第149話 スカーレッドの足取り
「レンくん? 何か見つかった?」
「いや。レティナは?」
「私も全然」
南の森を調査をしてから、もう何時間経ったのだろうか。
別々で行動していたレティナが痺れを切らして、俺に近寄ってくる。
「レティナはもう帰れば? 夜も遅いし」
そう言い放った俺は、レティナから距離を取った。
不自然極まりないその行動に、レティナは恨みが籠った視線を向けてくる。
「そんな顔しても、無駄だからね」
「……優しくないレンくんは嫌い」
「そっか」
胸がズキズキと痛むが、出来るだけポーカーフェイスを装う。
嫌い 嫌い 嫌い
頭の中で反響するその言葉を振り切るように、俺は調査を続行する。
それにしても何もないな。
増殖した樹木を消した場所は大体探った。
その時に白仮面が隠れ潜んでいたであろう洞窟を見つけたが、肝心のスカーレッドの痕跡は何一つなかった。
東の森、西の森、北の森はもう調べ終えたはず。
なら、スカーレッドの住処はこの南の森しかないと思っていたのに……
もう一度、一から調査し直しか?
少し不安になりながらも道なき道を歩き続ける。
レティナはどうやら俺のことを追ってきてはいないようで、周囲に何の気配も感じない。
このまま何も収穫がなかったら、また明日の早朝に来よう。
そう思った時だった。
「っ!?」
ズズズズズという重い音が闇夜に轟く。
レティナではないだろう。
何故ならその音は、俺の前から聞こえるのだ。
俺は一目散にその音の方向へ駆けていく。
地響きのような音が鳴り終わると、少し間をおいて同じ音が鳴り始める。
一体これは何の音だ?
樹木の間を抜けていき、その音が鳴っている場所に辿り着いた俺は目を疑った。
白い仮面を付けている二人組が
「変異」
と唱え、目の前に大きな樹木を形成させていたのだ。
「フェル、ポーラ……?」
そう名を呼ぶと、二人がぱっと俺を振り返った。
仮面を付けていても、俺には分かる。
「レオン……様」
小さな体に大きな胸。
声色も間違いなく、フェルであった。
「どうして~ここにいるんですか~?」
のんびりとした口調で言葉を発する者。
やはりポーラだ。
「二人とも……無事だったんだね」
良かった。本当に良かった。
心の底から安堵する。
二人はやはり殺されてなんていなかった。
確信はしていたが、その事実が分かった途端、力が抜けてしまう。
「そうですね~。攫われちゃいました~」
仮面を取り、元気な顔を見せるポーラ。
だが、瞳は以前と変わりなく死んでいる。
「そんな呑気に言ってる場合じゃないでしょ」
「そうですね~」
「フェルも大丈夫?」
「だ、大丈夫なのじゃ」
動揺しているのか、声が震えているような気がする。
まぁ、それもそうか。
マリン王国から二か月程の期間があったのだ。
やっと恐怖から解放されたと感じたのならば、そうなるのも仕方がない。
「はぁ……でも本当に良かった。みんな心配してたんだ」
「ご迷惑おかけしました~」
「ううん、大丈夫。スカーレッドに変な事されなかった?」
「……されてないのじゃ」
「そっか。じゃあ、一旦俺の拠点に帰ろう。色々と話を聞きたいから」
フェルとポーラが頷く。
そう思っていた。
「ふ、二人ともどうしたの?」
俺から視線を逸らす二人。
まるで帰りたくないと言ってるようなその雰囲気に、思わず動揺してしまう。
「……帰れないのじゃ」
「えっ……?」
「まだ帰れないのじゃ」
「な、なんで? もしかしてスカーレッドに脅されてる? それなら俺がーー「違うんですよ~レオンさ~ん……私たちが決めたんです」
い、意味が分からない。
二人は連れ去られたはずだ。
それは家出でもなんでもなくて、強引にスカーレッドの手によって。
なのに、何故帰りたいと思わない?
