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第141話 東の森


 少女の村が見えてきた。

 もう歩いていけば数分で着く距離だ。

 ここまで来ても、俺は周囲の警戒を怠らない。

 俺だけならまだしも今は少女がいる。

 気の緩みが一番危機に直結するということを、俺は学んでいた。


 すると、あるものに目が引かれる。


 「ねぇ、あれって何?」


 村の近くにある小川。

 その(ほとり)にある洞窟に指を差す。


 「あー、あれは水神様が祀られてある洞窟です」

 「水神様?」

 「はい。水神様は村の守り神のようなものです。昔この村が飢饉に襲われた際、人間を哀れんだ水神様が、大雨を降らし小川を作ってくれたと言い伝えられています」

 「へぇ~」


 王都から割と近いこの村を訪れるのは、これが初めて。

 だから、その言い伝えももちろん初めて耳にした。


 ここの神様はお供え物とか必要ないのだろうか。


 洞窟の前には、人間の腰の辺りまである柵が建てられている。

 大人は乗り越えることができるが、幼い子供には絶対に無理だろう。

 子供が見てはいけない風習とかあるんだろうか?


 思考に更けながら、歩みを進めていると、


 「カレン!!」


 そう叫ぶ女性の声が聞こえた。


 「っ! お母さん!」


 村の入り口立っている女性の元へ駆け出していく少女。

 女性は本当に心配していたのか、目に涙をためながら、駆け寄ってきた少女を名一杯に抱きしめた。


 「はぁ……良かった。本当に良かった」

 「お母さん、心配かけてごめんなさい」

 「いいのよ。こんな時間まで……お姉ちゃんを探していたの?」

 「っ……お母さん。あのね……お姉ちゃんが……っ……」





 少女が話し始めてから、数十分程だろうか。

 俺は辛い現実から視線を逸らし、じっと待っていた。

 そんな俺に落ち着きを取り戻した二人がやって来る。


 「レオンさん。娘をここまで送ってくれて、ありがとうございます。何かお礼をしたいのですが……」

 「いえいえ、それは不要です。成り行きでここまで来ただけですので」

 「でも……」

 「本当に気にしないでください。今はその……心の整理がつかないと思いますので、俺なんかに構わず、そちらの娘さんと一緒に居てあげてください」


 女性は俺の言葉にこくりと頷く。


 もうこれでとりあえずは一安心だ。


 そう思った俺は、言葉を続ける。


 「では、俺はもう戻りますね」

 「は、はい。本当にありがとうございました」


 女性の言葉を聞き、俺は踵を返す。


 今からまた一時間掛けて帰らなくてはいけない。

 ただ、憂鬱な気分にはならなかった。

 気がかりだった少女が無事に家族に会えたことを見守れたのだ。

 それを考えれば、これからの一時間など大したことはない。


 「レオンさん!」


 少女の声が聞こえ、振り返る。


 「私……頑張ります。レオンさんの恩を仇で返さないように!」


 その言葉には何とも言えない力強さがあった。

 もう拠点に訪れた時のような何もかも絶望している少女ではない。

 その事が嬉しくて俺は笑顔を浮かべた。


 「うん。あんまり無理しちゃダメだよ」

 「はい!」


 その返事を聞いた俺は再び歩みを進める。


 拠点に帰ったらすぐに寝よう。

 今度はきっと一瞬で眠りにつけるはずだ。


 一つ悩み事を解消できた俺は、軽い足取りで帰路に就くのであった。












 ……じん








 …………しゅじん




 なんだか声が聞こえる。

 それに身体が揺さぶられているように感じる。


 「ごしゅじん。おきて」


 鮮明に聞こえたその声に俺はゆっくりと瞼を開けた。


 「……ミリカ? おはよう」

 「おはようごしゅじん。もうすぐお昼」

 「え!?」


