ウサギのお嫁さんをもらっちゃった
「わ、わ、わ、私が、あ、あ、あなたを愛することは、絶対にないからぁっ」
そう言って、ベッドの影から叫んでいるのは、一応の式を挙げたばかりのお嫁さんのプティラ。式って言っても、参列者はいなかった。母の三度目の出産で五番目に登場したチビ殿下を、盛大に祝おうとはしてくれなかったのもあると思うし、僕のお嫁さんを気遣った結果かも知れないし……。
僕たちと神父さまを入れて、五名くらい。内二人は、全然知らない人。多分、通常礼拝の人だったんじゃないかなぁ……。
兄弟の数の順番で言えば、十三番目。
かなり不吉な数字。だから、教会はとても静かだった。
とりあえず、「愛することを誓いますか」と言う神父さまがいて、「誓います」って声が国中に広がるんじゃないかと思えるほど、響いた。その時から、カタカタ震えて声も出なかったんだから、言葉が出ただけでも良しとする。
「だから、近づかないでぇっ」
「うん、大丈夫。近づかないから」
そう言うと、耳が影から伸びてくる。僕の三角耳と違って、細長い耳。
艶のある茶色の頭。そして、ぴょこっと見える長い耳と焦げ茶色の瞳までは見える。
ちょっと面白くなって、おんなじようにベッドの影から同じ高さで、目線を合わせる。
目が合うとぴょこっと隠れてしまう。
ベッドを挟んだ向こう側では、膝を抱えて座っているのかな?
そう思い、同じように膝を抱えてみる。
意外とお尻が痛い。
「ねぇ、お尻痛くない?」
「だ、だ、だ、いじょう……ぶ」
「そ」
確かに。怖がられても仕方ない、とは思っていた。
だって、プティラはウサギで、僕はオオカミ。まだ犬くらいなら良かったんだろうけど。
でもね、昔と違ってその辺にいるウサギを捕って食べたりしないんだから。
獣史を振り返れば、ウサギなんて、本当に色々なものに食べられてきているんだから。その色々も捕ってたのが、僕たちオオカミなんだけど。どっちかって言うと、そこそこの大型をみんなで捕るタイプだし。
今は、ちゃんとニワトリやウサギ、あとヒツジとバイソンも……えっと、バイソンは獅子族との交易に使うのがほとんどだけど、とにかく家畜経営だってしているし、間違って食べることもないと思うし、生肉を食べる人達の方が少ない。
生肉を食べてお腹を壊す人だっているんだよ?
5番目の兄だけ、生肉を食べたがる変人だけど、僕はお腹を壊す方。あいつは、先祖返りしてるんだ、きっと。もちろん、変人でも、ウサギを食べるとしても、食べもの用のウサギだけど。ずっと、獣のウサギの形のやつ。一歳になっても二歳になってもずっと人型にならないような、そんな生き物しか食べない。
……生まれた時はおんなじ形だから、複雑なのはよく分かるんだけど。
僕は立ち上がり、ソファの上にあったクッションをしばらく眺めて、やっぱり二つ取り上げた。
そうそう、オオカミの力は強いけど、ちゃんと主従を弁えるし、いつもは群れの中で平和に暮らす、穏やかな種族。信じた主に怒られると、すぐに謝りたくなる。
だから、プティラがきぃきぃ怒ってもそんなに気にしない。
だって、ほら、弱い犬ほど……。
仲良くなる方法は探してみるけど。
「はい、これ」
とりあえず、いらないって言ってたけれど、クッションを投げてみる。「ひっ」という短い悲鳴が聞こえた。
「ごめん、当たっちゃった?」
声はないが、頭をぶんぶん振っている様子が見えた。
なんか、面白い。
そんなことを思いながら、その日はクッションを抱きしめて、丸くなって目を瞑った。
本当の赤ちゃんの頃は、よくこうやって眠ってるんだよね。まだ犬っころって呼ばれる頃。だから、何だか安心出来る。
プティラもそうだったりするのかなぁ?
「プティラ、おやすみ~」
だけど、お休みの挨拶の後、バタンと音がした。
驚いて立ち上がると、ベッドの向こうで、プティラが床に突っ伏していた。
「あのぉ……」
息はしているみたいだけど、ピクリとも動かない僕のお嫁さん。
面白いとも思えなくて、そっとベッドの中で寝かせてあげる。
きっと、疲れと恐怖の限界だったのだろう。
「さっきは面白がってごめんね……」
なんだか罪悪感が生まれて、とても申し訳ない気持ちになった。
そんな僕たちが、どうして結婚することになったかというと、一応、ウサギ王国からの申し入れで、こうなった。プティラがいる間はウサギを捕らない約束だったかな。
表向きも裏向きも一応それなんだけど。
だけど、本当は性質の問題なんじゃないかな、と思っている。
多産なのだ。両種族とも。余り物が多い。プティラは確か二十三番目の姫君。まだ下にいるらしいから、ウサギの多産は侮れない。だから、ほとんどが働きウサギになるらしい。
そして、僕の場合は、養いきれないから、とにかく誰かと所帯を持って、出て行けって話から、こうなったんだけど。
もう少し、親の脛を囓ってぼんやり過ごしたかったのにさ。
でも、その言葉のせいでこうなった。
「そんな考えのオオカミの血は残せない」
生真面目な父の言葉に、母は何の気なしに、「そういえば、ウサギさんの王国から友好を睦ぶためのお見合いがありませんでした?」と続けた。
口角を上げた父が悪魔のように思えた。
「そんなお前に朗報だな。役に立てそうだぞ」
お先真っ暗なのはよく分かった。ウサギとオオカミの政略結婚は、うまくいった試しがない上に、どちらかが早死にする。主にストレスで。
多分、ウサギは恐怖で、僕達オオカミは、食べたいのに食べてはいけない、禁断症状で。
だって、食べるなって言われる肉の匂いが、自分の家からプンプンするんだよ。ストレスの他の何ものでもない。
だけど、絶対権しかない父に刃向かう気は毛頭ないし、ここで役に立つと言うことは、とりあえず、食いっぱぐれないということかもしれない、とは思った。