第152話 ふざけた魔道具
レティナに膝枕してもらってから、二日が経った。
スカーレッドが再び南の森に現れたことは、王都の冒険者達や騎士団にも伝わった。
深淵のレオンがスカーレッドに敗戦した。
その噂は、今もなお王都中に広まっている。
知れ渡った原因としては、俺がマスターにこう報告したことにある。
「不意を突かれて負けました」
もちろんフェルとポーラが生存していたことや、新しい樹木を形成していたことは正直に話したのだが、何故これだけ嘘を述べたかと言うと、それ以外の言い訳が思いつかなかったからだ。
あの懐かしい声で意識を失ったと話せば、色々と追求されるだろう。それで戦力外通告をされるかもしれないし、その話が拠点のみんなにも回ってくるかもしれない。
それだけは避けたかった。
まぁ正直な話、俺が負けたことは秘密にしてほしかったが、マスターも立場のある人だ。
嘘や誤魔化しで俺を守るより、スカーレッドが本当に危険な存在ということを周知させることを選んだ。
まぁ、これに関しては仕方がない。
頭痛が酷くて倒れたという話よりもよっぽどマシな噂だ。
噂には特に気にせず、スカーレッドのことだけを追っていた俺は焦っていた。
あれ以降スカーレッドの足取りが全く掴めないからだ。
南の森を中心にもう一度その他の森も調査したのだが、それでも住処らしき洞窟は新たに見つけられなかった。
消した樹木を再度フェルとポーラに形成させていた事には、おそらく何か意図がある。
だが、その意図が何なのかは全く分からない。
このままでは埒が明かないと思った俺は、<三雪華>の拠点まで来ていた。
レティナともう手を組んでいるのならば、追い返されるかもしれないが、それならそれで次の策を考えるだけ。
俺は<三雪華>の拠点のチャイムを押す。
すると、ガチャリと玄関の扉が開かれた。
「あれ? レオン君?」
と、ルイスさんが顔を見せる。
良かった。
<三雪華>がいるかもしれない夜の時間帯に訪れてみたが、とりあえずはルイスさんが居たことに安心する。
ルイスさんは花のアーチを通りながら、俺に近寄った。
「どうしたの? 何かあったかい?」
「えっと、少し情報共有をしたいのですが……」
ルイスさんの顔色を伺いながら、そう言葉にする。
「あっ、そっか。エクシエに用があるんだよね?」
「え?」
「ん? エクシエが君に話したいことがあると言っていたんだけど、聞いてないのかい?」
「い、いや何も聞いてないですけど……」
「そうなんだ? まぁいいか。とりあえず上がりなよ」
「は、はい」
ふむ。
この様子を見る感じ、まだレティナとは協力関係を結んでいないようだ。
それにしても、エクシエさんが俺に話って……スカーレッドについて何か情報を得たのだろうか?
俺はルイスさんの後ろについていきながら、<三雪華>の拠点に足を踏み入れた。
そのまま二人でエクシエさんの部屋の前に着くと、ルイスさんは扉をコンコンとノックする。
「エクシエ、レオン君が来たよ」
じっと待ってはみるが、返事が中々返ってこない。
「二階かな?」
ルイスさんが独り言をぽつりと呟き、歩き出す。
前に聞いたが俺達の拠点と違って<三雪華>の拠点は、どうやら一階に個々の部屋があるようだ。
二階には何があるんだろ?
そう疑問に思いながら二階に上がると、違和感しかない扉が目の前に現れた。
とても広い拠点なのにも関わらず、ここには通路すらなく、白い壁と一つの扉しか存在しない。
「えっと、ルイスさんこの部屋は?」
「エクシエの研究所だよ。ぼ、僕はこの辺で失礼するね。何かあったら一階に降りてきて、そうすれば助けてあげれるから。じゃあね」
「え? ちょ、ちょっと……」
ルイスさんがそそくさと一階に降りていく。
今、何か不穏なこと言わなかった?
