満月の光にある魔法
ベッドの中でゴロゴロする。体のむずむずが止まらない。
意味もないのに、耳の後ろを後ろ足……あぁ、もう、感覚がオオカミになってきている。そう思いながら、両手で頭を掻きむしる。
ぜったいに、絶対に入ってこないでね、と絶対に入ってきそうにないプティラに祈る。
なんか、お腹も減ってきた……。
こっそりと扉を開き、こっそりと外をのぞき見る。
まだ、お昼過ぎ。一応人の姿は保っている。決定打は満月の形だけど、想像するだけでも決定打になるから、きっと、夜空に意味はない。きっと、どこからか忍び込んでくる月の光のせいだと思う。
だって、分厚い雲や雨の日は、オオカミにならないことだってあるんだから。
うん? これも想像出来ないから?
「旦那さま」
挙動不審な僕を見つけたリルラさんが、にっこりしていた。
「お食事をお持ちしましょうか?」
「……できれば」
リルラさんは僕の言葉を全部聞く前に、承知顔でやっぱりにっこりした。オオカミに近づけば近づくほど、肉食化が進む。野菜なんて食べたくなくなる。リルラさんはそれをちゃんと知ってくれている。
「味付け薄めの肉料理ですね」
そして、この場合の肉料理は、本気で『肉』を意味している。肉の味のする、肉。
「お願いします……あ、火は通しておいてください……」
お腹は壊すから……。
そう思って部屋に戻ろうとすると、リルラさんに呼び止められた。
「ちょっと見ていただきたいものがあるのですけど、お時間大丈夫ですか?」
「お時間は、大丈夫……です」
体中がむず痒いけど。万が一オオカミになってもリルラさんは怖くないでしょう?
リルラさんは僕を庭に案内して、それから、窓の一つまで連れて行った。
プティラの部屋の窓に、たくさんのてるてる坊主があった。
ちょっとショックだった。雨が良い言っていたのに……。
ガクンと頭を垂れた僕に、リルラさんが話しかけた。
「あ、たまに元に戻ってますけど」
そう言いながら、リルラさんがてるてる坊主を数個逆立ちさせた。
「昨日からたくさん作っておられます。逆さ坊主なのですって。雨乞いで吊すのだそうです」
「プティラが雨を願ってくれてるの?」
リルラさんがにっこりした。
窓に吊された無数の逆さ坊主が風に揺れている。
胸がいっぱいになって、よし、絶対にオオカミになんかなるもんか、と心に決めたけれど、……無理だった。
ベッドの上で丸まった僕。
既にお肌というお肌は、銀灰色の毛に覆われている。一応喉の奥で言葉は作れるけれど、言葉を話すための口ではない。
犬っころ達をずっと大きくして、そこから、可愛さだけを抜き取った感じ。
凜々しいとか、カッコいいとか。偉大だとか、素晴らしいとか。
そんな言葉で褒められたことはあるけど、絶対にプティラに見せられる姿じゃない。
「雨よ降れ~っ」と太陽が沈むまでずっと祈り続けたけれど、窓の外に現れたのは、まん丸なお月様だった。
とりあえず、一日ここに籠もっていれば、いつもと何も変わらないはず。
もう、諦めて寝るしかない。だけど、オオカミの時って、夜になると動きたくなるんだよね。
目を瞑ってじっとする。時間が経つのがとても遅い。思い切り目を瞑る。
すん。
あれ? 空気の奥の方に知ってる嫌な臭いがする……。
すんすん。
ちょっと、待って。
慌てて僕は部屋を飛び出した。
見慣れた銀灰色の、見慣れた僕より少し大きなオオカミ。
その鼻先には腰を抜かしたプティラがいる。
プティラの腕の中にはマティもいて……。
庭に飛び出した僕は、まっしぐらにそのオオカミに体当たりした。
「何してるのっ。サイ兄さま」
プティラを庇うようにサイ兄さまの前に立ちはだかり、問い質す。目を白黒させるサイ兄さまが唸り声を上げるから、僕も負けずに唸った。
「勝手に人の家に入ってきて、勝手に何してるのっ」
サイ兄さまは元々オオカミの血が濃いから、時々、言葉も通じなくなる。だから、もう一度、唸り声を上げる。威嚇しているんだと伝える。動いてみろ、噛みついてやるからな、と伝える。父なら、もっと簡単に、その威厳だけで、黙らせられるのに……。
