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第155話 アドバイスの結果


 拠点に辿り着き、玄関を開くといい匂いが鼻腔を掠めた。

 夕食は皆、食べ終えたはず。


 誰か小腹でも空いたのかな?


 俺はそのまま歩き、ダイニングの扉を開けた。


 「ただいま」

 「あっ、レオンお帰り~」


 キッチンに居たルナが小さな台に乗り、鍋をぐるぐるとかき混ぜている。


 「何作ってるの?」

 「シチューだよ。これならミリカちゃんも食べやすいかなって」

 「……そっか」

 「あっ! もうできたから、レオンが持ってってあげてほしいな」

 「うん。分かった」


 ルナが出来立てのシチューをお皿に盛る。

 そして、お盆に乗せると、台から降りてトコトコと近寄ってきた。


 「はい! 食べてくれなかったらレオンが食べてね」

 「もちろんだよ。ルナはもう寝ている時間でしょ? 今日は俺がミリカの側に居るから大丈夫だよ」

 「分かった~」


 俺はルナからお盆を受け取り、二階へと上がる。

 そして、ミリカの部屋の前まで行くと、扉を優しくノックした。


 「ミリカ、入ってもいい?」


 俺の声に反応したのか、中から足音が聞こえてくる。

 そのままドアノブが回されると、


 「レオンさん。お帰りなさい」


 ゼオが顔を見せる。


 「ただいま。ゼオ。ルナの料理ができたから持って来たんだけど……」

 「あぁ、分かりました。では、僕は部屋に戻りますね。おやすみなさいミリカさん、レオンさん」

 「おやすみ」


 ゼオが気を使って自分の部屋に戻っていく。

 本当に子供とは思えないくらい空気の読める子だ。


 俺はゼオから視線を外し、ミリカの部屋の中に入る。


 「ルナがミリカの為にご飯を作ってくれたよ」

 「……」


 ベッドの隅に身体を縮こませて座っているミリカに、声を掛けるが返事はない。


 このまま立っているのもなんだな。


 そう考えた俺は、テーブルにシチューを置き、ベッドに腰を下ろす。


 ミリカの部屋に久々に入ったが、昔と何一つ変わらない。

 俺と選んで取り揃えた家具に、女の子だからと買ってあげた兎のクッション。

 少し懐かしさに浸っていると、


 「……捕まえにきた?」


 ミリカがそう口にした。


 「そんなわけないでしょ。ほらっ、とりあえず食べよ?」

 「……要らない。お腹空いてない」

 「でも、最近あんまり食べてないじゃないか」

 「……昔も同じ。慣れてる」


 昔と同じって……なんでそんなこと思い出すんだよ。


 俺と出会う前の頃のミリカが、大変な目に逢っていたのは容易に想像がつく。

 ただ、それはもう二年前の話だ。

 俺たちと過ごす中で、ミリカの記憶は辛いものから幸せなものに書き換わっていったはず。

 なのに……


 何とも言い難い気持ちを抱いた俺は、ルナが作ってくれたシチューを再び持ち、ミリカににじり寄った。


 「はい。食べな」

 「……要らない」

 「もう仕方ないな……」

 「……?」


 俺はスプーンで湯気が立つシチューをすくい、ふぅふぅと息を掛けて冷ます。


 「はい、あ~ん」

 「ご、ごしゅじん?」

 「これだけしても食べてくれないなら諦めるけど……せっかくルナが作ってくれたんだ。少しでも口にしてほしいな」

 「……」


 俺の思いが伝わったのか、ミリカは何も言わずに口を開ける。

 そして、その口へスプーンを近づけると、ミリカはぱくっとシチューを食べた。


 「美味しい?」

 「……美味しい」

 「じゃあ、次ね」


 まるでペットに餌やりをやっているような気分だ。

 スプーンを近づける度に、パクパクと食べていくミリカを見て、思わず笑みが浮かぶ。

 数十分掛けて、ミリカがシチューを食べ終えると、俺は空いた皿をテーブルの上に置いた。


 「よし、じゃあ寝ようか」

 「……おやすみなさい」

 「ミリカと一緒にだよ?」

 「……?」


 何を言ってるのか理解できないのだろう。

 ミリカは、ただ首を傾げている。


 「補給。俺も必要なんだ」

 「っ。で、でも……」

 「ミリカは嫌?」


 分かりきっている答えをあえて聞く。


 「……嫌じゃない」

 「良かった。なら、電気消すよ」


 ミリカがこくりと頷いたのを見て、俺は立ち上がり照明の魔道具に触れ、明かりを消す。

 真っ暗な闇の中でも、ミリカは動こうとしない。

 そんなミリカに俺は近づき、頭を撫でた。


