第144話 新たな情報
「それで? わざわざ空いた時間を作り、私自らの足で森へと出向いたにも関わらず、ここに引き返してまで話したかった内容は、さぞ耳寄りな情報なのだろうな?」
ギルドマスター席に座りながら、微笑んでいるマスター。
これは完全に怒っているな……
机を小刻みにトントンと指で叩いているマスターの笑顔は、レティナやマリーのような凄みを感じる。
「もちろんです。安心してください」
「ふむ。では、聞かせてくれたまえ」
「えっと、もうすぐ<三雪華>も到着するはずなので、その時に……」
あの人たち、早く来てくれないかな……この空気俺にはきついよ……
俺は不安を取り除くべく、黙って隣で座っているミリカの手を握ろうとした。
が、マスターの目の前でそんなことしては、ただでさえピリついているマスターが、もっとピリつくことになるかもしれない。
俺はそっと浮かせた手を膝に置く。
すると、コンコンと扉のノック音がこの部屋に響いた。
「誰だ?」
「ローゼリア・クライスナーですわ」
「早く入れ」
「は、はい」
少し動揺した声色で返事をしたローゼリアは、エクシエさんとルイスさんと共に入室する。
はぁ……良かった。思った以上に早く来てくれて。
安堵する俺とは違い、ローゼリアはマスターの表情を見て、ぎょっとした表情を浮かべた。
ルイスさんもマスターがとても不機嫌なことに気づいたのだろう。
苦笑しながら、俺の対面のソファに座った。
エクシエさんは……まぁ、言わずもがな無表情だ。
「ちょっと、レオン」
小声で俺を呼ぶローゼリア。
「マスター大変怒ってらっしゃるけど、本当にここで話す理由があったんでしょうね?」
「当たり前だよ。じゃなきゃ、ここまで来ないって」
「なら、いいですけど……」
「おい、何ひそひそと話している」
「ひっ、す、すみません」
誰もが尊敬するSランク冒険者のローゼリア。
そんなローゼリアでも、マスターがこんなにも怒っているのは想像していなかったのだろう。
怯えているのが、ローゼリアのくせに少し可愛く感じる。
「じゃあ、<三雪華>も集まったことなので、話していきますね」
「うむ」
出来るだけ分かりやすく伝えよう。
そう心がけた俺は話を切り出す。
「あの増殖した樹木の正体が分かりました。あれは、”可変魔法”で形成されている樹木です」
「可変魔法? ……ふむ。知らぬ魔法だな」
「そうだと思います。自分も知ったのはつい最近の出来事でしたので。あらゆる物体を全くの別物に変えることができる魔法、それが可変魔法です。木の枝にその魔法を掛け、まるで樹木が増えたように見せかけていたんですよ。そして……俺にはその魔法を扱える者に心当たりがあります」
「……それは誰だ?」
「……マリン王国の城で住み着いていたフェルとポーラという人物です」
マスターが顎に手を添えて、考え込んでいる。
現状二人のことをマスターが知っているのか定かではないが、俺は言葉を続ける。
「増殖した樹木を形成したのはおそらくあの二人の仕業。ですが、予想するに二人は無理やりスカーレッドの命令を聞いている可能性が高い。マスターには言ったかもしれませんが、マリン王国でスカーレッドと対峙していた時、割り込んできた青仮面が言っていました……任務完了したと」
これは<月の庭>まで戻る帰り道で思い出したこと。
あの時はその言葉の意味が分からなかったのだが、この状況になって考えてみれば、簡単に結びついた。
スカーレッドがマリン王国に現れたのは、やはりルキースの暗殺ではなく、おそらくフェルとポーラを連れ去ることだったと。
「……ん? レオン、一つ疑問があるのだが」
マスターが怪訝な顔で俺を見る。
「その二人は城に住み着いていると言ったが、何故いなくなったことをマリン王国側は、こちらまで連絡してこないのだ? 私は国からも、もちろんリリーナからもそんな報告は聞いていないが?」
俺が何も知らなかったら、俺もマスターのようにそう疑問に思っていただろう。
だが、マリン王国から音沙汰がない理由を俺は知っていた。
「それはですね。タイミングよくあの二人は”家出”をしようとしていたからですよ」
「……家出?」
「内容は簡潔に述べますが、二人は父親と別に暮らしていました。その父親と暮らすために、城から出ようと考えていたんです。それも直近の話で。家出の話はもちろんマーゼ王妃が知っていたので、こちらまで情報が回って来なかったというのもそれが原因でしょう」
「な、なんだそれは……明らかに狙って連れ去っているではないか」
「そうかも……しれないですね」
俺は言葉を濁しながら答える。
フェルとポーラの家出を知っているのは、あの場に居た俺とミリカ、マーゼ王妃とおじさんだけなのだが、聞き耳を立てていた者や二人が別の誰かに相談していたというのなら話は別、というか、それしか考えられない。