 がばっと起き上がった俺は部屋の置時計を見る。


 うわっ……やってしまった。


 昨日の疲れによるものだろうか。

 置時計の針は午前十一時を指している。

 今日も朝から調査をしようと思っていたが、仕方ない。昼からにしよう。


 「ごしゅじん。伝魔鳩(アラート)来てる」

 「ほんとだ」


 膝の上で浮いている伝魔鳩(アラート)に気付き、そっと触れる。

 防御結界が弾けたのを確認して、俺は一通の手紙を開いた。


 <レオン・レインクローズ。本日の午前十一時から東の増殖した森へ来るように。そこで昨日君が提案したことを実行する>


 ふむ。なるほど。

 ……とりあえずどういった言い訳を述べようか。


 「ごしゅじん。遅刻」

 「う、うん。まぁ……こういう時もあるよね」

 「ミリカも遅刻」

 「え? ミリカも呼ばれてたの?」

 「うん」


 寝過ぎた俺が一番悪い。

 それは自分自身分かっていることだ。

 ただ、一つ言いたいことがある。

 なんでもっと早くにミリカは起こしてくれなかったのだろう……


 そう疑問に思う俺は表情に出ていたのだろう。

 ミリカは俯きがちに言葉にする。


 「ごしゅじん、疲れてた。もっと寝てほしかった」


 ミリカは何も悪くない。

 それなのにあまりにも申し訳なそうな表情をするので、俺は安心させるように頭を撫でた。


 「ありがとう、ミリカ。おかげでもう少しも疲れてないよ」

 「ほんと?」

 「うん。マスターのことは俺に任せて。ミリカだけでも怒られないようにするから」


 東の森は急いで行けばすぐに到着できるだろう。

 ミリカを一度部屋から出て行かせ、俺は身支度を整える。


 今頃冒険者たちは、森を燃やしているのだろうか。

 俺たちが到着した頃には、時すでに遅しということも十分にある。

 なんとか間に合わないかな……


 そうして身支度を整え終えた俺は、自室を出てミリカと共に急いで東の森へと向かった。




 「ねぇ、ミリカ。どうすればいいと思う?」


 樹木の裏に隠れる俺は少し震え気味な声で、ミリカの返答を待つ。


 ミリカに案内されて、東にある増殖した森に着いたはいいが、まさかこんな状況になっているとは思いもしなかった。


 冒険者たちは見る限りざっと十名程はおり、各々で待機している。

 冒険者たちだけならまだ良かったが、騎士団も同じように待機しているのだ。

 その中には、ルキースの代わりに新しく第一騎士団隊長となったスチーブの姿もある。

 これだけでもめんどくさすぎるのだが、それよりももっと動揺してしまう人物が居た。


 「ルーネに謝る。それが一番」


 そう、マスターが居るのだ。

 普段はギルドマスター室に籠りっぱなしで、外に出ている姿なんて滅多に見ない。

 それなのに、どうして俺が寝坊した時に限って重い腰を上げたのだろう。


 「はぁ……」


 色々とタイミングが最悪すぎると思いながら肩を落とす。


 素直な気持ちを言えば、帰りたい……だ。

 マスターに頭を下げるのは、もちろんその通りだと思う。

 ただ、あの場には俺の嫌いな騎士団が居る。

 俺の不甲斐ない姿を見れば、彼らは笑って広めるだろう。

 もうそういう噂が広まったところで、俺自身気にはしないが、拠点のみんなは違う。

 きっと依頼さえ後回しにし、噂の火消しの為に動いてくれる。

 それは昔に一度体験したことで、とても申し訳ない気持ちになったのを今でも覚えている。


 となると、今回は上手く言い訳をし、この場を乗り切るしかない。


 樹木の裏に隠れていた俺は、ポーカーフェイスを装い、歩き出す。


 「あっ、ごめん。みんな待たせたね」


 そう声を発すると、皆の視線が俺に移る。

 すると、


 「っ! 深淵! 貴様遅れた身でなんだその態度は!」


 スチーブが腰を上げて俺に食って掛かった。


 ここまでは大方予想通りだ。


