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第108話 忍び寄る影


 「ふぁ〜」


 小さく欠伸をするリリーナを横目に置時計を見ると、時刻は午前零時をもうすぐ回るところであった。


 「リリーナ眠そうだね。時間も時間だから、俺はもう帰ることにするよ」

 「い、いや、別にそういうわけでは……」

 「でも、明日も早いよ?」

 「……むぅ」


 朝何時から仕事をしていたのか分からないが、今日はここらが潮時だろう。


 「明日からまた一ヶ月あるんだ。時間は沢山あるし、聞きたいことはその時に聞かせてあげるよ」

 「でも、その時はもう……二人っきりじゃ……」


 顔を背けて、ボソリっと口に出すリリーナ。

 一般人には聞き取れない声量だが、生憎俺はその一般人でない。

 どう切り返そうかと迷い、顎を手で触れて思考に耽る。


 (じゃあ、もう少し話そうか)


 そう言えば、リリーナはもっと俺の話を聞きたがるだろう。それこそ、何時までになるか分からない。

 話がいい感じに終わったとしても、再び帰ろうとすれば同じことの繰り返しになるのは分かりきっている。

 それなら、いっそのこと聞かなかった振りをして、強引にリリーナを納得させた方がマシだ。

 明日は朝から早いし、それがお互いの為でもある。


 よしっ。そうしよう。


 「リリーナーーっ!?」

 「? どうした? レオン」

 「……」

 「レオン……?」

 「……静かに」

 「……?」


 リリーナは首を傾げて俺を不思議そうに見つめる。

 きっと気づいていないのだろう。

 

 ……扉越しに伝わる人の気配を。


 この気配は明らかに城に住んでいる者ではない。

 何故なら、自分で抑えていようとも俺には分かるのだ。殺気という害意が。


 人を殺そうとする場合でも捕縛する場合でも、人は何かしら感情の起伏がある。

 それを無いモノとして扱う人は俺が出会ってきた中で、ただ一人。ミリカしかいない。

 昔は殺す瞬間に殺気が溢れ出していたのだが、今のミリカはその殺気ですら微塵も出すことはない。

 そんなミリカと比べたら扉越しにいる者が、手練れではない者だと一瞬で分かった。


 「リリーナ……耳貸して」

 「……?」

 「いいから早く」

 「あ、あぁ」


 小声でリリーナを呼び、耳元で囁く。


 「声を出さないでね……扉の前に三人。暗殺者かそれに似た者が居る」

 「っ!?」


 俺の言葉に余程驚いたのか、リリーナの身体がびくりと震えた。


 「だから、目を瞑って耳を塞いでいてほしい。すぐに終わらせるから」


 ドッドッドと黒い感情が溢れ出す。


 リリーナを抹殺しに来たのだろうか。

 理由は? 目的は?

 ていうか、城の騎士は何してるんだ? 無用心にもほどがあるだろ。


 コクコクと頷いたリリーナは、俺の言う通りに瞳を閉じる。


 俺がいなかったら……今頃リリーナは……


 そんなことを思うと、


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情が大きくなるのを感じた。


 それをなんとか抑えながら、俺は立ち上がり腰に携えていた剣を抜く。


 扉は壊さない方が……いいか。

 この距離なら扉を一瞬で開き、三人を処理……いや、一人は残しておこう。二人処理すれば……どうせ残りの一人は目的を吐いてくれる。

 吐いてくれなかったら……指から……そして手を一本ずつ斬り落とそう。

 足含めたら……合計十四回はチャンスがあるんだ……それまで持つかな?