それに普段の爽やかな表情が崩れていたように見えたけど……
少し嫌な予感がする。
こういう時は大抵それが当たっているのだ。
俺は扉の前で悩み、一つの決心がついた。
よ、よし、エクシエさんが出てくるまで、下で待っていよう!
扉に背を向けて階段を下ろうとした時、
「レオン、いらっしゃい」
まるで端から俺が来ると分かっていたようなその声に、背筋がゾクッとした。
「エ、エクシエさん。お邪魔してます」
無表情なエクシエさんと俺は向かい合う。
「入って」
「え~っと……」
「入って」
エクシエさんは俺の服の袖を掴み、上目遣いで見上げてくる。
女の子にこんな事を言われれば、男は誰だって喜ぶだろう。
それもエクシエさんは小顔で色白な上に、容姿も整っている。
無表情なのは気になるが、先程のルイスさんの言葉がなければ、今頃俺もドキッとしてしまってるかもしれない。
「……嫌と……言ったら?」
唾をごくりと飲み込み、エクシエさんを見つめる。
「……強制ではない……から別にいい」
ふ、ふむ。
頼むから、しゅんってしないでくれ。
心が痛くなる。
俺はエクシエさんの珍しい表情に負けて、嫌な予感を振り切った。
「い、いや冗談ですよ。何か俺に話したいことあるんでしたよね?」
「それは後で。ほらっ、入って」
服の袖を強く引っ張られた俺は、無理やり部屋の中に引き込まれる。
そして、
「……すごっ」
視界一杯に広がる光景に思わず、魅了された。
途轍もなく広い部屋の中には、見た事のない魔道具や魔法の装置などが置かれており、実験用に使うのであろう特殊な材料や試薬、書物などが棚に並べられている。
そして、天井には大きなクリスタル輝いており、この部屋の隅々まで光が行き届いていた。
何よりも目を引かれたのは、床一面に描いてある大きな魔方陣だ。
「この魔方陣って?」
「秘術。魔力を通すだけで主に開発している試薬、魔道具が創造した物として機能するか、新たな魔道具を生み出す際に必要な材料は何か、暴走や故障した魔道具の破損した箇所は何処か、そういった多くの情報を得られるもの」
「へ~」
秘術にそんな使い道があるとは……
卓越した知識の上でしか考えれない秘術なのだろう。
「それって俺でも分かります?」
「不可能。私と同じ知能を持っている正しくはそれらの構造を解明できるのなら可能」
「なるほど……」
どういう理屈でこの秘術を作り出したのは定かではないが、これ以上質問したところで俺には到底理解ができそうにない。
ただ、説明しているエクシエさんの表情はいつもより嬉しそうに見えた。
あれ? もしかして、ルイスさんってこの説明が嫌だったのかな?
「レオン。こっち」
と、エクシエさんに引っ張られる。
少し歩いたところでエクシエさんが不意に立ち止まると、一つの魔道具に指を差す。
「これは力作。今後、国の発展に大きく貢献するもの」
小さい魔石のような魔道具。
俺の目では、何の用途で使われるのか全く不明だ。
「どんな魔道具なんですか? これって」
「照明。従来の照明よりも十倍程は長持ちする」
「えっ! 凄いじゃないですか!?」
「……」
俺の言葉にエクシエさんの頬が少し赤くなる。
照れてるんだろうか。
なんだか予想外の反応だ。
それからエクシエさんは次々と魔道具や試薬を説明してくれた。
見たことのないそれらに、俺はまるで子供のように興奮して楽しんだ。
そこで気づいたことがある。
やはりルイスさんはこの説明を嫌がったんだろうと。
説明が長い物から短い物。
毎日同じ説明をされるのならば、俺も同じような態度になっているかもしれない。
ただ、俺は今回が初めてだ。
全然そんな気持ちも起きないし、むしろ初めての事だらけで興味がそそられてしまう。
「レオン、次これ」
今のエクシエさんの表情は、知り合いが見れば驚いてしまうだろう。
笑みは見せないが、感情豊かになってきている。
「これは?」
「レオンに使ってほしい」
エクシエさんが俺を見つめる。
ふむ。
そんなに見つめられては断ることもできないな。
俺はブレスレットのような魔道具を手に取った。
「いいですけど、これ腕にはめるんですか?」
「そう。使用してくれるなんて……嬉しい」
え……エクシエさんが微笑んだ!?
