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第102話 レイピア


 ベッドという物を最初に作り出した人物は誰だろう。その人に尊敬をし、賞賛を送りたい。

 昨日<虎猫亭>で夕食を食べ、宿屋へと帰った俺はお風呂に入りすぐにベッドの中へと潜り込んだ。

 目を瞑った次の瞬間に目を開けると、もう昼間になっていた。


 「いくらでも寝れるなぁ……」


 ベッドの上でゴロゴロと堕落する。

 こんな日は本当に久々だ。

 王都マルンに着いてからは、毎日何かしら行動をしていた。

 買い物に、海に、城に、ボロ屋に。毎日外へと出歩いていたが、今日はそんな予定を作るつもりはない。

 一日中ベッドで自堕落な生活をし、何も考えずに寝る。これがどれだけ幸せなことか。


 さて、とりあえず今から何をしよう。

 選択肢はいくつかある。


 お風呂に入る。

 寝る。

 剣の手入れをする。


 どれも悩む。


 昼間にお風呂というのはもちろん最高だ。

 ただ、その最高なお風呂にも入るタイミングによって、気持ちよさが違うのだ。

 一番気持ちいいと感じるのは、やはり疲れた時であって、昨日の夜に最高のお風呂を堪能した今じゃ満足できないだろう。


 なら、寝るのはどうだろう。

 今から寝ればきっと起きるのは夜になる。

 長時間寝た後だが、それは俺には関係がない話。

 拠点で一度どれだけ寝れるかを試したことがある。

 ご飯も食べずにお風呂も入らない。ただ、目を瞑って開き、目を瞑って開きの繰り返し。

 あの時は三日目の朝まで継続して寝ることができたのが、心配したレティナに怒られてやむを得ず実験を中止する羽目になった。今思えば一週間くらいは寝ることができたんじゃないだろうか。


 俺はベッドから上半身を起き上がらせ、うーんと唸る。


 流石に今から寝るのは時間がもったいない感じがする。

 昨日の夜すぐに寝たことによって、疲れはもう無い。

 なら……


 「……異空間(ゲート)