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 うるさいな。分かってるって。


 黒い感情が叫び続けているのを聞きながら、俺は扉との距離を詰める為に地面を蹴る。

 そして、瞬時に扉を開け、反応すらできていない一人の首を斬り落とした時であった。


 「ひぃっ」

 「な、なに!?」


 まるで時間がゆっくりと流れていくかのように一人の首が地面に落ちる。

 その顔には見覚えのある物が付けられていた。


 顔に……白い仮面を付けているのだ。

 驚愕している二人にも、もちろん同じ仮面が。


 「……やっぱり残してあげる」

 「く、くそ!」


 短剣を俺に突きつけようとする一人の手首を押さえて、静かに言い放つ。


 「もう一度言うね。君たちは残してあげる。感謝してよ? 本当は一人だけ残すつもりだったんだ。だから、俺の質問に嘘偽りなく答えて?」

 「痛っ、は、離せっ!」

 「い、嫌っ!」

 「おい、逃げるなよ。一歩でも歩けば首を刎ねる」


 後ろを向いて逃げ出そうとしたもう一人は、俺の言葉に固まり、ふるふると震え出した。


 「じゃあ、一つ目の質問ね」

 「は、はな……ぎゃあっ」

 「うるさいな……」


 離せ離せとうるさい者を離してやる。

 手首を折って。


 「次は何も喋らないでね」

 「ぐぅ……」

 「な、なんで……こんなことに……」

 「はぁ……とりあえず、仮面とフード取ってくれる?」


 白仮面の二人はもう抵抗する意思はないのか、俺の言う通りに仮面とフードを取る。

 声色から分かっていたことだが、手首を折った者は男。震えている者は女であった。


 「見たことない顔だな……まぁ、当たり前か。ねぇ、君たちの目的はリリーナの暗殺? それとも違う目的?」

 「ち、違う目的……です」

 「……うぅ」

 「それは何? すぐに言わなければ殺す」

 「お、起きている者を気絶しろと言われたんです」

 「……うっ……うっ」

 「うるさいな。泣くなよ」

 「……すっ……すみまぜっん」


 俺と同年代くらいの女は、唇を噛み必死に涙を抑えようとする。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 「やっぱり……一人でいいかな」

 「えっ……す、すびまぜっ……ん。ちゃんと答えるんで……どうかっ許じてください。わ、私……攫われでっ……脅されで……っ……仕方なくやったんです。なんで……なんで私ばっかり……っ」


 瞳孔、息遣い、声色から嘘を言ってるようには思えない。


 「お、おいっ! 嘘つくんじゃねぇ!! てめえが最初に言い出したっ……ぎゃっ」


 本当は二人残そうかと思ったがもう止めにする。

 俺の目の前で平然と嘘を言った者の首を飛ばす。

 すると、それを見ていた女はその場で膝を落とし、俺を見上げた。


 「ご、ご、ごめんなさいっ……許し……てっ」

 「……もう謝るのはいいから、答えて」

 「……うっ……うっ……」

 「んー、君を家に返したいのにな」

 「……えっ?」

 「攫われたんでしょ? 悪に手を染めるしか生きる道がなかったんだよね? なら、見逃してあげるから、俺の質問に正直に答えてくれ」

 「し……信じてくれるんですか……っ?」

 「信じるのは全て答えてからだけどね」


 コクコクと頷く女を見下ろして、俺はふぅと一息ついてから、口を開く。


 「気絶させるのが目的だって言ったけど、他に情報は?」

 「わ、分かりません。私たちが言われたのは殺さず気絶するようにと……」

 「……言われた? 誰に?」

 「な、名前は分かりません。で、でも……赤い仮面を付けてました」

 「っ!?」


 嫌な予感がする。


 (また会えると思うよ……近いうちに)



 頭の中で響くスカーレッドの言葉に、俺は思わず女の肩を揺さぶった。


 「おいっ!! その赤仮面は今この城に居るのか!?」

 「わ、分かりません。分からないんです」

 「嘘ついたら……」

 「ほ、本当です! 午前零時に潜入して、起きてる人を気絶するよう言われただけなんです……」


 落ち着け。落ち着け。

 この女が今ここで嘘をつくはずがないだろ。


 そう自分に言い聞かせて、冷静さを取り戻す。


 「……とりあえず信じるよ。ちなみに、その赤い仮面の拠点とかは分からない?」

 「は、はい。そもそもあの人が私たちの前に現れたのは三日前で、城へと潜入する話を聞いたのは昨日なんです」

 「……なるほど。君たちって……元は山賊だよね?」

 「……はい」


 自分も山賊扱いされて悲しいのか、女は顔を俯かせる。

 前にブラックたちの家にやってきたスカーレッドは言っていた。


 白仮面たちは山賊で、有象無象の集団であると。


 つまり、この城に潜入する為、その有象無象の駒を集めていたということだ。

 自分の正体も明かさないで従わせているのは、きっと力でねじ伏せたのだろう。


 目的は不明。どこに居るかも不明。

 もしもこの城に本人が潜伏していてもスカーレッドのことだ。確実に気配をしているに決まってる。


 どうする? 王の寝室まで行くべきか?