 「そこで眠ってちゃ、身体が休まらないだろ?」

 「……」


 ふむ。

 これは本当に動く気がなさそうだ。


 そう思った俺は、ミリカの頭から手を離し、隣に座って壁にもたれかかる。


 「……ごしゅじん。ベッドで寝た方がいい」

 「ミリカが寝てくれたら俺もそうするよ」

 「……ミリカなんかに構う必要ない」

 「じゃあ、俺”なんか”にも気遣う必要ないよ」

 「……」


 ミリカが困った顔で俺を見る。

 そんな顔で見つめられても俺の決心は揺るがない。

 それを察したのか、ミリカはもぞもぞと動き出し、布団を被りながらベッドに寝転がった。

 俺も背中合わせで、その布団に入る。


 シーンと静まり返るこの部屋には、窓から聞こえる虫の鳴き声しか聞こえない。

 そんな時間の中で、不意にミリカが口を開いた。


 「……何も聞かない?」

 「聞かないよ」

 「なんで?」

 「ミリカが言いたくないことを聞きたくないから」

 「……っ」


 ミリカがぴくっと身体を震わせたのを感じた。

 そして、身体を反転させたのか、俺の背中をぎゅっと掴む。


 「……止めた……方がいい」

 「何を?」

 「スカーレッドを追うの……っごしゅじん危ない」


 少し震えるその声からは必死さが伝わってくる。



 (ミリカのせいで……ごしゅじんが……ごしゅじんが…っ…いなくなっちゃうかもしれないっ……っ)



 盗み聞きしたあの日、ミリカはそう言っていた。

 どんな理由で、そう結論づいたかは今もなお定かではない。

 ただ、それが原因でミリカがこうなってしまったのは紛れもない事実だ。


 俺はミリカの不安を払うように、優しく言葉を返す。


 「どうしてそう思ったのか分からないけど、俺なら大丈夫だよ」

 「だいじょ……っうぶ、じゃない」

 「ミリカは俺がスカーレッドに負けると思ってるの?」

 「思わない……でも……っ」


 先程よりも俺の服を強く握るミリカ。

 その行動は、まるで小さな子供が行かないでと懇願しているように感じた。


 「心配してくれてるのにごめん。それでも、俺はスカーレッドを止めたいんだ。フェルとポーラのことも心配だし」

 「……」

 「でも、ミリカは反対なんだよね? 俺が危ないからって理由で」

 「……うん」


 元気なさげな返事に、俺は顔を合わせるように、身体を反転させる。


 「じゃあさ、約束するよ」

 「約束?」

 「うん。俺は何があっても帰って来るって。ミリカの想像することにはならないって」


 そう言葉を続けながら、ミリカの頬をそっと包む。



 「だって、俺は”最強”だろ?」



 俺が安心させるように笑顔を向けると、ミリカの目が大きく開かれた。



 ミリカは”最強”という言葉をよく使う。

 それは俺がミリカと出会ってから、読んであげた本の受け売りだ。

 ある一人の英雄が、世界を救う話。

 人々を救い、どんな困難も乗り越え、”最強”と呼ばれるようになったその姿を見て、 「これ、ごしゅじんみたい」 と嬉しそうな顔でミリカは言っていた。

 思い返せば、あの時が初めて見たミリカの笑顔だったと思う。


 それからというもの、ミリカはずっと俺のことを”最強”だと思い込んでいる。


 だからだろうか、数秒間、俺を見つめたミリカは、


 「……ん。ごしゅじんは最強!」


 何かを吹っ切ったように微笑み、俺の胸に顔をうずめた。


 ミリカが笑わなくなってからまだ数日しか経っていないが、久々に笑顔を見れたと感じてしまう。

 これで全ての不安を払えたかと言われれば、そうではないだろう。

 ただミリカの心の中にある不安は、間違いなく軽くできたはずだ。

 それが表情から感じ取れた。


 ミリカの頭を撫でながら、瞳を閉じる。

 少し安心した為か、睡魔が急激に襲ってきた。


 今日は<三雪華>の拠点に訪れて本当に良かった。

 スカーレッドの件もだが、ミリカの笑顔が見れたのは、間違いなくローゼリアのおかげだ。

 「言葉なんていらない」 というローゼリアのアドバイスは、結果的にミリカが口を開くことによって、違う展開にはなったが、あの言葉は俺の胸にすっと入っていった。

 だから、俺も自然にミリカに接してあげられたのだろう。


 はぁ……最近助けられてばかりだな。


 また借りを返さなくては、と思いながら俺の意識は徐々に失っていくのだった。

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