「一応理由聞いても?」
「それは……んっ!?」
「良かった~間に合ったよ」
しまった、そう気づいた時にはもう遅かった。
「スカーレッド……」
真上から飛んできたスカーレッドは、フェルの口を抑えながら俺と向き合う。
「動かないでね、レオン。じゃないと、この子の命がなくなるから」
「……いつもそればっかだね。もう聞き飽きたよ」
「ははっ。ごめんね。出来るだけ戦いたくないんだ」
「ネネも出てきたら? そこに居るの分かってるから」
ポーラが作り出した樹木の裏から、ネネが現れる。
こんなに接近するまで俺は気づけなかった。
二人の無事を確認できたことにより、周囲への警戒を完璧に解いてしまっていたからだ。
「レオン様、お久しぶり……ではないですね」
「あぁ。おばちゃんが君のことを心配してたよ」
「そうですか。私は元気だとお伝えしといてください」
「自分で言いなよ」
俺は世間話をしながら光明の一手を探していた。
スカーレッドはフェルを本気で殺そうとは思っていないはず。
おそらく二人がスカーレッドの目的の鍵になるだろうから。
ただ、殺しはせずとも俺が動けば、危ない目に合うことは間違いない。
さて、どうするか……
「それにしても、まさかレオンがここまで本気になるとは思ってなかったよ」
「まぁ、君が色々とやり過ぎたからね。大人しく捕まってくれるなら、痛い目見ずに済むけど?」
「ははっ。冗談はよしてよ。僕がそんなことしないって分かってるくせに」
「……どうしてミリカにあんなこと言った?」
「あんなこと? ……ふ~ん。あの子、レオンに話したんだ? 最悪だね」
「俺が盗み聞きしただけだよ。ミリカは何も悪くない。ねぇ、君は俺の何を知ってるんだ?」
俺の言葉にぴくっと反応するスカーレッド。
スカーレッドやネネがそう反応するのは分かる。
だが、何故かフェルとポーラが悲し気な表情をしているのが目に映った。
二人も知っているのか?
そう疑問に思う俺から視線を外し、スカーレッドは空を見上げる。
ただ、そんな行動を取っても、油断も隙も感じなかった。
「……全部だよ」
「……全部?」
「そう。楽しいことも嬉しいことも……苦しいことも悲しいことも、君が感じたもの全て知ってる。楽しかったな……あの頃に戻りたい」
俺の欠損している記憶にスカーレッドが居るのだろうか。
声色を作っていると分かっていても、その寂しげな声は本物のように思えた。
スカーレッドが誰なのかこの目で確認したい。
その想いが徐々に強くなっていく。
「レオンもそう思うでしょ? ……どうせ覚えてないだろうけど」
最後の言葉は、真っ暗闇のこの森に消えていった。
覚えているよ。
そう口すれば、スカーレッドはどんな反応をするのだろう?
もしかして……それで隙を作ることができるんじゃないか?
例えそうはいかなくても試してみる価値はある。
俺は平静を装って、返答する。
「……覚えてるよ」
「……え?」
「三年前の記憶」
スカーレッドの身体が強張るのを感じた。
その瞬間を俺は見逃さない。
「闇弾」
スカーレッドの頭目掛けて、魔法を行使する。
まともに当たれば首が吹き飛ぶほどの威力だ。
「くっ」
その魔法を背中に背負っていた双刃刀で防ぐスカーレッド。
弾くと予想していたことで、俺は腰に携えていた剣を抜き、瞬時にスカーレッドと距離を詰めることができた。
そして、フェルを捕まえている左手に剣を振り下ろす。
「ちっ、レオン! 騙したな!!」
先程の余裕が崩れ、騙したことで怒りを買ったのか、歪な闘気が溢れる。
「レ、レオン様……」
「大丈夫? 苦しくなかった?」
「へ、平気なのじゃ」
ひとまずフェルを救出することはできた。
だが、ここで安堵していてはいけない。
「ネネ!」
「させないよ。闇炎の影」
「っ!?」
ポーラに近寄ろうとしたネネの周りに、黒い炎が上がる。
「それに触れないでね。死んじゃうかもしれないから。あと、飛び越えようとも思わないで。俺の意思でその魔法はもっと高く上がるから」
「ス、スカーレッド様!」
「……」
「これで君の企みも終わりだね」
ポーラの元へと歩き、隣に立つ。
スカーレッドはその光景をただ見守っているだけだった。
スカーレッドが殺すことができない二人。
以前のような誰かを守りながら戦うという状況ではなくなった。
これならスカーレッドの捕縛が可能だ。
「降参してくれ。頼む」
ここで降参してくれなくては、戦わないといけなくなる。
今まで見てきた山賊とは格が違うのだ。
すぐに終わることは決してない。
じっとスカーレッドを見つめること数秒。
不意にスカーレッドの肩が揺れた。
「こう……さん? ふっ、あはははははは」
「……」
「はははっ。面白いなぁ……降参して僕に何が残るの?」
「知らないよ。それは君次第だから」
はぁ……まぁ、分かっていたことだが……
スカーレッドが双刃刀をぎゅっと握る。
やるしかないか。
「フェルちゃん、ポーラちゃん、離れて?」
「ス、スカーレッドさん?」
「ごめんね」
「レ、レオン様! 違うのじゃ! スカーレッド様はーーのじゃ!?」
必死に訴えようとしたフェルを無視して、襲い掛かってきたスカーレッドの攻撃を防ぐ。
ぶつかり合ったその衝撃で、地面が少し揺れ動いた。
「レオン、楽しもっ」
まるで遊びにでも出かけるようなその口調に、
「そうだね」
と俺は軽く返したのだった。




