てきとうにしてといわれても…
作者の「のきしたのしろねこ」です。今回はありそうなシチュエーションをノンフィクション風に書いてみました。あるある〜とかそんなアホな!とかツッコミながら気楽にどうぞ!
「そのへんに"てきとう"にしといてください。」
私はそう言われるとどうしていいかわからなくなる。「適当」か「テキトー」か。もし適当だとすれば何が適していて、何が基準なのだろうか。テキトーだとしたらどこまでが許されるのだろうか。そんな事を考えてしまうからである。つまり私は気にしいであるのだ。
「どこにどうすればいいんですか?」
「いやだから"てきとう"に……」
言葉にならない永遠ループの不毛な会話が想定される。こうなるとなんとなくで"てきとう"にするしかない。自由の幅が広すぎてどうしていいかわからないままであるが、とりあえず私は自分なりに考えられる、この場所において、当たり障りのなさそうな「適当」をやってみるのだった。
ただ続く沈黙。特に何かを言われることはない。この「適当」が合っているのかどうかがわからない。何も言われないということは、この場所もこの行動もおそらく合っているのであろうか。いや、もしかすると気付いていないだけかもしれない。その答えはやはりはっきりとはしないままである。つまり、"てきとう"というのは、とてもむず痒いのである。
さて、むず痒さに耐え続けた私であったが、やはり気になってしょうがない。"てきとう"と言った主に、"てきとう"について質問しようかと考える、そんな私がいるのである。
「この『適当』で合ってますか?」
頭の中で質問のシミュレーションをしてみる。ふと視点を"てきとう"と言った主に移し、その視点で自分自身を覗いてみる。なるほど、わからない。「この適当」というのは一体どういうことを言うのだろうか。いや見たままではあるのだが、果たしてどのへんをもってして「適当」と言えるのだろうか。わからない。そう、わからないのである。
そんな事を考えているうちに、周りに人は集まってくる。私はまだ「適当」の答えを探しているまっ最中。いい事を思いついた。他の人の導き出した「適当」の答えを参考にすればいい。私はあたりを見渡し、「適当」の解答例を探すことにした。
まず真っ先に見つけたのは、おそらく仲がいいであろう男性のペア。何か会話をしているようだった。所々声のボリュームが上がるところがあり、数メートル離れているがたまに内容が聞こえる。おそらく何かのゲームの話であろう。
なるほど談笑位は許されるのか。私はひとつ基準値を手に入れた。それは私にとっては大きな一歩であった。今までピンと伸ばしていた体を、少しだけ崩してみる。あとは談笑相手。そうだ私はひとりで来ている。そんな相手などいるはずもない。私は物真似に失敗したのだった。
次に目に入ったのは、私と同じくひとりで来ている女性だった。他の参加者に比べると少しだけ大きめの荷物を持っている。彼女は机に突っ伏したまま、動くことはない。呼びかける事もないが、おそらく返事はないはずだ。屍ではないが、きっと長旅でお疲れなのであろう。そうだ、そっとしといてあげよう。全く知らない人であるが、そういうことにしといてやろう。
そんな余計な心配を浮かべつつも、私はまた情報の取得に成功していた。会の開始まではまだ時間がある。それまでは寝ていても問題はないのである。そうは言っても、私は今日のためにしっかり寝てきてしまっている。なんなら二度寝をかましている。お目々はぱっちり、頭はしゃっきり。これ以上寝たほうが思考が止まってしまうのだ。つまり、私は今現在可能で、かつ有力な選択肢を捨てざるをえなかったのである。
選択肢を捨てたからにはまた見つけるしかない。私はまた辺りを見渡し、実現可能な選択肢を探る。気付けば時間は進み、人が増えていた。私の参考資料兼選択肢がますます増えていたのだ。私にとってまさに宝の山だ。もっと知りたい。私の知への好奇心が、胸の中で踊っていた。
「すみません!」
会場を切り裂く声。私の胸中をかき乱した主がついに言葉を発した。
「後ろの方の方、前の方に座って頂けますか!?」
彼が初めて指示を出した。つまりここにおいての"てきとう"とは、自由奔放な「テキトー」ではなく、やはり基準点のある「適当」であったのだ。私の中の大きな質問が解けた。この2択問題の答えがわかればとても大きい。
さて、私がいるのは前から3列目。周囲を見るに、彼の言う前の方というのには充分であるはずだ。前の方にいる私の後ろを見る。えっへん。頭の中で少しだけ威張ってみた。が、特に意味はなかった。
さて、視点は私の前に移る。後ろの者たちが移る予定である、前の状況を確認しようと思ったのだ。なんとなく気になった、それが理由だった。しかし、それは私に新たな難問を投げかけることとなる。
私の2つ前、つまり私の列の1番前にあたる場所には人が座っている。それは良いのだが、私の1つ前が完全に空いているのだ。指示は後ろの方の方にあてたものである。その意味では、私は動く必要はない。だがここで私が動けば、ほんの多少ではあるが、後ろにいた人々の移動距離は短くなる。何よりこのまま私の前が埋まらないとかもしれないというのは、なんだか具合が悪い。
心地良く踊っていたはずの好奇心。私の思考のパレードが加速してゆく。暴走するパレードの列に、私は目を回し混乱する。1つ前に進むべきか否か。そんな小さな質問ではあるが、私にとっては大きな大きな難問であるのだ。対象は私だけ。頼れるものは何もない。
その時だった。ドンドンドンドン。後ろの方から音を立てて誰かが降りてくる。意識がその音の方に向き、思考パレードが急ブレーキを踏んだ。音の主は若い男のようで、呼吸が荒い。男は私の前に空白があることに気付くと、体をすべりこませる。これで私の具合も前にある空間もぴったり埋まった。そう、私は彼に救われる形となったのである。
この瞬間の私の感謝が彼に届くことはない。ただ、この見知らぬ若者に救われた事実に間違いはないだろう。きっとこの記憶はすぐに忘れてしまう。それでも今はただこの感謝の気持ちを持っておこう。そうしておこう。そう思うとほんの少しだけ温かい気持ちになった。
「それではあともう少しで始めますので、もうしばらくお待ち下さい。」
私はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。13時59分。開始時刻まで1分を切っている。通知は何もない。指紋認証でロックを解除してみたが何もすることはない。アプリが並ぶホーム画面を見ても、やはり何もすることがない。私は即座に電源を落とす。が、特に意味もなくもう一回電源を付けてみる。画面に変わりがあるはずもない。そういえばマナーモードにしてたっけ。確認しておこう。
「おまたせしました。それでは…」
私を惑わせ続けた「適当」タイムがついに終わる。安堵する間もなく、これからが本番なのだ。私の数分の葛藤は誰も知ることはない。なんなら、これから疲弊した私を置いて本編が進んでゆくのであろう。今日は私の好きな心理カウンセラーの講演会。きっと何かヒントが得られる。そんな気がしてる私なのである。
読んでいただきありがとうございます!
よくあるシチュエーションに自分を憑依させて書いてみました。気にしいの思考回路って多分こんな感じです。