第11話 参戦
朝になって目が覚める。
指導三日目にして、あまり外に出歩かない俺は少し疲れたのか熟睡していたようだ。
「ふぁああ〜」
大きく身体を伸ばして気持ちのいい朝を堪能する。
「……今日は何か考えなくちゃいけなかったんだけど……何だっけ?」
俺は顎を触って思考に耽る。
えっと、昨日は大楯の彼が指導に不満を感じて、抜けていった。
そして、その彼の行動にシャルは少し悲しんでいた。
後は、シャルとセリアが俺を円から………っ!!
「……もう一度寝ようかな」
思い出したはいいものの、少し憂鬱な気分になった俺は再びベッドに背中から倒れる。
剣術は教えられるが、魔法となると話は違ってくる。
どうしようかな……
今日の指導内容を考えようとしたその時、
「レンくん、おはよぉ〜」
隣から間延びした声が聞こえた。
ん? 幻聴かな?
この拠点には俺一人しか今は居ないはず。
だって、<魔の刻>のメンバーは全員俺を置いて旅に出たはずだ。
それなのに……レティナという救世主がタイミングよくここに居るわけがない。
だから、これは幻聴に違いない。
「ふっ。遂に俺もここまで来たか……まさか幻聴とはね」
「ん? 何の話してるの〜?」
「えっ!?」
隣を見て驚愕する。
幼い頃から見てきた綺麗な瑠璃色の髪を、色っぽく耳にかけて俺を見つめている女の子。
染み一つない人懐っこい顔は、俺を安心させる魔法の様に感じた。
「レ、レティナ!?」
「ただいま。レンくん」
旅に出たはずのレティナが俺の顔を見て微笑む。
「な、何でいるの?」
「レンくんがもうそろそろ困ってるかなって」
流石レティナだ。俺のことならなんでも知っている。
でも、まだレティナが旅立ってから二日しか経っていない。
あまりにタイミングが良すぎる気がする。
まるでどこかで見てたかのよ……うな……っ!
俺はごほんっと一つ咳払いをしてから、レティナに優しい口調で話す。
「レティナはさ、俺に嘘は吐かないよね?」
「え? もちろんレンくんに吐くはずないよ?」
「じゃあさ……鷹の目で俺たちのことを見てたとか……ないよね?」
鷹の目とは索敵用の無属性魔法だ。
空から地上を見て取れるその魔法は、魔力が有れば誰でも扱える。
ただ、無属性魔法の割に扱いが難しい為、行使できる魔術師はパーティーには重宝される魔法であった。
「見て……ないょ……」
完全に嘘を吐いているレティナを責めはしない。
だって……この時点で俺の前にいるってことは……
「手伝ってくれるよね? レティナ」
「も、もちろんだよ! その為に帰ってきたんだもん!」
「うん、そーだね。近くの宿屋なんかで泊まってないもんね。遠方から帰ってきた次の日に、指導は大変だろうけど頑張ろうか」
「う、うん……」
無理矢理のように首を縦に振らせた俺は、レティナと一緒に朝食を食べ、少しゆっくりしてから拠点を出るのであった。
昨日と同じ時間に、修練場へと辿り着く。
「おはよう。みんな」
「あっ! レオン……おは……よ……」
俺の顔を見たシャルは、ぱぁっと花が咲いた様な笑顔を浮かべたが、その隣に視点を映したのか、可愛い花はすぐに萎んでしまった。
「あれ? レンくん。何でシャルちゃんが呼び捨てで呼んでいるのかな? ちゃんと上下関係しっかりしてた?」
「いや、俺は別に気にしてないよ。それに敬語じゃなくていいって言ったのは俺の方だから。硬っ苦しいのは嫌だからね」
「ふ~ん、そういうことならいいけど」
納得しているのかしていないか定かではないが、レティナは座っていたシャルを見下ろしている。
「なら、師匠俺も!」
「いや、ロイはダメだよ。俺より強くなったらいいけど」
「えぇーそんなの横暴だー!」
ロイのお陰か少し空気がやわらぎ、一人嘆いているロイにセリアは笑っていた。
「じゃあ、今日からロイは俺と剣の指導。レティナは申し訳ないけど、シャルとセリアに魔法の指導をしてあげて」
「え? レティナさんは白魔法も行使できるんですか?」
「いや? 俺たちのパーティーに白魔法を扱える人はいないよ」
「えっ!?」
「嘘!?」
「ま、まじっすか?」
<金の翼>のみんなは余程驚いたのか、口を開けたまま絶句している。
レティナの方は苦笑を浮かべて、頬をぽりぽりと掻いていた。
「でも、セリア安心して。レティナは白魔法を行使できないけど、俺よりは詳しいから。きっと指導としては最高のレベルだと思うよ」
「は、はぁ……でも、白魔法使いがいないのにSランクなんて……前代未聞ですね」
正直セリアの言う通りだ。
白魔法使いはパーティーにとって、一番と言っても過言じゃない程の重要な役職。
ただ、<魔の刻>のメンバーは補助魔法が無くても戦えるし、治癒に関してはポーションがあるので、あまり必要性を感じなかったのだ。
「じゃあ、レンくんそろそろ始めよ?」
「うん、そうだね。そっちはレティナに任せるとするよ。ちゃんと手加減してあげるんだよ?」
「任せて!」
なんだか笑顔に凄みを感じる。
シャルの方をちらっと様子見すると、ずっと俺を見ていたのか視線が合う。
と同時に勢いよく首を横に振った。
え? どうしたんだ……?
