第142話 東の森②
マスターが放った開始の合図と共に、魔術師たちが樹木に向けて、各々の炎魔法を放つ。
その魔法が樹木に当たった拍子に、パリンッパリンッと何かが割れる音がする。
すると、
「ど、どういうことだ!?」
その様子をじっと見ていた一人の冒険者が声を出した。
俺も事態の把握に追い付かずに、ただただ目の前の奇妙な現象を見ることしかできない。
魔法は何の変哲もない樹木に直撃した。
それは俺が視認したので紛れもない事実だ。
そして、そのまま樹木が燃え上がる……と思っていた。
だが、この状況は一体どういうことだ。
俺の予想とは大きく違い、何かが割れる音と共に樹木自体が消えた。
そう、消えたのだ。
まるで、最初から樹木なんてなかったかのように。
「ごしゅじん」
ミリカに呼ばれ、はっとする。
思考に更けてばかりでは、何も分からない。
「マスター。少し時間をくれませんか? これは調べる必要があります」
「う、うむ。そうだな。 皆、聞こえていたな? 一旦作戦は中断とする」
マスターの言葉に、頷く冒険者たち。
だが、騎士団は先程のこともあってか、不満気な表情をする。
「深淵だけで調べると言うのか?」
「はぁ……別にあんたたちも勝手にしたらいい。ミリカおいで」
こいつに構ってると碌なことはない。
とことこと寄ってくるミリカと一緒に、俺は消えた樹木の側へと近寄る。
やはりと言うべきか、樹木の周辺には特に変わった点は見られない。
視界に入るのは、自然の草と魔法によって燃えている木の枝のみ。
「ミリカ。この辺って全部が増殖した森になるの?」
「全部じゃない。ただ、ほとんどは増えた木」
「なるほど」
辺りを見渡しても、どの樹木が増えたかなんて俺には一切分からない。
ミリカって本当になんでも知ってるなと思いつつ、俺は思考に更ける。
昨日見た扉には隠蔽魔法。
先程の樹木はおそらく幻影魔法の幻。
その二つを行使できる魔術師がいる可能性がある。
どちらでも行使するのが難しい魔法にも関わらず、俺やミリカが見破れない程の高度な魔法。
スカーレッドやネネ以外にも、警戒すべき者がいるのだろうか。
「ごしゅじん。どうする?」
ミリカが樹木を手で確認しながら聞いてくる。
「う~ん、とりあえず全部消そうか。これがどんな理由で作られたかなんて分からないけど、消えればきっとスカーレッドたちが困るものだと思うから」
「把握した」
ミリカが短剣を取り出したかと思えば、次々と樹木を斬っていく。
「おい! 深淵! 何をやらせている!?」
「見ての通りだよ。とりあえず、全部消すことにした」
「貴様っ! 何か証拠になりうるかもしれないのだぞ!」
「はぁ、うるさいな。いちいち怒鳴るなよ」
スチーブの言動には、今は亡きルキースと同じものを感じる。
「はぁ……これがルイスさんだったらどんなに良かったか……」
「ん? 呼んだかい?」
不意に背後から聞こえてきたその声に、俺は思わず身体を震わせた。
「……いつの間に居たんですか?」
恐る恐る振り返ると、ルイスさんの他にもエクシエさんとローゼリアが。
気配を探ってなかったにしろ、あまりにも心臓に悪い。
「少し前からかな。僕たちも実はマスターに呼ばれてたんだよ」
「なるほど。つまり遅刻をしたと……」
「聞き捨てならないわねレオン。わたくしたちが参加をするのなんて自由ですわ。ねぇ、エクシエ?」
「……」
大きな胸をぎゅっとエクシエさんに押し付け、満足そうな表情をするローゼリア。
確かに来なかったらギルド条約違反にする、という強制的な伝魔鳩ではなかったっけ。
それにしてもエクシエさん大丈夫かな……ローゼリアは男性よりも女性の方が好きみたいだし、普段獣のように襲われてなきゃいいけど……
「何かとても失礼なこと考えているように見えますが?」
「い、いや、勘違いだよ。気にしないで」
女の勘というのはどうしてこんなのも鋭いのだろう。
俺の対抗策は笑顔を取り繕うことだけだ。
そんな時、
「ローゼリアお嬢様。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
スチーブが膝を地面に付け、まるで聖騎士のような振る舞いで頭を下げる。
何だこいつ、俺との対応の仕方がまるで別人じゃないか。
いくらローゼリアが大貴族の令嬢だからって媚び売りすぎだろ。
「はい。スチーブもう下がって良いですわよ?」
「は、はい?」
「だから、もう下がって良いと言っているのです」
「ロ、ローゼリアお嬢様……何か怒ってらっしゃいますか?」
「怒ってる……? 当たり前でしょう。貴方、わたくしたちに泥を塗ったことを自覚していないのかしら?」