その事に思わず固まるが、ここで動揺してはエクシエさんが戸惑ってしまうかもしれない。
俺は平静を装い、そのブレスレットをはめる。
「えっと、これどういった効果が?」
「空を飛べる」
「え!? ほ、ほんとですか!?」
こう思っては失礼かもしれないが、先程の魔道具よりよっぽど国に貢献できる物ではないだろうか。
そう思う俺に、エクシエさんは追加で説明を入れた。
「ただ、欠点がある」
「欠点……?」
「そう。効果が発動するのは、付けてから一分後。そして、身体的に優れている者にしか扱えない。ルイスでも五分五分だった」
「五分五分って何が?」
「生死が」
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が出る俺。
ちょ、ちょっと待って?
”せいし”って……どの???
あっちの方を口走るなんてエクシエさんは絶対にしないし……
もしかして、”生死”ってこと?
……
…………
………………は、外さなきゃ! 今すぐ外さなきゃ!
俺はブレスレットを外そうとする。
が、何故か外れない。
「それは効果が発動されるまで外れない。でも、レオン。安心してほしい。貴方なら扱える」
「いや、無理でしょーーーーー!?」
身体が持ってかれる程の衝動。
心の準備をすることなく、ブレスレットが動き出したかと思えば、エクシエさんの研究所の窓を身体で突き破る。
は、は、速いぃぃぃーーーー!
空にぐんぐんと進んでいくブレスレット。
もはや風が痛いと感じる程で、空を飛んでいるというような感覚ではない。
ま、まず、こいつを何とかしなければ。
どうすれば一体この勢いは止まるんだ。
このままブレスレッドを外せば、本当に落下死してしまう可能性がある。
そう感じた俺は、ひとまずブレスレッドが付いている左腕を自分の胸に引き寄せた。
すると、
「と、止まった?」
勢いが弱まり、空に浮かぶ俺。
とりあえず止まってくれたことに、ほっと安堵した時、
「えええぇぇぇーー!」
宙に浮かぶのは数秒で、そのまま地面に落ちていく。
こ、こんなの制御できるはずがないじゃないか!
なんて物作ってくれたんだ。あの人は。
俺は心の中でエクシエさんに愚痴をこぼしつつ、ブレスレッドを外すタイミングを考えた。
地面に落下する前に、左腕を空に向ける。
そして、急上昇した瞬間にブレスレッドを外せば、どうにか無事に着地することができるだろう。
ただ……
「ちゃんと上がってくれるよね……?」
予想ができない未来に、冷や汗が止まらない。
こんなふざけた死に方では、拠点のみんなは悲しみよりも先に笑ってしまうかもしれない。
……カルロスは絶対笑うだろうな。
地面が近づくにつれ、心拍数が上がっていく。
そして、
「ここだ!!」
少し余裕をもって、左手を空に突き出す。
すると、俺の不安を晴らすかのように落下する体が再び上昇した。
安堵の息を漏らし、ブレスレットを無理やり外す。
すっとブレスレッドの効果が切れるのを感じた俺は、安心できる高さから地面に着地した。
「はぁぁ……死ぬかと思ったぁ……」
死を意識したのは、これで人生二度目。
真龍ガルティアと出会った時以来だ。
あの龍とこのブレスレッドが同等の恐怖なんて、誰に話しても信じてくれないだろう。
俺はその場で落ち着きを取り戻し、破った窓からエクシエさんの研究所に入る。
すると、窓から俺の様子を見ていたのか、エクシエさんが窓際に立っていた。
「……エクシエさん」
「……生還しただけでも素晴らしいこと」
「……」
「次はあれ」
「いや、もうやらないですよ!?」
俺のことなどお構いなしのエクシエさんに、ブレスレッドを押し付け、深くため息をつくのだった。




