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第101話 父と娘③


 あれから数分が経ち、家の中に響いていた泣き声が収まっていく。

 ひっくひっくと嗚咽をしている二人に、おじさんは頭を撫でながら噛み締めるように言葉を発した。


 「……見ないうちに……大きくなったな」

 「……っ……うんっ」

 「……っうぅっ」


 そう言ったおじさんの表情は、俺と話している時とは考えられないくらいに優しい雰囲気だ。


 「お父さんっ……あったかい……」

 「っうっ……うん……っあっ……たかいのじゃ」

 「そうか……長い間すまなかった」

 「……ううんっ。私たちなら大丈夫だったよ」

 「……のじゃっ」


 その様子を見た俺は、ふぅと胸を撫で下ろす。


 もしもおじさんが善人の皮を被った悪人だったなら……フェルとポーラが許しても俺が許さなかったかもしれない。


 だが、結果的にそれは杞憂であった。


 おじさんに下す審判は間違っていたが、おじさんが斬ったことは事実であり、十年という長い時間を巻き戻せたりなどできやしない。

 ただ、今からその十年分の思い出をまた作ればいい話だ。

 この三人ならこれからどんなことがあっても乗り越えていけるだろう。


 「……レオン」

 「ん?」

 「……すまなかった。それと……本当に感謝する。俺は……もう二度とフェルとポーラに会えなかったかもしれない。奇跡ってのは本当にあるんだな」

 「いやいや、俺は何もしてないよ。感謝するならそうだな……ルナ、ゼオー!」


 扉の外に向けて二人を呼ぶ。

 すると、開いていた扉から二人が顔を出した。


 「ルナとゼオが二人に勇気を与えたんだ。感謝するならその二人に言って」

 「そうか。ありがとう。二人とも」

 「いえいえ。フェルさん、ポーラさん……良かったですね」

 「やっぱりおじちゃんは優しい人だったんだね〜」


 ルナとゼオは三人に近寄り、無邪気に微笑んでいる。

 すると、<魔の刻>のメンバーもほっとした様子で姿を現した。


 「なんだ、お前らもいたのか」

 「はい。すみません。気配を消していました」

 「まぁ、そういうことだ。許してくれおっさん」

 「許すも何も別に怒ってないぞ?」

 「でも、おじさん凄い仏頂面してたわよ? ね? ミリカ」

 「うん。強面」

 「うるせぇ。いつもこの面だっての」


 おじさんが牢獄から解放された後も一人きりで過ごしたであろうこの部屋に笑顔が溢れる。

 そんな様子に満足した俺は、窓から見える景色に視線を移した。

 宿屋を出発した当初は黒い雲に覆われていた空も太陽の光が差し込み、青空がこちらを覗いていた。

 その様子はまるで雲の上にいる神様が、三人を祝福してるように見えたのだった。










 「それで? フェルとポーラはこれからどうするの?」

 「? これからというのは〜?」

 「んーと、おじさんと一緒に暮らすのか、城で今まで通りに暮らすのか」


 おじさんが作ってくれた海鮮焼きそばを食べながら、フェルとポーラの顔を伺う。


 「それはもちろん〜お父さんと〜」

 「いや、それはダメだ」

 「えっ?」

 「ポーラ、聞いていたから分かるだろ。俺と過ごしてもいいことはない」

 「あるのじゃ! 世間の噂話なんてうちたちは気にしないのじゃ」

 「そうだね〜。事実は違うんだもの〜」

 「…………」


 おじさんは腕を組みながら俺をチラリと見る。

 言葉にしなくても伝えたいことは分かる。


 説得してくれということだろう。


 人々の記憶からおじさんの犯した過ちはまだ消えていないかもしれない。

 その中で、フェルとポーラと一緒に暮らすことになれば、また悪評が広まる可能性がある。


 じゃあ……いつならいいんだろ。


 考えても明確な答えが出ない俺は、はぁとため息を吐きながら口を開く。


 「フェルとポーラはさ……おじさんと一緒に暮らしたいんだよね?」

 「そうですよ〜?」

 「もちろんなのじゃ」

 「じゃあ、マーゼ王妃はどうするの?」

 「……っ」

 「そ、それは……」


 フェルとポーラは俯き、悲しげな表情をする。


 イジワルな質問だというのは分かっている。

 だが、マーゼ王妃もいわば親のようなもので、二人のことを本当の子供のように愛している。

 それを忘れてはいけない。


 俺の言葉に口を開きかけては閉じる二人を見たおじさんは、ふっと軽く笑った。


 「フェル、ポーラ。二人は王妃様の手で育てられたのか?」

 「……うんっ」

 「……そうなのじゃ」

 「それは凄いな。さすがは俺の娘だ」

 「えっ?」

 「のじゃ?」

 「昔から二人は母さんのように、凄い才能があると思っていたんだ。聞かせてくれ。ポーラは画家の才能か?」

 「ううん。画家なんてしてないよ〜」

 「んー。ならなんだろうな。フェルは……魔法とかか? 昔から好奇心旺盛だったからな。当たってるだろ?」

 「おお〜。当たりなのじゃ」

 「む~。私も魔法の才能があるんだよ〜?」

 「ほう。ポーラもか。じゃあ、母さんと同じだな」

 「えっ? お母さんも魔法が使えたの〜?」

 「そうだぞ?」

 「うち、お母さんの話聞きたいのじゃ!」

 「あっ、私も〜」

 「いいぞー? じゃあ、まずはなーー」


 おじさんが昔話を始める。

 そんなおじさんの話をキラキラとした瞳で耳を傾けるフェルとポーラ。


 きっともう悲しそうな顔を見たくなかったのだろう。

 マーゼ王妃の話からお母さんの話にすり替えたおじさんは、すぅと息を吸った後、今まで見せたことがない笑顔で語りだす。