 俺は悩んだ末に、剣の手入れをすることに決めた。

 異空間(ゲート)の中には沢山の武器が収納してあり、剣や大鎌、短剣に刀、槍など様々な種類の武器を一つずつ出していく。

 普通の冒険者は一つの武器を極めていくだろう。

 カルロスなら槍をマリーなら刀を。

 だが、俺は違った。

 本来の役職が魔術師である俺には、一つの物を極める必要性はなく、闇との相性を試行錯誤した結果、ほとんどの武器が扱えるようになった。

 カルロスやマリーが 「俺に勝てない」 と言ってるのは、ここの差が大きいと思う。

 もしも俺に闇魔法が扱えず、槍や刀のみの戦闘となったら軍配は二人に上がるだろうが、闇魔法と一緒に様々な攻撃手段があるということになれば、話は違うのだ。


 約一ヶ月ぶりの武器の手入れをしながら、鼻歌を歌う。

 俺の相棒たちが磨くにつれて輝きを放ってくる。

 やはり、この瞬間がたまらない。

 一つずつ丁寧に磨き上げ、異空間(ゲート)の中に収納していく。


 小一時間ほど経ち、全ての武器を手入れし終えた時、何故かある武器が頭に浮かんだ。

 異空間(ゲート)は頭でイメージした物を出し入れすることができる魔法。

 それはもちろん異空間(ゲート)の中に入れなければ、出すことはできない。

 だから、今思い浮かんだ武器も取り出すことができないはず……なのに……


 ドクンッ。


 心臓が飛び跳ねる。


 手に持ったその武器から視点を逸らすことができない。

 細い刀身が白く輝き、螺旋状の青い鍔が特徴的なその武器は、俺には全く入れた覚えのない物であった。


 「……なんで…………レイピアが……?」


 ザザザザッ。


 「っ!? うぐっ」


 ……ま、またっこれか。

 頭がガンガンと痛み出す。



 ザザザザッ。


 「ぐっ……」


 元凶は分かる。これしかない。

 酷い頭痛の中、俺は手に持っていたレイピアを放り投げた。


 ザザザッ。


 「……うっ」


 ザザッ。

 ザッ。






 「……はぁはぁ」


 あれから何分経ったのか分からない。

 段々と頭の痛みは引いていき、先程のレイピアに視線を合わせないよう立ち上がる。

 ふらふらとした足取りで自室のドアノブを握った俺は、そのまま回し外に出る。

 ズズズッと扉を背もたれにしながら、腰を下ろした俺はその場で息を整えた。


 あれは……なんだったのだろう。

 収納した記憶がない。

 そもそもレイピアは女性が扱う武器だ。

 軽いし脆い。俺が扱うような武器ではないはずなのに……


 頭の痛みは完全に抜けたにも関わらず、今度は心臓がぎゅうっと締め付けられる。

 その痛みに思わず胸に手を当てると、チャリッと金属の音が聞こえた。


 それはレティナから貰った剣のネックレスの音だった。

 いつでも俺を安心させてくれるそのお守りを握る。

 すると、胸の痛みがすぅーと引いていくのを感じた。

 ネックレスを握り締めながら、立ち上がった俺は辿々しい足取りで歩き出す。


 俺に身に覚えがなくても、あの武器の事を知っているかもしれない人は思い当たる。


 コンコンッとその人が泊まっている部屋の扉をノックすると、


 「はーい」


 部屋の中から声が聞こえ、返事をする暇もなく扉が開かれた。


 「あれ? レンくんどうしたの?」

 「……レティナ」


 俺の覚えていないことを知っている人。

 昼間なので外出しているかと思ったが、部屋にいたことに安堵した俺は口を開く。


 「ちょっと話があるんだけど……」

 「…………中入って」


 俺の表情にただ事ではないと思ったのか、レティナは真剣な顔つきで扉を大きく開いた。

 そのまま部屋に入った俺は辺りを見回す。


 「……ルナは?」

 「カルロスさんとゼオ君と一緒に買い物」

 「レティナは行かなかったんだ」

 「……うん。もう買いたい物ないから……それで、レンくん。話って?」


 俺の目の前まで来たレティナが見つめてくる。

 その瞳は俺のことを見透かそうとするあの瞳であった。

 綺麗な瑠璃色の瞳を見据えながら、俺はゆっくりと口を開く。


 「……聞きたいことがあるんだ」

 「うん……」

 「レイピアを扱う人って……知ってる?」

 「っ!?」


 信じられないことを聞いたというように、大きな瞳を名一杯見開かせるレティナ。


 やっぱり……知ってるか。


 「……ど……うして?」

 「武器の手入れをしている時……全く身に覚えがないレイピアが異空間(ゲート)に入ってたんだ」

 「……」

 「……教えてくれない? あれって誰の物なの? 俺の物だとは思えないんだけど」


 俺の言葉にふるふると震え出し、瞳をじわっと滲ませたレティナは俺から視線を逸らして俯いた。


 これ以上聞いたらきっと泣いてしまう。


 そう考えると、俺は安心させるようにレティナを抱きしめた。


 「ごめん。困らせるつもりはないんだ。その……俺も困っててね。あれを見ると頭痛が酷くてさ」

 「……今も痛い?」

 「ううん。今は大丈夫だけど……部屋に行けないんだ。どうすればいいかな?」

 「……」

 「あれは……俺が持っておかなきゃいけない物だよね」


 見るだけで頭痛がする呪いの武器。

 そんな武器普通は捨てればいい話なのだが、何故かそれは絶対にしてはいけないと本能が言っていた。


 俺の問いかけにレティナは小さな声で呟く。


 「あれは……レンくんにとっての宝物なの」

 「……うん」

 「私は……何も……っ知らないけどっ。ほんとにっ……大切な物でっ」

 「レティナ……大丈夫だから。落ち着いて」


 レティナの頭を優しく撫でる。

 知らないのに大切な物だと言うレティナ。

 支離滅裂なその言葉は誰が聞いても嘘だと分かるもの。

 だが、そこまでして隠し通さなければならない理由があるのならば仕方がない。

 きっとそれが俺を悩ましている夢に関連することでも俺は決めたから……

 これ以上レティナを泣かせないって。


 「一つお願いがあるんだけどさ」

 「……っうん」

 「俺は目を瞑るから、レティナはレイピアを俺に渡してくれない? それなら見ることもなく、異空間(ゲート)に入れられるから」

 「……分かった」


 コクっと一度だけ頷いたレティナを離す。

 少しだけ溜まっている涙を指先でそっと拭い、レティナの手を取る。


 「じゃあ、行こうか」

 「うん」


 そのままレティナの部屋から出て、自室の扉の前まで辿り着く。


 「レンくん……目瞑ってて」

 「……うん」


 目を瞑った後、キィーという音と共に俺の手からレティナの手が離れる。

 少しだけ名残惜しさを感じながら数秒待つと、


 「……はい」


 手の平にレイピアが置かれたのを感じた。



 「異空間(ゲート)


 異空間(ゲート)の中にレイピアを収納しようと、空間に手を入れる。

 その時、頭の中で声が聞こえた気がした。




 (……ちゃん)




 ザザザザッ。




 「っぐ!」

 「!? レンくん!」


 なんで……見てもいないのに。


 あまりの頭痛で身体が揺らぐ。

 その身体を支えてくれるレティナに身を預ける。


 ザザザザッ。


 「……うぅっ」

 「レンくんっ! レンくん!」


 (……んちゃん)


 痛い痛い痛い痛い。

 誰だ。君は誰だ。


 レイピアを握りしめていた手を離し、異空間(ゲート)の中に収納するが、頭痛は治らない。


 (……んちゃん。……んちゃん)



 「ぐっ……っ……」



 「……レ…………ン………………ん…………!」



 (レンちゃん)


 必死な声で俺の名を呼ぶレティナと愛おしそうに俺の名を呼ぶ彼女の声が聞こえて、俺の意識は完璧に途絶えるのであった。





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