 「いや、少し急用があってね。そっちを先に優先したんだ」


 言い訳というよりかは、嘘で誤魔化そうとした俺にマスターが口を開く。


 「ふむ。まぁ、いい。レオン……っとなんだミリカも一緒だったのか」

 「そう」

 「よし、では皆が集まったのでーー「ちょっと待て!!」


 マスターがいい感じに流してくれたと思った矢先、スチーブが声を張り上げる。


 「それだけで済まそうだなんて、我々を馬鹿にしているのか?」

 「そうだ! そうだ!」

 「スチーブ隊長の言う通りです!」


 騎士団が皆、スチーブに便乗して声を上げる。


 「深淵、我々の貴重な時間を使ったのだ。貴様、この場で詫びろ。もちろん頭を地面に付けてな。そうしたら、許してやらんこともない」


 口角は上げながら、俺の目の前に来るスチーブ。


 はぁ……めんどくさい。

 だから、騎士団は嫌いなんだ。

 昨日もこいつらは少女に……少女に…………


 昨日の事を思い出し、どっと黒い感情が押し寄せた。


 「……まず、俺が遅れてきたのは申し訳ないと思ってるよ。それとは別にさ、聞きたいことがあるんだけど?」

 「貴様、話を変えるな!」

 「昨日、<月の庭>で泣いていた少女を連れていって、話を聞いた騎士は誰?」

 「貴様っ!」

 「誰?」

 「っ!」


 俺は闘気を極限まで開放する。

 目の間に居たスチーブはたじろぎ、他の騎士団は腰を抜かした。


 「あの子さ、言ってたんだ。お姉ちゃんは”役に立った”、お姉ちゃんの死は”価値のあるもの”だったって、君たちに言われたって」

 「そ、その通りではないか! 現に今我々はスカーレッドを追い詰めている!」

 「……お前……人の心無いの?」


 (殺せ。)


 そう告げる黒い感情を何とか抑える。

 ルキースが亡くなり、必死な思いで少女に話を伺ったことを責める気ではない。

 ただ、俺が不快に思っているのは、どうして大切な人が亡くなった悲しみを共感できる者が、そんな事を言えたのかということだ。

 本当に理解に苦しむ。


 「き、貴様……」


 言い淀んでいるスチーブに、一人の冒険者が口を開いた。


 「なーんだ。レオンさんはその子に付き添ってあげてたのか」


 ……ん? いや、そんな事は……


 「騎士団ってやっぱり最悪ね。反吐(へど)が出るわ」

 「昨日俺、現場を見たんだけどよ。あの子ずっと泣いてたんだ……そんな子になんてこと言いやがる。もう帰れよ、お前ら」

 「騎士団は女の子の心に傷を負わせるのが仕事なんでしょうか? それならその存在自体いらないですね」


 冒険者たちがスチーブに向けて、軽蔑した眼差しを送っていた。

 その状況に俺の黒い感情はすっと消える。

 少女の気持ちを考えれば一発ぶん殴りたいところだったが、それをしてしまえば俺が捕まるだけであった。

 ただ、冒険者たちが騎士団をこんなにも罵倒してくれて、少しだけスッキリとした気持ちになる。


 「ごしゅじん。やっぱり最強。言い訳の天才」

 「ミリカは少し黙ろうね」


 別に言い訳のつもりで言ったわけじゃないし、それは少女に失礼だ。


 そっとミリカの口を押えていると、マスターがぱんぱんと手を打った。


 「皆、落ち着きたまえ。言いたいことは色々とあるだろうが、今日は一つの目的のために集まってもらったのだ。もうその辺で切り替えてくれ」


 流石は<月の庭>のマスターだ。

 その一言で、全員が黙る。


 「では、始めよう。もう準備できてるな?」


 各々がこくりと頷く。

 もう作戦は伝えてあるのだろう。

 もちろんミリカにも森を燃やすかもしれないということは俺から告げてある。


 魔術師たちが樹木と向き合ったことを確認したマスターは、


 「では、やれ!」


 と開始の合図を告げるのであった。

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