第九話 奴隷の会話術に勝てる気がしない
噂好きおばさん・マドムーの追求をケミィの機転でかわしたカール。
秘めた野望に恐怖しつつも追い出す手はなく、ひとまず朝食の食材代を払いに市場へと入るのであった。
どうぞお楽しみください。
市場に着いた二人は、まず朝食の食材の代金を払いに、魚屋へとやってきた。
「あら先生!」
「今朝は弟子が急に押しかけてすまなかったな。何やら店で扱っていない物も、よそから集めてくれたと聞いた」
「いやー、ちっちゃい子が買いに来たから何かと思ったら、先生のお使いだって言うじゃないか。そしたらできるだけの事はしてあげたくてね!」
「……そうか、すまない。支払いをさせてくれ」
「そんじゃあ合計でこれ。ちょいとおまけしといたよ!」
「あぁ、ありがとう……」
万能薬が完成し、悠々自適と言いつつも研究者のくせは抜けず、研究室にこもる日が多かった。
たまに買い物に来るくらいの交流しかない自分に、そこまでの気持ちを向けてもらっていると思わなかったカールは、代金を支払いながら頬と涙腺が緩むのを感じた。
「それにしても『男らしくなる食材』なんて買いに来させたって事は、いい人ができたんだろ!?」
「はははまさか」
そして過冷却した溶液のように、一瞬で凍り付いた。
「そうなのかい? だってこんな小さい子にそんなお使いを頼むなんて、てっきり女と昨晩一戦交えて、朝食の後にもう一戦って話だと思ったのに」
「この弟子の言い方が悪かったな。私のやせた身体を心配しての話だったのだ」
「そうだったのかい! いやー早とちりだったねぇ」
「はははそうだな」
カールの笑いは乾きを増す一方だ。
「で、この子はお弟子さんなのかい!」
「ケミィです! よろしくお願いします!」
「そうかいそうかい! 元気でいい子だね! 先生には世話になってるからいつでも言っておくれ!」
「感謝する」
「お姉さん、ありがとうございます!」
「まぁ! 可愛いねケミィちゃんは! 困った事があったらいつでもおいで!」
「はい!」
「……」
朝の時間だけで、おかみの懐に入り込むケミィの見事な手腕に、カールは畏怖の目を向ける。
その耳に手を添え、おかみは小声でささやく。
「熱い視線で見つめちゃって、今いい人がいないって事は、ケミィちゃんが大きくなったらかい……?」
「はははまさか」
「あの子は美人になるよ……! ただちゃんと大人になるまで待つんだよ……? その後は……」
「ははは、ではな。行くぞケミィ」
「はい。失礼しますお姉さん」
「またおいで!」
カールは砂漠の砂よりばっさぱさの笑みを浮かべながら、足早に魚屋を離れた。
「何か耳打ちされてましたね。何を言われたんですか?」
「べ、別に! 何でもないぞ! 何て事はない日常会話だよ! 今日は天気もいいしな! うん!」
「必死ですね」
ジト目のケミィがにやりと笑う。
「どうせ私が大きくなったら嫁にしろとか言われたんでしょう」
「なっ……! き、聞こえていたのか!? あの小声が!?」
「おかみさんがこっち見ながらにやってしてたから、そうかなってカマかけてみただけです」
「ずるいぞ! カマかける時は『カマかけます』って先に言えよぉ!」
「混乱してめちゃくちゃな事言ってますね」
ケミィはふっと笑うと、カールの手をきゅっと掴んだ。
カールの顔がみるみる赤くなる。
「な、おま、何を……!?」
「私はできるだけ早い方がいいです」
「ら、はぁ!? な、何言って……!?」
「お嫁さんにしなくてもいいです。身体のつながりだけでも……」
「あ、うぁ……」
「身体が成長し切る前の方が、痛さがたっぷり感じられるそうですから!」
「あっそう」
すん、と音が聞こえそうな勢いで、カールの顔は表情と色を失った。
「初めて同士はうまくいかない事が多いそうですが、私は失敗の方がより痛みを味わえて満足ですから安心ですね!」
「安心な要素が何一つねぇよ!」
「初めてなのは否定しないんですね」
「くそう、また罠か! お前との会話が怖い!」
「退屈な日常に必要なスパイスですよ」
「スパイス丸ごと口に押し込まれる日常があってたまるか! 胃が焼けるわ! いいから服と日用品買いに行くぞ! ……違う! ペットショップを指さすな!」
読了ありがとうございます。
良い雰囲気だと思った?
残念! いつものケミィでした!
前回のマドムーもそうでしたが、カールはある程度年配の方からは暖かく迎えられています。
引きこもりの子がちょっと外に出ると、近所のおばちゃんに世話を焼かれるのに似てますね。
若い娘からは、うん……。
次話もよろしくお願いいたします。