「ねえ、シャルちゃん。指導を始めるから立ち上がって? あーそれと、レンくんに"おんぶ"されて幸せだったかな? まぁ今は関係ないか。ね? レンくん」
「よし! ロイ。俺の言うことを聞け。ここからすぐ離れてあっちの端に行くぞ」
「い、いえっさー!」
俺たちはそそくさとシャルを置き去りにして、指導を始めた。
移動する際、ふと目に映ったシャルの顔が絶望的な表情をしていたが、素知らぬ振りをしたのだった。
心が少し痛いけど、ごめんシャル!
「ロイ、一度闘気を解放してみて」
「はい!」
ロイは闘気を解放する。
俺の指導を受けている成果だろうか、獅子蛇討伐よりも少しだけ強くなっている様だった。
「ちなみに、ロイってどんな技使えるの?」
「わ、技ですか? 闘気を放って斬り込む事が技なら……それっすけど……」
ふむ、なるほどね。
まぁ普通の剣士ならばロイの言う通り、ただ闘気を放って斬り込むだけしかできないだろう。
ただ……
「そっか。じゃあ、今日からは俺に剣で斬り込みながら、闘気の流れを抑制してみようか」
「抑制ですか?」
「うん。ロイは闘気を放つだけでいいと思ってるでしょ?」
「は、はい」
「秘術は力不足だからできないけど、闘気を抑制する事で、属性付与を増やせることができるんだ」
「というと……?」
「ロイが闘気を抑制できれば、通常なら一つしか属性付与できない補助魔法を、二つ三つと組み合わせる事ができる。それができれば、獅子蛇の首も切り落とす事もできるよ」
俺の説明を理解したロイは、武者振るいをさせ始める。
「師匠! 教えてください! 俺絶対にやり遂げて見せます!」
「おお、いい心持ちだ。闘気の抑制を完璧に掴むのは無理だと思うけど、属性付与を増やす事は後数日でできるだろうから、そこまで頑張ろうか」
「はい!」
ロイの目からは興奮冷めやらぬ感情が見て取れる。
やる気があるのは大変好ましい。
俺は真っ直ぐただ目標に向けて走ろうとしているロイを、改めてしっかり指導してやろうと決めたのだった。
あれから数時間指導をしたのち、
「んじゃ、今日の指導は終わりで」
俺はロイにそう言い渡す。
「……はぁはぁ……で、でも師匠……まだ時間が……はぁ……」
「やる気があるのはいいけど、身体を壊しちゃ元も子もないからね。今日はしっかり休んで明日に備えよう」
「わ、分かりました……!」
ロイは闘気の抑制をし続けたせいか、目で見える程に疲労していた。
闘気を抑制するのは、並の努力じゃできる事ではない。
それも俺の闘気に当てられているのだ。
身体がついていかないのも無理はない。
今日の指導が終わった事に安堵した様子のロイは、硬い土の上にそのまま倒れ込んだ。
「じゃあ、ちょっとシャルたちの様子見に行くよ。ロイはそのまま休んでていいから」
「は、はい!」
俺はロイを置いて遠目で指導をしているレティナを凝視する。
えっ? まずい…!!!
