」
「うらっ、ぐえっ」
剣を振り下ろした途端、腹部と背中に激痛が走った。
「アルド!!」
「アルド君!!」
い、息が……できない。
「かはっ」
血反吐を吐くと、俺が欲していた息を何とか吸うことができた。
ぼやけた視界で状況を確認する。
どうやら俺は壁に衝突していたようだ。
「申し訳ございませんが、貴方たちを返すことはできません」
「に……げろ……逃げろ!!」
「ナタリっ!?」
「だから、逃がさないと言ってます」
「ひっ!」
二人の目の前に移動した奴は、剣の切っ先をナタリアの首元に向ける。
「……なんて綺麗な顔。穢れを一切知らないんでしょうね」
「や、止めて!!」
「ふえぇぇん。ローズちゃん……」
「私は最初に忠告しましたよ? ここは危ないから行かない方がいいと。それを無視したのは、貴方方でしょう?」
「……む、無視したのは謝るわ。で、でも! 許して! お願い!!」
揺らぐ視界の中、俺は壁で身体を支えて、何とか立ち上がる。
「はぁはぁ……ローズ、ナタリア……」
「アルド! 動いちゃダメ!」
「ふえぇぇん」
「……私も、人はあまり殺やめたくないです」
「じゃ、じゃあ!」
「でも、貴方たちはこの場所を知ってしまった。捕らえるにしても、監視役がいません。どうか諦めてください……苦しめることはしませんので」
ローズとナタリアを……助けないと……
そう思うも、足が言うことを聞かない。
すると、臆病なナタリアが大声を張り上げた。
「レ、レオンさんがここに向かってます! だ、だ、だから、諦めるのは貴方!!」
「……」
「わ、わ、私たちを助けてくれるなら、レオンさんにも貴方のことを許してもらうように言ってあげます!」
「ふっ。そんな嘘誰が信じるのでしょう?」
「う、うぅぅ」
「た、助けなら必ず来るわ!!」
「……」
ナタリアを庇うように抱きしめるローズ。
そんなローズの元へ、俺は全ての力を振り絞って、ふらふらと近寄った。
「アルド!」
「……ぐっ」
「し、しっかりして! ナタリア、治癒を!」
「う、う、うん」
「させるわけがないでしょう?」
「ひっ」
ぐっ。
このままじゃ全員……
「だ、大丈夫よ、二人とも。助けはきっとすぐに来るから」
「……ふふっ」
身を寄せ合う俺たちのことを見て、彼女は馬鹿にしたように微笑した。
「助けが来る? この状況で? 理想と現実は全く違うんですよ。現実はとても残酷で、とても辛いものなのを貴方はまだ知らないのですね」
「そ、そんなの知りたくもないわ!」
「ロ、ローズと……うっ……ナ、ナタリアに何かしてみろ。俺が……っお前を許さねぇ!」
「ローズちゃん、アルド君……っ」
「伝えることはそれだけで良いですか? もう二度と会えませんけど」
「誰か……助けてっ……神様っ」
震えるナタリアの声に、俺は握っていた剣を力なく振る。
「は、離れ……やがれ……っ」
「……っ。助けは来ない!! もうじっとしていて! すぐ楽にしてあげますから!」
彼女はそう言い放ち、剣を振り上げる。
そして、俺たちに向けてその剣を振り下ろした。
あぁ、二人ともごめん。
瞼を閉じたその時だった。
「闇弾」
「っ!?」
鈍く重い音が鳴ったのが聞こえ、瞳を開ける。
「はぁ、今度は間に合ってよかったよ」
優しく微笑みながら、俺たちに近づく一人の英雄。
その英雄を見て緊張の糸がふっと切たか、俺はそのまま意識を失うのだった。




