第六話 奴隷に仕事を教えるのに不安しかない
奴隷の少女にケミィという名前を与えた天才薬師・カール。
ようやく本来の目的である仕事を教えようとするも、ひたすら不安しかないのであった。
どうぞお楽しみください。
「よし、呼び名も決まった事だし、ケミィ」
「はい」
「これからお前の仕事を教える」
「わかっています」
カールの言葉に、ケミィはぴっと背筋を伸ばす。
「ご主人様の女性への歪んだ怒りを、この身で受け止める覚悟はできています!」
「いらねぇ覚悟! あと凄まじい勢いで俺を貶めるのやめろ! 俺がお前を買ったのは、俺の死んだ後の処理をさせるためだからな! 言ったよね俺!?」
「村の女の子に骸骨扱いされた恨みは、死ぬ事よりも同じ女である私に怒りをぶつける事で解消した方が建設的ですよ」
「何建てる気だよ! 地獄の門!? 関係ない他人をぶん殴って解消する恨みなら、そもそも死ぬ気になんかならないからな!」
「何でやりもしないうちから諦めるんですか! そんなのご主人様らしくない!」
「良い話風に虐待を勧めてくるんじゃない! お試しで人を殴れるか! そもそもお前が俺の何を知ってるんだ!」
「……確かに。天才的な薬師である事と、自分で声をかける勇気がないから、逆らえるはずのない村長さんに女を差し出せと要求した事ぐらいしか知りませんね」
ケミィの言葉に、カールは膝から崩れ落ちた。
「人でなしですみません……。一刻も早く土に還りますから仕事を覚えてくださいお願いします……」
「そんな後ろ向きになるくらいなら、前向きに生きましょう」
「前向きって言ったってどうやって……」
「そうですね……。まずは村長さんに『俺の事を骸骨と言って嫌う村人がいるようだなぁ? 迷惑をかけても悪いから近々引っ越してやろう』と言えば」
「お前の辞書には『前向き』の欄に『人を脅す事』って書いてあるの!? 焼いてしまえそんな辞書!」
立ち上がったカールに、ケミィはにっこりと微笑む。
「その意気ですよご主人様。死にたい、なんて思うよりも元気にツッコんでいるご主人様の方が、生き生きしていていいですよ」
「……あー、うーん。……頷きかけたけど、今へこんだのはお前のせいだからな? 世間ではこういうのマッチポンプって言うんだぞ?」
「ちゃんと慰めてるからいいじゃないですか」
「人の心を焼け野原にしかけた奴が言っていい台詞じゃない!」
カールは深々と溜息をついた。
「これじゃあ薬品とか危ないもんの処分は自分でやっとかないとだなぁ……。面倒だ……」
「ご主人様、すみません。ご主人様を元気づけたくて、失礼な事を申し上げました」
「えっ何急に」
「雇っていただいたご恩に報いるためにも、仕事はきちんと覚えます。わからない事ばかりではございますが、一生懸命覚えますので、どうかお教えください」
「ケミィ……」
居住まいを正したケミィの頭に、カールはぽんと手を置く。
「薬品の知識でよからぬ事考えてるな?」
「はい! あ」
「やっぱりか! 油断も隙もねぇ! 瞬時に理解できた自分が少し悲しい!」
「お願いします! 回復薬をちょっと遠くに置いておいてから自分を痛めつけて、這いずりながら薬までたどり着いて『今のはやばかった……』ってのをやりたいんです!」
「それ聞いて許可すると思う!? 駄目だ! しばらくは雑用! 研究室には一歩も入るなよ! いいな!」
読了ありがとうございます。
戦闘民族の修行光景みたいですね(白目)。
カールの終活の前途は多難。
次話もよろしくお願いいたします。