第8話 制服フェチと彩の頼み事
気がつけば、目覚めてから1週間──
いつの間にか部屋を与えられて、
タダ飯を食って、
長峰姉妹の父親が着ていたという服まで借りて、毎日、犬の散歩と猫の世話を繰り返している。
何なのだろう、この状況は。
俺は一体、何をしているのだろうか。
「おはよう、桜居さん」
「ああ」
「ご飯、温かいうちに食べようね」
「なあ、聞いてもいいか?」
「なに?」
お前らは、なにを企んでいるんだ?
俺を家に置いておくことに何のメリットがある?
両親はどうした?
娘を2人残してどこに行ったんだ?
俺の体調は戻ってるんだ。わかっているだろ?
どうして、出て行けって言わない?
……どれも訊きづらいことばかりだ。
「この村を出たいって思ったことはないのか?」
「……え」
「生まれた時から、お前ら姉妹はここにいるんだろ?」
「……うん。私は村から出たことはないよ」
「そりゃあ、歩いて4時間もかかるんじゃな」
「う、うん」
と言うが、それ以外の理由があると思う。
「……彩、桜居さんまだ起き、」
制服姿の沙夜が姿を現す。
一瞬見えた笑顔は、彩の翳った表情によって豹変する。
「私の可愛い妹を虐めるなんて、いい度胸ね」
「……あたし、別に」
「普通に話してただけだ」
……ん?
「そうは見えないけど」
沙夜が制服を着ている。
しかも、
「ぶはははっ! なんだその格好は!」
「な、なにがおかしいのよっ!」
「だ、だって、なんでセーラー服なんか着てんだよ!」
「なによ、学校に行くからに決まってるじゃない」
「学校ったって、神主さんに教わってるだけだろ?」
「……それはそうだけど」
「可愛いぞ」
「バ、バカなこと言わないで! 笑ったくせに! 本当は似合わないって思ってるんでしょ!」
「そんなことない」
そう断言すると、
「……え」
あっという間に頬が染まる。
怒っているようにも、恥ずかしがってるようにも見える。
なかなか面白い反応だ。
一応、こいつも女の子なんだな。
「……いや、沙夜じゃなくて」
「え?」
「制服が可愛いなって」
「……」
「村に学校がないのに、どうしてそんなもの持ってるんだ? もしかして、自分で作ったとか?」
思わずその光景を想像して笑ってしまう。
「……決めた」
「何を?」
「殺すわ」
「誰を?」
「いま、誰を?って言った制服フェチ男を」
「誰が?」
「私が」
「どのような方法で?」
「口には出せないくらい残忍な方法で」
「そんなことを本人の承諾を得ずに決めるな」
「心の準備はいいわね?」
「まだって言ったら、待ってくれるのか?」
「2秒だけ」
「……ごめんなさい、沙夜サマ」
「それが遺言でいいのね」
「……お姉ちゃん、もう時間だよ」
壁掛け時計をじっと見つめる沙夜。
「神主さん、時間には厳しいから怒られちゃうよ」
「……命拾いしたわね」
そう言って、急ぎ足で部屋から出て行く。
「……ふぅ。危うく口に出せない残忍な方法で殺されるところだった」
「あの制服はね、お母さんが作ってくれたんだ」
「そうなのか」
「お母さんは村の人間だったけど、あたしが生まれる前──10年くらい村を出ていたことがあるの」
彩は目を閉じて話を続ける。
「外の世界は、みんな学校に行くときに制服を着るのよって教えてくれて……この村に学校はないけど、大きくなったら着るように制服を作ってくれたんだよ。あたしの分も」
思い出の制服だったのか。あとで沙夜に謝っておこう。
「お姉ちゃんはね、年に1度だけお母さんの作ってくれた制服を着るの。それが今日。お父さんもお母さんも、もういないから。お姉ちゃんとふたりきりだから」
でも、
「今は、桜居さんもいるけどね」
「……」
「制服を褒められて、お姉ちゃん嬉しかったんだと思う」
「……激怒していたとしか思えないが」
「あたしたちは、感情表現が下手なんだよ。桜居さんが来てからだよ。笑ったり、怒ったり、泣いたり、悩んだり……あたしたちには、こんなにたくさんの感情があったんだなって……」
「こんな村にいるからだ」
「……」
「同じ毎日ばかり繰り返してるから、感情が薄れていくんだ」
「そうかもしれないね」
「外の世界に比べたら、ここには何もないのかもしれない。でもね、あたしたちも見て欲しいんだ」
「……」
「外から来た桜居さんに。見て欲しいんだよ、この村を」
「毎日散歩に行って見てるだろ」
「……うん。そうだね。今日はちょっと遠いけど神社に行こうね。詠さんのところ」
「わかった」
「お姉ちゃんもいるけど」
「ということは、詠の親が神主さんなのか?」
「うん」
「……」
「じゃあ、朝ご飯食べようね。もう冷めちゃってるから、お味噌汁また温めなきゃ」
「彩は勉強しに行かなくていいのか?」
この1週間、彩が神社に行くのを見たことがない。
一方の沙夜はほぼ毎日通っている。理由はなんとなくわかる。
「もしかして、俺が邪魔してるんじゃないのか」
「そんなことないよ」
「あ、あたしは優秀だから、1週間くらい行かなくても平気なんだよ」
嘘だ。すぐにわかる嘘。
俺が嘘をつかせているんだ。
「……」
何をやってるんだ、俺は。
こんな小さな女の子に気を遣わせて。
「明日から俺は、ひとりで散歩に行くから……」
「……でも、」
「彩は、沙夜と一緒に学校に行ってくれ」
「……嫌だよ」
突き放されたと感じたのか。
彩は涙目になっていた。
「いまの俺には一人で考えたいことが沢山あるだけだ。大丈夫、黙って帰ったりしないから」
「……ほんとうに?」
「見て欲しいんだろ、この村」
こくりと頷く。
「迷惑かもしれないけど、もう少しここにいる」
「ありがとう、桜居さん。あたしってわがままだよね、最初に言ったのに。桜居さんが好きな時に帰っていいって」
「これだけ世話になったんだ。願い事のひとつやふたつは聞いてやる」
「……ありがとう」
ここに居る時間が長くなるほど、帰りづらくなるのはわかっている。
けれど、帰る前にどうしても確かめたいことがあった。
【作者の独り言】
ちなみに彩は、もったいないので制服を着ずに大切に保管しています。