今日も元気に行ってきます!(狩りの課題編)
いつも通り「行ってきまーす」と家の奥へ呼びかけて出掛ける。サイ兄さまが毎日「どうだ?」と尋ねる。もしかして、プティラを狙っているんじゃないかと思えてしまう。僕が「もういらない」って言うのを待っているんじゃないかと、勘ぐってしまう。
生肉……。
プティラはご飯じゃないんだからね、その背を睨みながら、兄を見送る。
今日はキャナルさんがリーダーの日。狩りの練習は少し大きくなってきた子対象になる。
乳歯じゃない子。
少し小さめのガゼルとか鹿とかの足を怪我させて、練習させる。
危なくなれば、キャナルさんや僕が仕留めるんだけど。
仕留めた後は、それがお弁当になる。お腹を壊す子がいたら大変だから、火は通すけど。
この練習がなければ、野生になっちゃった時に困るんだよね……。たぶん、プティラには絶対に見せられない練習。
でも、人化出来ない子が、ちょっと増えてきているから、絶対に外せない課題。
この月齢の子達は、結構見込みがあるらしく、手出しはしなくても良さそうだ。そう思っていたら、キャナルさんの叫びが聞こえた。
「だめっ」
叫びに振り向くと、ウサギを咥えた子がひとりいた。時々いるんだ。自分で獲物を見つけてくる子。僕も、サイ兄さまもそうだったらしいし。
顎がまだ小さいから、まだ生きているけれど……。
だけど、キャナルさんがだめだと言う理由と、僕が蒼白になった理由は違ったと思う。
「ウサギは狩り対象にしたらだめ。今ね、ウサギのお妃様がいるからね」
そう言って、キャナルさんが叱るから、その子も仕方なく牙の力を抜いた。
あぁ、この子はちゃんと人の形になる子だな、と分かった。
落ちたウサギは動かなかったが、ちゃんと息をしていた。
「良かった……」
やっと僕が言葉を落とした。
子どもでも結構力があるから。動いていても、致命傷になっていて、牙が外れたすぐ後に痙攣ということもある。
毛の色が夏色に変わった野ウサギ。プティラと同じ色の茶色の毛。
そう思って、慌てて救急バックから消毒液を取り出して、包帯を取り出した。
気絶しているから、大人しく手当てはさせてくれる。
もし、殺していたら、どうなるんだろう。
約束を大切にする父は怒るだろう。子どもには怒らないだろうけど、もしかしたら、僕かキャナルさんを罰することはあるかもしれない。
ただ、ウサギの王様が怒っても、結局うちとしては、何にも怖いと思っていない。
だけど、プティラを想像すると、プティラが怖いわけじゃないのに、怖かった。
「とりあえず、僕が連れて帰ります」
怪我をしたまま放って置いて、他の動物に食べられても可哀想だ、そう思った。
その晩、僕はプティラにその子のお世話を頼んだ。事情を説明すると、扉を開けて、白い手を差し出した。
「ごめんね。約束なのに」
その隙間から見えた久し振りのプティラの顔色は、なんだかくすんで見えたが、久し振りに口を開いた。
「いいえ。子どものすることです。助けてくれて、ありがとうございました」
ちゃんと会話が出来たことに驚きながら、僕は返事をして、もう一度謝った。
「ううん、怪我をさせて申し訳ないと思う」
プティラがぶんぶんと頭を振った。
そんなに頭を振ると、調子悪そうだし、そのまま倒れちゃうよ、と言おうとすると、扉が閉められてしまった。
なんとなく、もどかしさが残ったが、どうしようもなく、僕のデイリーは単純に進んでいく。
でも、次の日の次の日の夕食に、丸まるりんごのデザートが置かれてあった。
リルラさんが言うには、「プティラ様が、一生懸命美味しそうな匂いのするりんごを選んで下さいました」だそうだ。もし、市場に行って買ってきたのなら、それはとてつもなくすごい努力と勇気な気がする。
市場の店主なんて、オオカミしかいないんだから。
だから、僕はまたプティラの扉と一生懸命お喋りをする。
「プティラ、りんごありがとう。とっても美味しかった。えっと……ウサギの子が元気になったら、お庭で遊ばせてあげたら良いから。庭は他のオオカミは入ってこない場所だから、ね? リルラさんにも伝えておくね」
きっと、リルラさんなら、プティラを見守りながら、一緒に庭にいてくれる。
結婚して一ヶ月と少し。
プティラのお言葉とりんごをいただいた。本当にとても美味しいりんごだった。