 いや、今行ったところで遅すぎる。


 「……何人この城に潜入した?」

 「わ、私が知る限り、九人です」

 「……そいつらの潜入経路は?」

 「よ、三つのパーティーに別れて、全員窓から潜入しました」


 つまり残りは六人。

 話を終えたら返すつもりでいたが、そうはいかなくなった。


 「……申し訳ないけど、案内して。ここは広すぎる。もしも君が疑われても俺が庇ってあげるから……いいね?」

 「わ、分かりました」


 コクリと頷いた女を残して、俺はリリーナの部屋へと再び入室する。

 目を閉じて耳を塞いでいるリリーナの肩をぽんぽんと叩くと、不安そうな表情で瞳を開き、そのまま塞いでいた耳を離して俺を見上げた。


 「終わったのか……?」

 「いや、まだだ。リリーナ。エミリーの居る部屋は分かる?」

 「あ、あぁ。二つ隣の部屋だが……」

 「じゃあ、エミリーを起こして二人で部屋にいて。誰が来ても絶対に扉を開けちゃダメだからね」

 「う、うむ。分かった。ちなみに、レオンは?」

 「まだ、やることがある。安心して。すぐに戻ってくるから」

 「……分かった。信じているよ」


 力強く言ったリリーナの言葉に、早く終わらせないといけないな、と心の中で誓った俺は、そのまま後ろを振り返り部屋を出ていく。


 「案内して」

 「わ、分かりました」


 返事をして走り出した女に追随する。

 スカーレッドが介入していても、彼女がここに潜入しているとは限らない……それなのにどうしてだろう。


 絶対に居ると確信できるのは。


 気配を探って走っていると、ある部屋から四つの気配を感じた。

 その瞬間、俺は女を追い越しその部屋の扉を手に持っていた剣で真っ二つにする。


 ぐでんと伸びている者の周りに三人の白仮面たち。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 もうこれ以上情報は出ないだろ。

 そう思った俺は、視界に入ったその三人の首を一瞬で刎ねる。


 「次だ」

 「は、は……いっ」


 その様子を見て畏怖したのだろうか、女の声色は再び震えていた。

 それから数分走るが、動いている気配は見つからず、本当にここで合ってるのか? と疑問が胸に宿る。


 「はぁはぁ」


 必死で走ってる女はもう限界に近いようだった。


 「……止まって」

 「えっ?」

 「いいから」

 「は、はい」


 女は俺の言う通りにその場で止まり、膝に手を置いて荒く息を吐いている。


 「……ここからは俺だけでいいよ。君はもう逃げていい」

 「はぁ……はぁ……ほ、ほんとですか?」


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 「……あぁ。でも、一つ誓って。もう二度とこんなことはしないのと、次にこういう形で出会えば……命はもうないものだと思ってね?」


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 「……わ……分かりました」


 「……じゃあね」


 そのまま女を置いて逃げるように走り出す。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情は叫び続けている。

 もう少し……あと少し一緒に居たら……斬ってしまっていたかもしれない。


 走り出した直後、最後に後ろから 「ありがとうございました」 と声が聞こえたが、そんなことは気にしてられなかった。


 城の大半を走り回った俺は、探していない残りの一箇所の道まで辿り着き、目を見開いた。


 「……なんだこれ」


 戦った騎士たちだろうか。

 大きな扉まで一本道であるその場所には、十数人の男たちが倒れていた。

 一人一人に駆け寄って脈を確認するが、どうやら気絶しているだけのようだ。


 こんな事をできる者は一人だけしかいない。


 大きな扉の前まで近寄り、その扉を開く。

 ギィーと鈍い音をさせて開いた扉の中には、やはりと言うべきか彼女が居た。


 「レ、レオン……っ。ど、どうして……?」

 「スカーレッド。お前……」


 スカーレッドは俺が来たことに動揺しているのか、声を震わして固まっている。

 対する俺も視界に映る異様な光景から目が離せない。


 「なんで……」


 スカーレッドの胸には大柄な男が倒れ込んでいた。

 その男の胸からは彼女の武器の双刃刀が貫かれている。

 現状を理解し、はっとした俺は男を助ける為、スカーレッドとの距離を詰め、剣を振り下ろす。

 それをギリギリのところで躱したスカーレッドは、後ろに飛んで俺との距離を広げた。


 「おい! しっかり……えっ……」


 油断できない相手の前で、思わず呆気に取られてしまう。

 そうなるのも仕方のない話だった。

 俺にもたれかかる男を支えて、顔をまじまじと見る。


 そいつは俺が忌み嫌っていた男。

 ルキース・リスレイガ第一騎士団長であった。


 ルキースの胸から大量に流れている血は、もうポーションなどでは止めることができないほどの出血量であり、それに伴って彼の心臓は止まっていた。


 「……何故殺した? スカーレッド。君は人を殺さない人だと思っていたんだけど……」

 「……」

 「答えろよ」


 ルキースは罪人だ。

 だから、別に彼が死んだからと言って、どうということはない。

 ただ、今俺が動揺しているのは……


 「君は……どうしてこんな事をしたんだ?」


 スカーレッドが人を殺めたという事実であった。


 最初から悪人だったかもしれない。

 なら、何故他の騎士は殺さなかった?

 ルナとブラックの時もそうだ。殺そうと思えば殺せたはず。

 例え、そこに俺が居たからという理由だとしても、あの時は殺意すら抱いていなかった。


 「そいつはね……」


 静かすぎるこの室内に、スカーレッドの声が響く。


 「……邪魔だったんだ」


 そう冷たく言い放ったスカーレッドは、ふっと笑みを溢したように見えた。


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