表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜夜 ― sakuya ―  作者: 白河マナ
4/44

第3話 長峰Aと金属バット

 

 夜、俺は目を覚ました。

 さすがド田舎だけあって、夜は気味が悪いほどに静かだ。

 表には外灯もないので、月でも出ていない限り、出歩くことはできそうになかった。

 まあ、まだ動けないけど。


「くー」


 彩が俺のすぐ隣で寝ている。


「すぴー」


 その隣で、彩の姉である長峰沙夜(ながみね さや)が眠っている。


「そんな寝息の人間がいるか」


「……ばれました?」


「お前ら、無防備にもほどがあるぞ」


「そう?」


「見ず知らずの男を泊めたばかりか、一緒の部屋で寝るなんてな」


「だって、あなた動けないし」


「まあ、そうだけど」


「彩が気に入ったみたいだから」


「じゃあ、そこに立てかけてある金属バットはなんだ?」


「魔除けのお守り」


「……そういうことにしておく」


 深くは訊かない。

 俺はあらためて彩の姉を見やる。

 肩までの長さの黒髪は彩と同じだが、沙夜の髪質の方がさらさらとしていてきめ細かい。無邪気な妹とは違って目は少し切れ長で凛としている。話しかけることを一瞬躊躇するくらいの美人。だが妹同様そんなことは本人を前にして言わない。姉妹揃って性格に難があり過ぎる。


「桜居さんは、この村になにをしに来たの?」


「別にこんな村には用はない」


人桐峠(ひときりとうげ)に行く予定だったんだが、途中で事故った」


「車で?」


「いや、バイクで橋の上から川に飛び込んだ。で、流された」


「……それはすごいわね」


「死ぬかと思ったぞ、さすがに。必死に岸までたどり着いて、助けを探したんだけど」


「力尽きたのね」


「いや、誰かが……」



 空から降ってくる桜色の雪──

 黒髪の女──


 女の……泣き出しそうな顔……。

 音のない静かな夜……。



「……桜居さん?」


「そういや桜の木があったな」


 どうして俺は黒髪の少女のことを隠したのだろうか。


 なぜか、話すことに抵抗があった。

 俺が見たのは、沙夜でも彩でもない女だった。


 この村の人間だったのだろうか。

 それとも、夢が作り出した幻だったのだろうか。


「桜?」


「ああ。木の下まで辿り着いた。だけど誰もいなくて、そのうち何もかもが面倒になって……もういいや、って。俺、意外と諦めはいいほうなんだ。これも運命かなーって」


「ダメよ。運命なんて、どこにも存在しない」


 沙夜の口調は断定的だ。


「世の中は多くの必然と少しの偶然で成り立ってるのだから」


「現実主義なんだな」


「ええ。私と彩で、ちょうどバランスが取れているの」


「なるほど」


 確かに妹があれじゃあ、姉はしっかりするしかないだろう。


「あ、今、失礼なこと思ったでしょ?」


「少しな」


 バットに手をかける姉。


「スマン、俺が悪かった」


「わかればよろしい」


 にこにこと笑う。

 妹に負けず劣らず、こいつもいい性格してる。


「なあ、姉」


「姉じゃなくて、沙夜よ」


「なあ、沙夜」


「いきなり呼び捨て?」


「じゃあ、長峰A」


 ちなみにBは妹だ。


「……沙夜でいいわ」


 やや口元がヒクついてるが気にせず続けてみる。


「それなら、さっちゃん」


「私の話、聞いてる?」


「あんまり」


「じゃあ、ジェスチャー付きで、もう一度教えてあげるわ」


 薄明かりに光る金属バット。

 何か所かに凹みがあるのが生々しくて恐ろしい。


「遠慮する」


「無理しなくても、」


 不意に姉の声が途切れ、目の前が真っ暗になる。

 意識がとぎれる寸前──どこかで見た黒髪の少女のことを思いだした。

 

【作者の独り言】

金属バットは、長峰姉妹の父親の形見です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

上部の☆☆☆☆☆評価欄にて

★~★★★★★で応援して頂けると嬉しいです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