「異空間
状況を把握してからすぐに異空間から剣を取り出した俺は、すぐにレティナとの距離を詰める。
これなら全然間に合うな。
そのまま全速力でレティナの元へ駆けて行くと、レティナが行使していた炎の弾を手に持っていた剣で防ぐ。
そして、初級魔法の炎の弾とは思えない大きさのその魔法を、そのまま受け流した。
俺はふぅ、と胸を撫で下ろす。
後ろには地面に這いつくばっているシャルとセリアが居た。
「あれ? レンくんどうしたの?」
炎の弾を放ったレティナは、俺の行動に不思議そうな顔をしながら首を傾げる。
「レティナ、ちょっとやり過ぎかな。悪気が無いのは分かるんだけど……シャルたちはカルロスやマリーとは違うんだよ?」
「えっ……で、でも、模擬戦として私は初級魔法しか使ってないよ?」
「……初級魔法って言っても、レベルが違い過ぎるんだよ。簡単な魔法の束縛で、レティナは獅子蛇を一分間拘束させてたよね? でも、シャルたちは多分拘束さえできない……この意味分かる?」
俺が少しだけ怒っている事に気が付いたのか、レティナは申し訳なさそうに俯いた。
「……確かに言われてみればそうかも。シャルちゃんセリアちゃん、ごめんなさい。寝ていたのは何かの作戦だと思ってたの」
「はぁはぁ……い、いえ……気にしないでくだ……さい……」
「分かっていた事だけど……はぁはぁ……まさか、ここまで差があるなんて……」
二人は心身ともに疲労しているのか、立ち上がれずに肩で息をしている。
「シャルとセリアはレティナに任せるけど、あんまり無理をさせちゃダメだよ?」
「んっ、分かった。二人とも今日はもう辛そうだから、指導はまた明日に回そっか」
「は、はい」
「分かり……っました」
そうして、<金の翼>の三日目の指導は、俺とレティナ以外疲労困憊の状態で終えたのだった。
「それで、今日レティナはどんな指導をしたの?」
拠点に戻った俺とレティナは、夕食のトマトスパゲティを頬張りながら、今日の指導内容について話し合っていた。
「んーとね? シャルちゃんとセリアちゃんの魔力量を上げようと、昔やってた修練をそのまましたよ」
俺は、ふむと思考する。
魔力量は幼い頃から魔法を行使していた者ほど高くなっていくと言われている。
ただ、それは微々たる差だ。
普通に魔法を行使するだけではレティナのようにはなれない。
魔法を放ち、地獄のような魔力不足の影響に耐えながらも、また魔法を放つ。
そうすることでやっと差が生まれていくのだ。
それは常人でも真似できるものではないし、精神が成熟していない幼子なら尚更無理だろう。
そんな修練方法はもちろん今行っても、効果はある。
成長率だけを考えれば、伸びにくいのは事実だが、やるとやらないとでは雲泥の差があるのだ。
「それでどうだった?」
「うん。最初に思った二人のイメージと違って、かなり根性はあるかな。魔力量も増えたし模擬戦出来るかなって思ったけど、まだまだだったみたい」
「そっか。ちゃんと指導してくれて嬉しいよ。ありがとう」
「そ、それでね……?」
「ん?」
レティナは上目遣いで俺を見つめながら、言葉を続ける。
「指導終えたら、ご褒美が欲しいの」
「まぁ俺に叶えられる事なら何でもいいよ?」
レティナからご褒美を強請るなんて珍しい。
正直レティナが居るだけでかなり助かっているので、何でもしてやりたい気分だ。
「あのね? レンくんは嫌だと思うけど……新しいケーキ屋さんにやっぱり二人で行きたいなって」
「えっ? それだけでいいの?」
「うん! それだけで私は満足だよ」
「そんなのご褒美って言わなそうだけど……レティナがそれでいいって言うなら、指導を終えたら二人で行こうか」
やった! と嬉しそうな笑顔を見せるレティナに俺は微笑む。
きっとレティナは、俺が人ごみの多い場所に行くのが嫌だと思っているのだろう。
もちろんそれはそうなのだが、甘いもの好きな俺からすれば、全然苦になるようなお願いではない。
それに最初からあのケーキ屋にはレティナと二人で行くつもりだったので、結果的に無償で指導を手伝ってもらっていることになる。
いつでも誘ってくれれば、行ってあげるよ。
そう口にしようとしたが、毎日誘われたらどうしよう…… という心配が勝り、俺はそこで話を切り替えるのであった。