しばらく睨み合った後、やっとサイ兄さまが言葉を発した。
「いや、散歩をしていたら旨そうな匂いがぷんぷんと……」
「ここにサイ兄さまのご飯はないから、帰って」
「あぁ、悪い……まさか外にいるとは、思ってもおらず」
それでも動かないサイ兄さまに、僕は渾身の唸りと共に身を低くして、一度だけ吠えた。
「帰れッ」
「ひっ」と言う悲鳴も僕の耳が拾う。どうして、耳もこんなに良くなるんだろう……。人の時なら拾わなかっただろう、小さな声に、僕の心はずんと沈む。でも、そんなことはプティラには関係ないのだ。だから、僕は前傾姿勢を保ったまま、いつでも飛びかかれるように、サイ兄さまを睨み続けた。
「悪かった……」
怯まない僕に、やっとサイ兄さまが動き出し、わざわざプティラに視線を向け直す。
「怖がらせて申し訳なかったな」
一応、悪い人じゃないから。先祖返り率が高いだけで。ちゃんと反省しているから、謝ってるし。
そう思いはするも、「早くプティラから見えない場所に行ってよ」とやっぱり唸り続けた。
しばらくサイ兄さまの背中を見送り、大丈夫だと思えてから、振り返らずにプティラに伝える。絶対に怯えているプティラの顔を見る勇気がなかったのだ。
「怖がらせてごめんね。……明日ちゃんと説明する。僕も部屋に帰る。あ、もう大丈夫だと思うけど、プティラも部屋に戻って」
そう言って戻ろうとすると、力なく垂れたしっぽを引っ張られた。
「動け……ません……」
小さく、それでも頑張って出しただろう声。
振り返ると、不安そうなプティラが僕を見つめていた。
オオカミ型ってとっても不便。
動けないって言うプティラを咥えないと運べないし……。
「プティラはどうして外にいたの?」
だから、僕のお腹に凭れかかりながら、マティを撫でるプティラに尋ねる。
「満月の光で人になる子がたまにいるので、……マティは普通のウサギでした」
「ふーん。ウサギさんは、僕たちの逆なんだね」
プティラの言葉は硬いけど、彼女から緊張はほとんど感じられない。でも、確かめたくなる。
「怖くない?」
「はい。形はオオカミですけど、……ダイ様の匂いです。ダイ様は私もマティも食べません。大丈夫です」
きっと、もう動けると思うけど、プティラが安心して僕に寄りかかっているのが、何だか嬉しい。
「最近、ウサギ族も人化しない子が増えてきて」
「そっか……」
「マティみたいに、一緒に過ごせれば良いのですけど」
どこも同じなんだよね。一応の期限が付けられる。だいたい、どうして人化するのかも分かってないんだから、本当はどっちが本当なのかも分からない。ただ、一緒には過ごせない。
だから、プティラがここに来たんだ。犬っころ達は、捕食側だから、生きていくだけの力の心配はするけど、そんな心配はあんまりしない。
すごく怖がりなのに、プティラはたくさんの人の思いを背負ってここにきていたんだ……。
だけど、やっぱり、オオカミ型ってとっても不便。
抱きしめたくなるのに、抱きしめられる腕がない。
だけど……。
そっと、プティラの頬に鼻先をくっつける。
冷たい鼻先をプティラがよしよし撫でてくれる。嬉しくて、お返しにプティラの頬をペロッと舐める。
人型だと顔をくっつけるのは恥ずかしいけど、オオカミの形だと全然平気。
もう一回結婚式を挙げたら、今度は『誓います』って言ってくれるかな?
満月もそんなに悪くないかもしれない。
雨が降らなかった夜空を眺め、そんな風に思った。
お読みくださりありがとうございました!
プティラ目線で同じ話を書いています。
その後の話も書いております。ご興味がありましたらどうぞ、お越しくださいませ。
お越しくださると作者が喜びます。
「ウサギのプティラとオオカミ殿下~満月の魔法とおとぎ話のふたり」https://ncode.syosetu.com/n4192ih/
また、この作者って他にはどんなの書くの?と思われたら、下記の読み回りリンク集からどうぞ。
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