「ど、どういうことですか? 私は何も……」
貴族というのは大きければ大きいほどその権力は絶大だ。
多大な税を国に支払っており、その税で生きていく貴族たちにとっては、頭を上げることができない存在である。
その世界の構図が目の前で起きている。
「ずっと見ていましたわ。貴方の態度。それに他の騎士たちのことも」
「っ!」
「……わたくし言いましたわよね? レオンはこの件に加担していない。疑ったことを怒らないばかりか、わたくしたちに協力を申し出たと」
「……」
「その相手に貴方はなんておっしゃいましたか? この場で頭を地面に付けて詫びろ?」
「……も、申し訳……ございません」
プルプルと震えているスチーブは、怒りで震えているのか、自分の犯した過ちを後悔しているのか分からない。
ただ、一つ言えることは因果応報だということ。
「別に帰れと言ってるわけじゃありませんわ。この場はわたくしたちに任せて、下がりなさいと言っているのです」
「は、はい。承知しました」
スチーブは立ち上がり、とぼとぼと下がっていく。
その後ろ姿には、スカーレッドの件が終わるまで、もう今までのように噛みつかないという意思が感じられた。
「ありがとう、ローゼリア。これで大分楽になったよ。それにスッキリしたし」
「べ、別に貴方の為ではありませんわ。勘違いしないでくださいまし」
「ローゼリアは怒りに震えていた。レオンと……少女のことで」
「エ、エクシエ。黙りなさい」
「レオン君。ローゼリアは怒りっぽいけど、悪い奴じゃないんだ」
「知ってますよ。最初から」
「ふ、ふん。もう勝手に言ってなさい」
国に認められたSランク冒険者に、性格に難ある者など一人もいない。
それは俺自身が重々承知している。
でも、あのローゼリアが怒ってくれた。
それだけで俺の頬は無意識に上がってしまう。
「……その顔いつまでもするというのなら……氷漬けにしますわ」
ふむ。
これは本気の顔だ。
俺はそう思い、表情を元に戻す。
「ごしゅじん。終わった」
そうこうしてる間にミリカは全ての樹木を消し終えたのか、俺の隣で上目遣いに見上げる。
この状況でミリカが何をしてほしいかすぐに察した俺は、優しく頭を撫でた。
「ありがと。ミリカ」
「んっ」
「レオン。誰? その可愛い子?」
ローゼリアが不思議そうな顔をしながら、ミリカに近寄ろうとした。
し、しまった。ミリカのことはマスターにも知られていない。
だが、このままローゼリアを近づけさせれば、何か良くない気がする。
瞬時に思考を回し、まずマスターをちらりと見る。
マスターは騎士団と他の冒険者に手一杯のようで、幸いこちらを見てはいない。
ならすることは、一つ。
俺はミリカを抱き寄せ、ルイスさんの身体でマスターの視界からミリカを隠すような位置取りを取る。
「きゃっ、ご、ごしゅじん?」
「ローゼリア。それ以上近づかないで」
「え?」
「ミリカ、大丈夫。ローゼリアに疚しいことはさせないから。安心して」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいまし。わたくしがいつ疚しいことをしたと……」
「久々に会った時、エクシエさんの太ももを撫でてた。それにレティナにも。さっきだってエクシエさんに胸を押し付けていたじゃないか」
「……ちっ」
え? 今舌打ちした!?
仮にも君、大貴族の令嬢様だよね?
どれだけミリカに触れたかったの……
「貴方とそこにいるミリカという者の関係性を理解した」
「え?」
俺は突然のエクシエさんの言葉に間抜けな声を出す。
この一瞬で理解しただなんて……凄すぎるだろ。
「エクシエ。ちなみに聞いてもいいかしら?」
「単純な事。レオンのことを”ごしゅじん”と言ってる点から、予想される結論は……」
ごくりとつばを飲み込む。
完全にもう確信している瞳だ。
できることなら、マスターに話さないでほしいけど……
「二人はそういうプレイをしている」
「へ?」
「私には理解しがたいが、レオンがどのような趣味を持っていても私は軽蔑などしない」
い、いや、そんなに優しく言われても……エクシエさん違いますよ?
「……これだから男は嫌いですわ」
「レオン君……その……なんだ、君は顔が知れ渡っているんだから、ほどほどにね?」
……うん。流石にこれはもう降参だ。
ローゼリアはあからさまに軽蔑してるし、ルイスさんは苦笑いを浮かべている。
このままでは隠し通すよりも大事なものを失ってしまう。
「はぁ……マスターには内緒にお願いします。実は……」
俺は的外れすぎるエクシエさんの言葉に肩を落としながら、ミリカとの関係性を教えるのであった。