 身振り手振りを交えてのその話は飽きが来ることはなく、俺も一緒になっておじさんの話に耳を傾けるのであった。




 それから数時間経ち、流石に三人の時間が必要だと考えた俺は拠点のみんなと一緒にボロ屋を出る。




 「じゃあ、またね」

 「はい〜。皆さん本当にありがとうございました〜」

 「ありがとうなのじゃ」

 「また、いつでも来い」


 俺は三人に手を振ると、後ろを振り向き歩き出す。


 フェルとポーラは結果的に、今は城で住むことに決まった。


 城はおじさんの家よりよっぽど安全で安心できる。

 それも可変魔法を扱える稀有な存在を王国側が手放すとは思えない。

 だから、二人は今まで通り城で過ごせばいい。


 そんな説得を俺の口からではなく、おじさんの口から伝えたのだが、二人はもう決意を固めていたようで、


 「絶対マーゼちゃんを説得する。それに私たちは、お父さんの噂なんて気にしないから」

 「のじゃ!」


 と首を縦に振ることはなかった。


 大人の顔つきをした娘からそう言われて、さすがにおじさんも嬉しかったのか、二人の好きなようにすればいいということで話が纏まったのだが、今のおじさんの家はとても三人が住めるような状況ではない。

 なので、今は一時的に城で暮らし、住めるようになったら一緒に暮らすようだ。

 もちろんマーゼ王妃のことも愛している二人なのだから、おじさんの家で一緒に暮らしてもマーゼ王妃を忘れるということは絶対にないだろう。


 まぁ、なんにせよあの三人が一緒に暮らす日はそう遠くない未来ということだ。


 「レンくん。嬉しそうだね」

 「まぁね」

 「でも、ほんとに良かったね。最悪の事態にならなくて……」

 「あぁ」


 王都マルンに着いてからもう五日が経つが、今日ほど気分がいい日はない。


 この気分のまま今日は気持ちよく寝よう。


 そう考えながら活気が溢れる街まで戻ってくる。

 すると、ある事に気づいた。


 ……やけに視線を感じるな。


 俺だけフードを被っているので、不審に思われても仕方ないが、その視線は俺に向けられているものではない。


 「あれ? もしかして……ルナとゼオを見てる?」


 心の中で思ったことがつい口走ってしまう。


 「……はい。そうですね」

 「でも、嫌な感じしないね〜」


 ルナの言う通りで、視線からは悪意などが感じられなく、まるで物珍しい生き物を見るようなそんな感じだ。


 「あれがエルフ……」

 「可愛いわね〜」


 ひそひそと会話している主婦の声を盗み聞きした後、俺は立ち止まりぽんっと手を打つ。


 「あっ、なるほど。エルフの奴隷解放はもう告示されたんだった」

 「……えっと、レンくん?」

 「ん?」

 「……忘れてたわけじゃないよね?」

 「……」

 「おい、レオン。てめぇ本来の目的忘れてただろ?」

 「い、いや、そんなわけないじゃないか。その証拠にルナとゼオはフードを被っていなかったけど、俺は注意しなかったよね? つまり、忘れてはいないって話になるんだ。分かる?」


 本当は忘れていた。

 だが、それを口にしては集中砲火を受けるのは目に見えている。


 ポーカーフェイスを装った俺に対して、マリーは顎に手を当てた後、ゆっくりと口を開く。


 「……それも忘れていたとか……」

 「……」

 「フェルちゃんとポーラちゃんのことを考えすぎて、ルナちゃんとゼオ君のフードに目がいかなかった。これが正解じゃない?」

 「……ふむ」


 確信を突かれた時、人はぎくりっと驚きの反応を示すのだが、今の俺は違う。

 的確すぎて逆にマリーを尊敬しているのだ。

 流石はレティナの次に俺と長い時間を共にしてるだけはある。


 うんうんと頷くしかできない俺に、ルナは俺の服の袖を引っ張りながら、怪訝そうな顔をする。


 「……レオン。ルナとゼオよりも……フェルちゃんとポーラちゃんのが好きなんだ?」

 「ま、待って、ルナ。えーと、ほらっ、ルナもさ? フェルとポーラが大変だったって知ってるだろ? だから……」

 「へー。つまり、レオンさんは僕たちのことは大変じゃなかったと……」

 「……」

 「レオンさん、何か言ってくださいよ」

 「いや、ほんとごめん」


 今回に関しては完全に俺が悪い。

 もしも俺が天才だったら上手くこの会話を流せていただろうが、そもそも天才だったらエルフの奴隷解放を忘れはしない。

 子供のエルフ二人に頭を下げる大人な俺。

 そんな様子を見た外野は、くすくすと笑っている。

 普通なら顔が真っ赤になるほど恥ずかしい思いをしているはずなのだが、そんな思いより安堵の方が上回っていた。


 「今になって……言うのは遅いかもしれないけど」


 俺はルナとゼオと目線が同じになるように膝を曲げる。


 「本当に良かった。二人が太陽の下で顔を出せるようになって。やっぱりルナとゼオの綺麗な顔は、みんなに見てもらわなきゃね」

 「……レオンずるい」

 「ね。レオンさんは……時々かっこいいから、憧れちゃいます」

 「時々は……余計だよね」


 エルフの扱いは人と同じになった。

 つまり、エルフを敵視している者も軽蔑している者も、今では少数派であるに違いない。

 周りの目からそう確信に至った俺は安心し、二人まとめて抱っこする。


 「きゃっ」

 「わっ」


 驚いた後に嬉しそうな顔をしている二人を見て、今度リリーナに会ったら必ずお礼を言おうと心に抱いたのであった。


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