第153話 対話
「それで? 俺に話したいことって何ですか?」
エクシエさんが淹れてくれた紅茶を啜り、気になっていた質問をする。
「スカーレッドについて」
やはりそうか。
単純な世間話では、エクシエさんが俺を呼ぶようなことはしない。
予想通りの返事に、俺は口を開く。
「何か分かったんですか?」
「……その前に一つだけ質問がある。貴方は本当に”不意を突かれて負けた”だけ?」
「えっと……」
素直に言ってもいいのだろうか。
エクシエさんには、俺を悩ましている事の全てを告げてある。
なので、あの懐かしい声のことを話してもいいのだが、あの時とは状況が違う。
おそらく今のエクシエさんは、レティナを通じて俺の過去の話を聞いている状態だ。
あの声の主のことも知っているのならば、あまり迂闊な事は言えない。
「……そうですよ」
少し間があったことに違和感を感じたのか、エクシエさんは真剣な表情で俺を見つめる。
「レオンが話さないというなら、私も教えるつもりはない」
「本当に不意を突かれただけなんですが……」
「そう。それじゃあ、私もただの勘違いだったという話」
ふむ。
これは完璧に嘘だとばれているな。
スカーレッドを見つけるのに行き詰っている。
期日も明日を迎えれば、もう四日しかない。
隠すことよりも情報共有した方がよっぽどマシ……か。
「はぁ……降参です。本当は頭痛で倒れて、スカーレッドを逃しました。それ以上も以下もありません」
「……」
「俺は言ったんです。エクシエさんもスカーレッドについて何か分かったんですよね? 教えてください」
俺が言った内容は嘘ではない。
あの懐かしい声によって、という重要な部分を隠しているが、これさえも見通しているなのならば、正直に付け足すだけの事。
エクシエさんは思考の波に漂っているのか、口を開こうとはしない。
まぁ、大人しく待ってるか。
そう決めた時だった。
「なるほど」
エクシエさんが言葉を漏らす。
「スカーレッドはそうか……レオンのことを……それなら誰が当てはまる? 三年前には……」
「え……っと、エクシエさん?」
「……あの話が嘘という可能性は? いや、レティナは嘘をついているようには見えなかっーー「エクシエさん!」
エクシエさんの肩を掴み、じっと見つめる。
「一人の世界に入らないでください」
「……申し訳ない」
「今の話どういうことですか?」
三年前。嘘。レティナ。
所々頭の中で考えていたようだが、その言葉だけは俺の耳にちゃんと届いた。
「……気にする必要はない。ただの独り言」
「……はぁ」
今ならローゼリアの気持ちも分からないことはない。
レティナたちもそうだが、隠し事をされている本人は決して良い気持ちにはならないのだ。
「そんなことより、スカーレッドの目論見の一つが判明した」
「え? そ、それは?」
その唐突な言葉に動揺する俺に、エクシエさんは言葉を紡ぐ。
「可変魔法で作られた樹木。そして、洞窟に潜んでいた白仮面。あれらは私たちの調査をかき乱すためのまやかしだった」
「ん? それって……」
「つまり……スカーレッドの住処は周辺の森にはない。推測される場所はまだ不明。ただ、北の森から抜けた先だけはない」
「どうしてそれが分かるんですか?」
「レオンがスカーレッドに出会ったのは南の森。フェルとポーラという人質を連れて、北から一番遠い南の森に向かったというのは考えられない」
なるほど、そう考えてみれば確かにそうだな。
頭の切れるエクシエさんの言葉に、俺は思考に耽る。
真夜中に全て消した樹木を、南の森で再び形成していたフェルとポーラ。
この行動はおそらく俺たちの調査を遅らせることが目的だったのだろう。
そして、その日にスカーレッドとミリカが会話をしたにも関わらず、何故同じ南の森で樹木を形成していたのか。
推測にはなるが、真夜中の時間帯に誰かが来るということを想定していなかったのと、住処が比較的に近い場所にあるからと考えれば、スカーレッドの行動に納得がつく。
「エクシエさん凄いですね。俺はただ森を調査していただけなのに……」
「悲観しなくてもいい。レオンの情報で確信に変わった。ちなみに、レティナはまだスカーレッドを探している?」
「えぇ。エクシエさんたちと一緒だと思ったんですけど、どうやら違うみたいなので、毎日一人で探しているようですね」
「そう……」
「……何か引っかかることでも?」
エクシエさんは何とも言えぬ表情をしている。
レティナのことを聞いてきたからには、何かしら気になっていることがあるはず。
俺に関する隠し事は仕方がないと割り切れる。
ただ、レティナに関することなら話は別だ。
そんな思いを悟ったのか、エクシエさんの口が開かれる。
「……これはただの憶測。だから、動揺しないで聞いてほしい」