スカーレッドが連れ去ったあの日が、フェルとポーラの家出も相まって、偶然に騒ぎを起こされなかったというのならば、奴は神に好かれ過ぎている。
「それで? どうすればいいと考える?」
「まず、マーゼ王妃に伝魔鳩を送ってください。できれば、今からで。内容はフェルとポーラが連れ去られたという点と、まだ確信には至りませんが、城内部にスカーレッドの手の者が潜んでいる可能性があるという二点」
「ふむ、分かった。少し待っててくれ」
「はい」
マスターが引き出しから手紙を取り出すと、おもむろに書き始める。
こういうのはきっと国に報告してから行うことだろう。
俺の情報に誤った点はないか、慎重に吟味してから伝魔鳩を送れば、何かあった時にマスターの首が飛ぶことはない。
信頼を寄せているから、迷うことなどない。
そう口に出さなくても伝わるマスターの姿に、少し照れくさいながらも感動をした。
俺が口にした内容を書き終えたのか、マスターは机の上にある伝魔鳩にその手紙を置く。
すると、防御結界に包まれた手紙はマリン王国に向けて飛んで行った。
「城に辿り着くのは、二日程掛かるだろう。その時までに全て終わらせられたらいいのだが……」
「そうですね」
一通りに話し終えた俺は、気を楽にしてソファの背もたれにもたれかかる。
すると、正面に座っていたローゼリアが口を開いた。
「レオン。内容は分かりましたけど、別に騎士団が側に居てもよろしかったのではなくて?」
「うん。まぁ、そうなんだけど、騎士団が居ると話が進まなそうだったから……」
ローゼリアに釘を刺されたからと言って、横槍を入れられないとは限らない。
それほどまでに、俺はあいつらを信用してないのだ。
「まぁ、それもそうだな」
マスターがうんうんと頷く。
「騎士団に話すかどうかは、マスターに任せますよ。ただ、フェルとポーラを救い出したとしても、騎士団に絡まれるということは避けたいです」
「救い出す……か」
もう生きていないと言いたいのだろうか。
マスターは物憂げな表情をする。
「生きてますよ。必ず」
「何故分かる?」
「……」
「スカーレッドは不必要な殺しをしないと信じているから……そうですわね?」
ローゼリアがそう言って。俺を見つめる。
「そうだよ」 と言っても、また 「根拠は?」 と聞かれるかもしれない。
だから、俺の回答は無言だ。
「ふむ」
「はぁ……まぁ、いいですわ。レオン。他に何かありますこと?」
「う~ん、今のところ分かったのは、それくらいかな」
「では、わたくしたちのやるべきことは変わりませんわね。可変魔法で増えた樹木を消し、スカーレッドの住処を見つける」
「あぁ。そうだね」
「エクシエもルイスもそれでいいわね?」
「うん。僕もそれでいいと思うよ」
「……」
「エクシエ?」
「……現状はそうするしかない」
二人の言葉を聞いたローゼリアは立ち上がる。
「では、話も終えたようですし、わたくしたちは行きますわ。時間がもったいないですしね」
「うむ。分かった。何かあれば報告するように」
「分かりましたわ」
ローゼリアはそう返事をすると、スタスタとギルドマスター室から出ていく。
それに続いて、ルイスさん、エクシエさんがローゼリアの後を付いていったのだが……
エクシエさんまだ話したいことあったのかな?
俺の顔をちらりと見ただけで何も言わずに退出していったが、あの表情は何か引っかかるものを感じている様だった。
まぁ、もし何か分かれば拠点まで来てくれるだろう。
その後、マスターとミリカの三人で少しばかり会話をした。
内容は増殖した森の詳細な位置と、ミリカと調査する場所が被らないように、どの森から回っていくかということだった。
そして、ある程度話が纏まったところで、俺はミリカより先にギルドマスター室から出ていった。
理由はネネのいる花屋に向かう為。
もう二度と訪れることはないと思っていたが、流石にフェルとポーラも関係しているようでは見過ごすことが出来ない。
やりたくはないが、多少痛めつけても全てを吐かせるつもりで、花屋を訪れたのだが……
ネネは一足先にもう逃げたようだった。
おばさんから、 「あの子は長旅に出掛けた」 と伝えられ、その表情や声色から嘘を言ってるようには思えなかった俺は、仕方ないと割り切った。
色々と甘かったのは自覚している。
もしも最初にネネを拠点に連れ帰っていたのならば、もっと早くにスカーレッドの住処が分かっていたかもしれない。
ただ、不思議と後悔はなかった。
罪に大きいも小さいもないと考えてた俺が、こんな気持ちになるのもおかしいかもしれない。
でも、ネネが長旅と言ったのなら、まだ時間はあるはずだ。
何も抵抗しないネネを連れ帰るより、青仮面を付けているネネを見つけ出して、吐かせるのが一番納得いくやり方ではある。
まぁ、その時にきっとスカーレッド本人もいるとは思うが。
そう気持ちを切り替えた俺は、おばちゃんと別れた後、結局東の森がどうなったかを確認してから家路についたのだった。




