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第148話 盗み聞き


 <月の庭>から拠点に辿り着いた俺は、玄関の扉を開ける。

 シーンと静まり返る拠点内。

 カルロスやゼオ、マリーはまだ帰ってきてないのか、どこも明かりが付いていない。

 ミリカとルナは居るはずだが、帰ってきているとは思えない程に寂しい雰囲気を感じた。


 「……レンくん。ミリカちゃんの部屋に行こ」

 「そうだね」


 小声で口を開いたレティナに同意して、俺たちは階段を上る。

 足音も声も気配も消しているレティナ。

 俺も便乗するようにそうしているが、これではまるで泥棒のようだ。


 「それでね~ルナは~」


 ミリカの部屋の前に着くと、何やら会話をしている声が聞こえた。


 「いっぱい泣いたの。でも、レオンは優しく抱きしめてくれたんだよ~」

 「……」

 「もう、ミリカちゃんが聞きたいって言ったのに……」

 「……」

 「……ねぇねぇ、ミリカちゃん。どうしてそんなに辛そうなの?」


 二人の会話を盗み聞きしているのは、少し罪悪感が募る。

 ただ、俺は何より知りたかった。

 ミリカがどうしてそこまで塞ぎ込んでしまったかを。


 「……」

 「ルナね? レオンに聞いたよ? ミリカちゃんがスカーレッドっていう人と話したって」

 「……」

 「意地悪されたの?」

 「……」

 「ルナじゃなんにもできない?」

 「……」

 「誰にも言わないよ? ほらっ、小指出して?」

 「……」

 「こうすれば、ルナが嘘つかないって信じれるでしょ?」

 「……」

 「ミリカちゃん……」


 泣きそうなルナの声。

 これ以上会話をしてもきっとミリカは口を開かない。

 そう感じた俺は立ち上がろうとした。

 その時、


 「……ミリカ、ごしゅじんのこと知らない」


 ぽつりと呟いたその言葉は、しっかりと俺の耳に届いた。

 もちろん隣に居るレティナにも。


 「知らないって?」

 「ごしゅじん何かあった…………”三年前”に」


 えっ? 今確かに三年前って……


 思わず、レティナを確認する。

 レティナも動揺を隠しきれないのか、瞳を大きく開けている。


 「何かって?」

 「分かんない。でも、とっても辛いことだって。ミリカは知らないって……ミリカは関係ないから、もう邪魔しないでって……」

 「スカーレッドって人がそう言ったの?」

 「そう……ミリカのせいで……ごしゅじんが……ごしゅじんが…っ…いなくなっちゃうかもしれないっ……っ」


 俺はレティナをじっと見つめる。

 だが、レティナは俺の視線に気づかない程に、茫然としていた。


 俺がいなくなる? 何故?

 というか、スカーレッドは俺の何を知っている?


 三年前と聞いた時、少し耳を疑った。

 だが、今の会話を聞いてはっきりと確信した。


 スカーレッドは俺の知らない三年前の件に関与しているか、何処かの経路でその情報を耳にしたかということに。


 「ミリカちゃん、落ち着いて」

 「罪は罪っ……大きいも小さいもない。でも、ミリカ……ごしゅじん側に居てほしい……もう分かんないっ……」


 疑問は色々とある。

 先程考えた事もそうだが、ミリカの行動によって、俺がいなくなるというスカーレッドの言葉を何故信じたか。

 罪人は処理することと口を酸っぱく教えたにも関わらず、何故スカーレッドと”会話”だけで済ませたか。

 ただ、今考えたところで結論には至らない。


 俺はすっと立ち上がる。

 すると、やっと現実に戻ってきたかのようにレティナは、はっと俺を見上げた。


 口の動きで、 出よう と伝えた俺はレティナの手を引っ張り、拠点を出ていく。

 玄関の扉を閉じて、一度歩みを止めた俺はゆっくりと口を開いた。


 「……レティナ。話聞いてたよね?」

 「……うん」

 「ミリカが言ってた三年前の事って……」


 レティナを見据えるが、返事をしたくないのだろう。

 ぱっと顔を逸らせた。


 まぁ、そうだよね。

 今まで隠し通してきた秘密を、今更になって打ち明けてくれるはずがない。

 例え、それが原因でミリカが悲しんでいるとしても。


 そう一人で納得した俺は、ミリカの居る二階を見上げる。


 「……うん。じゃあ、ミリカの話は聞かなかったことにしよう」

 「えっ……と、私マリーちゃんとカルロスさんに相談したいことがあって……」

 「俺抜きで?」

 「……っ」

 「マリーとカルロスにも秘密にしておいて。スカーレッドを捕らえるまででいいから」


 スカーレッドが三年前の件を知っていると二人が知れば、現時点でこなしている依頼を途中で止めて、スカーレッドを追うことに専念するかもしれない。

 それは俺にとって、不都合が生じる。

 何故なら、自分自身の手でスカーレッドを捕らえたいからだ。

 そうすれば、拠点のみんなに知られることなく、三年前から俺を悩ませている根幹をスカーレッドから聞き出すことができる。

 でも、きっとその魂胆はレティナに気づかれているだろう。

 そうでなければ、こんなにも不安そうな顔はしないから。


 俺は安心させるように、レティナの頭をそっと撫でる。

 すると、レティナは意を決したように俺を見つめた。


 「……レンくん。今朝話したこと覚えてる?」

 「今朝?」

 「うん。もうすぐ手が空きそうって話」

 「……言ってたね」

 「それね? 今日からなんだ。だから……私もスカーレッドを追ってもいいよね?」

 「……いいよ」

 「ありがと……一人で調査するね」


 今朝は一緒に探そうねって言ったくせに。


 そう心の中でぼやいてみても、何となくそうなるのだろうと察していた。

 ミリカの話でマリーやカルロスが動くなら、当然レティナも動くだろうと。

 そうなればもう<三雪華>は当てにできない。

 何故なら三年前の件をレティナから聞いたであろうエクシエさんがいるからだ。

 ただただ願うことは<三雪華>とレティナが手を組まないでほしいということ。

 今でも多くの冒険者がスカーレッドを探しているという人数不利な状況にも関わらず、Sランク冒険者同士が手を組むという話になれば、もっと不利な状況が生まれてしまう。


 俺が一番早くスカーレッドを見つける。

 その為には、今よりももっと本気で探さなければいけない。

 もう夕暮れ時なので、拠点でゆっくりしようと考えていたが、そうはしてられない。

 まずスカーレッドが今日現れた南の森に行こう。


 そう決断した俺は、平静を装ってレティナの頭から手を離す。


 「レティナ。俺やることあるから、今日遅くなるってみんなに伝えておいて」

 「奇遇だね。私もやることあるんだ」

 「……へぇ」

 「一緒に行こ?」


 手を差し伸べてくるこの状況は、いつもなら嬉しいはずなのに、今日に限っては全くそう思わない。

 正直な話、拠点にずっと籠っていてくれと思っている。


 「……はぁ、分かった」


 ため息をつきながら返答をした俺は、レティナの手を握る。


 不思議だ。

 なんだかんだ思っても、俺よりも小さなこの手を握ると、安心してしまう。


 レティナも同じなのか少しだけ表情が柔らかくなった気がした。

 目的地を言葉にしていないのに、同じ方角に足を進める。

 南の森に着いたらこの手を放さなければならない。

 そして、この一週間が過ぎるまでは、もうレティナと触れ合うことはないだろう。

 そう感じた俺は、名残惜しさを残さないようにレティナの手をぎゅっと握るのだった。


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