「は、はい」
俺の返事に一呼吸置いたエクシエさんは、じっと俺の瞳を見つめ言葉を発した。
「レティナはスカーレッドの正体を知っている可能性がある」
「……え?」
動揺しないでと言われても流石に無理がある。
ど、どういった経緯でそんな憶測が生まれたんだ……? 全く検討もつかないんだが。
そんな俺にエクシエさんは話を続ける。
「マスターに聞いた。ミリカがレオンにもスカーレッドと会話をした内容を教えなかったと」
「は、はい。そうですね」
「忠誠を誓っているレオンに会話の内容を黙っているのは、不自然だと思わない?」
確かに第三者からしてみればそう思うだろう。
ただ、ミリカは俺のことを想って……
「おそらくレオンも気づいていると思うが、ミリカは貴方の為に会話の内容を隠している。そして、その会話の内容はーー「三年前の件ですか……」
「そう」
「でも、何故それだけでスカーレッドの正体をレティナが知っていると?」
「……知っているというより、推測が付いていると言った方が正しいか。ミリカの件以降レティナが動いた。三年前の件を知っている者は限りなく少ないからこそ、レティナには思い当たる人物がいるのかもしれない」
「……なるほど。ちなみにスカーレッドが三年前の件を誰かから聞いたとかは?」
「断言はできない。ただ、レティナ本人から聞いた三年前の情報を照らし合わせると、ほとんどないと言える」
ふむ。
一度、エクシエさんの頭の中を見てみたいものだ。
俺の知らない”レティナとの会話”があったにしても、きっとこんなにも説得力のある憶測は俺には考えることが出来ないだろう。
俺の過去を知る人物とは一体……
ん? 待てよ?
ふと疑問に思ったことを、エクシエさんに向けてそのまま口にする。
「レティナって三年前の件をエクシエさんに教えたんですよね?」
「……」
「いや、別にそれを聞こうって話じゃないんです。ただ、レティナの思い当たる人物がエクシエさんも知ってるんじゃないかなって」
「……申し訳ない。本当に分からない。あくまで私が聞いたのは、断片的な話。深堀りをするような質問は出来なかった」
「あぁ、それもそうか。エクシエさんが知っていれば、憶測なんて言わないですもんね」
「そう……レオン」
エクシエさんが改まって、言葉を続ける。
「これはただの憶測。確信に至ってはいけない」
「はい。分かってます」
「それと貴方が真相を知りたいというのを、私は止めはしない。だからこそ、この話を伝えた。でも、レティナのこともちゃんと気に掛けていてほしい。何が起きるかなんて未来は私でも見通せないのだから」
「……分かりました。とりあえずエクシエさんから伝えることはもうないですか?」
「ない。私の情報はそれだけ」
「じゃあ、調査を行う場所について話し合いませんか? 範囲は絞れてるし、同じ場所でばったり会うのも時間効率が悪いので」
「承知した」
その後、俺はエクシエさんと一緒に調査する場所についての話し合いをした。
調査といっても今までのような周辺の森ではなくその奥の方の地帯の事だ。
そして、決まったことがある。
南の半分から東にかけては<三雪華>が、残りの半分から西にかけては俺が調査をすることになった。
他の冒険者たちや騎士団、レティナには先程の情報は伏せたままで明日から各々動くのだが……
「レオン。もし私たちがスカーレッドを見つけても、文句は言わないでほしい」
話し合いが終わり、席を立ち上がった俺に対して、そう言葉にするエクシエさん。
「その時は運が無かったと諦めます。では、ありがとうございました」
本当にそうなった場合、俺が介入する前に事を終えているだろう。
スカーレッドとネネがどれだけ力を合わせても、<三雪華>に勝てるとは思わない。
軽く会釈をした俺は、エクシエさんの研究所を後にしようと歩き出す。
「あっ、最後に一つ言い忘れてました」
ふと思い出したことがあった俺はエクシエさんに振り向き、言葉を繋げる。
「ローゼリアが寂しそうにしてましたよ。エクシエさんが隠し事をすることに」
「……そう」
「その隠し事の中におそらく自分についての事もあるので、とやかく言える立場ではないんですけど……デートとかしてみればあいつ喜びますよ」
「……検討しておく」
「はい」
俺は再び踵を返す。
あのエクシエさんがデートに誘うなんてしたら、ローゼリアの悩みも吹き飛ぶこと間違いなしだ。
まぁ、それをするかどうかはエクシエさん次第だが、これで一応スチーブの件の借りは返したことにしておこう。
最後にローゼリアの部屋を訪れてから、拠点に帰るか。
マスター曰く、俺とミリカの事を心配していたそうだし。
そう決めた俺は、エクシエさんの研究所から出ていき、一階へと下るのであった。




