第八話 奴隷のコミュニケーション能力が半端ない
留守中にケミィに研究室を荒らされないよう、買い物に連れて行く事にしたカール。
当然村人からは疑問に思われるわけで、カールはあっさり苦境に陥るのだった。
どうぞお楽しみください。
村外れにあるカールの家からは、村の市場までは少し散歩するくらいの距離がある。
カールはケミィと穏やかな日差しを浴びながら、小声で最終確認を行なっていた。
「本当に今朝の市場では、奴隷って事明かしてないんだな?」
「勿論ですよ。あくまで『カール様の使いの者です』としか名乗っていません」
「よし。それならまだ誤魔化せる」
「後は『支払いは後ほどでよろしいでしょうか』と『ご主人様が男らしくなる食材はどれですか?』と聞いただけですね」
「くそう、支払いとそっちの誤魔化しがあった! い、いや、俺の身体が貧弱なのを心配してたと言えばまだ……」
「とうとう自分のトラウマを武器にし始めましたね」
「幼女性愛者に格下げされる方が死にたくなるからな! とにかく奴隷ってのと殴られたいだの蹴られたいだのは禁句な!」
「大丈夫ですよ。居座るネタを放棄するほど馬鹿じゃありません」
「やだ何この子頼もし怖い」
安堵するべきか怯えるべきか迷うカールの視界に、
「あら! カールさん! おはようございます!」
「あ、ど、どうもマドムーさん……」
村一番のおしゃべりおばさん・マドムーが現れた。
駆け寄られて声をかけられ、カールの心は恐慌に陥る。
(ヤバいヤバいヤバい! おしゃべりな上に隠し事への嗅覚が猟犬並みのマドムーさん! 独り身の俺がケミィを連れてるのなんて格好の餌! 根掘り葉掘り聞かれる!)
「あら? 可愛い子ねぇ。カールさんの子ども、じゃあないわよね? どういうご関係かしら?」
(あああ無理だ! うまく誤魔化せる気がしない! もうだめだ……。おしまいだ……)
強張るカールの横で、ケミィが丁寧に頭を下げた。
「初めましてマドムーさん。私、ケミィって言います」
「あら、どうも初めまして。あなた、カールさんとどういうご関係?」
「私、カール様の弟子です」
「弟子……?」
「弟子……? おぐっ、そ、そう! 弟子なんです!」
マドムー同様に首を傾げたところを脇腹を肘でつつかれ、慌てて話に乗るカール。
「もう、カール様ったら、押しかけ弟子だからって首を傾げる事ないじゃないですか。研究に集中するあまりやせてしまったお身体を心配して、朝ご飯を豪華にしましたのに」
「あ、うん、助かったぞ」
「今後も住み込みでカール様から学ばせていただきますので、村の方にも色々お世話になるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「あらそうなのね。これからもよろしくケミィちゃん」
「はい!」
マドムーが機嫌良く立ち去るのを見送って、カールは安堵と感嘆の溜息を吐いた。
「……お前すごいな……」
「そうですか? あれくらいの挨拶、普通じゃないですか?」
「いや、奴隷の誤魔化し方だよ。俺が戸惑ったのもさらっとフォローしてくれるし、朝食の理由まで……」
「私は別にご主人様を貶めたいわけじゃないですから」
「……えぇ……?」
ケミィの言葉に、信じられないものを見る目を向けるカール。
「……じゃあこれまでの態度は何なの……?」
「人目のないところで怒らせればワンチャン鉄拳制裁あるかなー、と」
「何で日常の言動に罠仕込んでるの!? 悪魔の生まれ変わりかよお前!」
「悪魔祓いなら物理攻撃ですよご主人様! さぁ縛り上げたり棒で打ったり火で炙ったり」
「悪魔は言い過ぎだったな悪い悪い」
「ご主人様の意気地なし!」
「何だろう。褒め言葉にしか聞こえない」
カールが冷静になったのを見て、ケミィは溜息をこぼした。
「まぁ弟子の話は今の思い付きじゃないですし」
「そうなのか?」
「はい。昨晩一晩考えていましたから。ご主人様を死なせないようにしつつ、側に置いてもらうためにはどうしたらいいかって」
「お前……」
じわりとカールの目頭が熱くなり、
「そして合法的に万能薬を手に入れるにはどうしたらいいかって」
一瞬で冷えた。
「弟子と称して製法盗む気か! おっそろしい事考えてるなお前!」
「個人で楽しむ範囲ですよ。売ったりしませんって」
「どうしよう! 売られる方がマシな気がしてきた!」
「さぁ嘘がバレないように、色々教えてくださいね、し・しょ・う?」
「邪悪な笑みを向けるな! そんな動機の奴に教える事なんか何もない!」
「なら私は奴隷って事で良いですね?」
「待て! マドムーさんの立ち去った方をチラチラ見るな! わかった! 初級回復薬の製法くらいなら教えるからクラウチングスタートの構えをやめろ!」
読了ありがとうございます。
奴隷と弟子、どっちがマシなのか。
それは誰にもわからない……。
次話もよろしくお願いいたします。